……ヤバイ。
「おい、ネェちゃん!いきなり人の上に飛び降りて来やがって、ごめんなさいの一言で許されると思ってんのかゴラア!!?」
「自殺ならもっと場所を選びやがれっつーんだよゴラア!!?」
「ひ、ひええっ!?だ、だから、わざとじゃないんですってば!なんでこんなことになったのか、私もさっぱり覚えがなくて分かんないんですごめんなさいっ!!」
ヤバイヤバイ!!
ヤバイぞ~~っ!!
状況が全く把握しきれてない。
分かっているのは、突然床がなくなったってこと。
今の今まで座っていたはずのフローリングの床がスポーンと抜けて、下に見えた町みたいなところに、急降下したってことだ!
そして、落ちた先というのが最悪で、路地裏でたむろしていた、お世辞にもまっとうで親切なお兄さんたちとは言いがたいモヒカンメンズ達の真上だった。
当然のことながら、なにすんだコラと絡まれ絡まれ、いちゃもんつけられて今に至ってるってこと!!!
なになに!??
なにがどうなったん!!?
「あううう~~!!わ、わけわからん……!!」
なんでや!!
なんでやねん!!
私はただ、職場の先輩の家にお呼ばれされて、ビデオ屋さんで大量レンタルした某アニメを見ながら、お気に入りのキャラクターのイラストをゲヘゲヘウハウハ……楽しく描いていただけなのに!!
なんで、いきなりこんな危ない事態になっとんの!!
ガタガタ震えっぱなしの私の肩を、モヒカンの一人がガシッと掴んだ。
痛い痛い、夢じゃない!!
「ごめんですんだらムショは要らねーんだよゴラア!!」
「おい、どうせならこいつ、このまま売り払おうぜ!!なあ、ネェちゃん。お前もビルから飛び降りて死ぬつもりだったんだから、別に構いやしねーだろ?」
ううう売り払う!!?
ここ日本なのに!!
え?違うの……!!?
焦りと、恐怖と、色んな疑問が一気に押し寄せて、頭の中はもうダメ。
使い物にならない!!
でも、モヒカンメンズたちはそんな私にはお構いなしに腕や髪の毛を引っつかんで、路地のさらに奥まったところに、引きずって行こうとしている!!
これはヤバイ!!
「お、犯されるぅ~~っっ!!!」
バタバタ、必死で無駄な抵抗をしていたとき。
ギャアッと、頭の上で悲鳴が上がった。
途端、肩を捕まれていた腕が離れる。
……というか、
いいい今、腕がふ、ふっとんでいったんですけど!!!?
「!!!??」
ふっとんでいった腕は、近くの壁に当たって、ボタリと落ちた。
まるで、マネキンみたいに。
片腕を飛ばされた本人を含め、みんながぽかーんと口を開けて、地面に横たわった腕を見つめていたのだけれど、突然、思い出したように切り口から鮮血が噴き出したのだ!!
「ギャ―――――!!!!」
「お、おれの、おれの腕があ――っ!!」
「畜生!誰だ!!誰がやりやがった――!!」
泣き叫ぶモヒカンたち。
でも、なんでだろう。
地面にペタンと腰を抜かしたまま、私は妙に冷静だった。
なんか、なんだろ。
この血、アニメっぽい。
リアルなんだけど、どこかが違う。
そんな違和感。
これなら、月一で見てるモノのほうが、よっぽどグロテスクだ。
だから、私だけは落ち着いて、路地の奥から現れた人物を見つめることが出来たのだった。
その人は楽しそうに笑っていた。
なんて低い笑い声……!!
脳髄までしびれてしまいそう!!
ああ……あああ――っ!!??
知ってる!!!
この声は、この声優さんは………!!!
「やめなよ☆」
なななな浪川さ―――――ん!!!!
浪川大輔さん!!?
そそそんな!!
あのエロいエロいボイスをまさか生でお聞きする機会が訪れようとは!!
しかも、悪漢に絡まれピンチの私を助けて下さるなんて……!!
うほおおおおう!!
もはや既婚者でお子さんが二人いらっしゃっても構わない!!好きです浪川さ―――
「……ありゃ?」
あれれ?
違う。
誰だこの人。
燕脂色のスーツ姿の男の人……めちゃくちゃ美形だけど、浪川さんじゃない。
てか浪川さんの身長は173センチだもんね。
この人、余裕で185センチはあるよね?
というか、その前に顔が全然違うし。
真っ赤に染めた髪を、目元にかかるくらいに下ろしている。
底光りする、細い金色の目。
誰ですか、と惚けた私が問う前に、モヒカンたちが我に返った。
「誰だてめえ!!」
「まさか、今こいつの腕を切り落としたのはテメーか……!!?」
「うん☆ボク。だって、イヤがってるだろ?その子」
男の人は右の指に、トランプのカードを挟んでいた。
視線を私に注いだまま、口元にトントン、と当てたり離したり。
「ふざけやがって――」
怒髪天を突いたモヒカンたちが、ついに光るモノを抜き放ち、一斉に襲いかかった!!
そのときだ。
私は見た。
彼の口元が、とんでもなく愉しそうにつり上がるのを……!!
「ギャ………………!!」
「…………!!!」
「…………ガ……ッ!!!」
悲鳴はなかった。
上げたくても上げられなかったのだろう。
モヒカンたちは一瞬で喉をかき切られ、静かに地面に倒れ、静かに血を吐き出した。
カチャーン!
コンクリートにナイフが落ちる堅い音だけが、嫌に耳につく。
「やれやれ。やっと静かになった★さて……」
ジャリッと、皮の靴の先が私を向く。
なんで……。
なんで、まわりはこんなに血だらけなのに、この人の靴は綺麗なんだろう?
血痕ひとつ、ついてないんだろう。
ズボンにも、シャツにも、ジャケットにも……意地悪そうに笑った顔、に、も……。
「大丈夫?」
うはあ!!ええ声……!!!
は!?
ちち、違うし、そんな場合じゃないし、この人今一瞬で五人くらい殺したし!
凶器はトランプてありえんし!!!
働け頭!!
ぼーっとすんな!!
「なんだかまだ、ぼーっとしてるみたいだね☆まあ、いきなりこんな凄惨な場面を見せられちゃ、女の子なら怖くなって当然だよね……いいよ。じゃ、ボクはこれで☆」
「……へ」
いい声……浪川さんそっくり……。
は!?
いや、だから違うって!!
とりあえず、助けてもらったんだからお礼言わなきゃいけないでしょうが!
クルリと背を向けてしまったその人に、私は思いっきり頭を下げた。
「あああああ、あの!!」
「ん?」
「た、助けていただいて、ありがとうございました!」
「…………プッ☆」
ゴチッ!
あ、土下座したらおでこに血がついた。
それにしても、アニメっぽい血。
匂いも薄いし、色はぺたっとしていてペンキみたい。
ドキドキしながらそんなことを考えていたら、くい、と優しく腕を引かれた。
「行こっか☆」
「――へ!?い、行くってどどどど」
「服屋さん☆ボクのせいで血だらけにしちゃったから、キミにぴったりの服を新調してあげる。このすぐ先に、ボクの行きつけのお店があるから、一緒に行こうよ☆」
「え!?えっ、え、で、でも!私、サイフ持ってませんし!!」
「そんなのいらない☆大丈夫。借金のかたに売り飛ばしたりなんかしないから、安心しなよ☆」
クックックッ!!
優しく、でも強引に、赤い髪の男の人は、戸惑う私の手をとって、路地の奥へと進んでいく。
いいいい一体、これからどうなるっていうの―――っ!!?