2 ヒソカと服屋さんで☆☆☆!!

 

 

 

 

 

「そう言えば、キミ、名前はなんていうの?」



カツンカツン。



怪しい路地の奥の怪しい階段を、まるで私をエスコートするみたいに下りながら、赤髪の男の人が振り向いた。



なな、名前?



「ト、トモです……!」



「トモ……☆可愛い名前だね、覚えやすいし。気に入った」



「そ、そんなことより、こここんな怪しい場所に、本当に服屋さんなんてあるんですか……?」



「あるよ。普通の服屋さんとはちょっと違うけどね☆」



一体どんな怪しい服を着させようと言うのか―――っ!!??



ああああ!!逃げ出したいっ!!



だいたいこの人、人殺しだし!!



確かにさっきは助けてくれたけど、まだいい人だって決まった訳じゃないし!



み、身の危険を感じる……!!



よし。



逃げよう!!



「トモ」



「!!??」



サアッと血の気がひいた。



なんでだ……。



優しく握られているはずの手が、ぴったりくっついて離れない!?



真っ青になって立ち止まった私を、男の人はゆっくりと振り向いて、



「逃げようとなんか、しないでね。逃げられるとボク……追いかけて、仕留めたくなるから……★」



「はい……」



そんな……。



そんなええ声で言われたら。



逆らえるもんかあ―――っ!!!






      ☆☆☆






「じゃ、あとは頼んだよ☆」



「畏まりました」



「えっ?えっ?ええっ!!?」



なんだこの執事みたいな人!!



なんだこの豪華な店内!!



赤い絨毯、シャンデリア!



ずらずら――っと並んだ布布布っ!!



男の人に連れていかれたお店。



そこは、確かに服屋さんだった。



そして、確かに普通の服屋さんじゃないみたいだった。



もっとこう、高級感漂うと言おうか、なんと言おうか。



入って三秒。



引きずられるように連れ込まれたのは、広々とした店内のかなり奥まった場所だった。



ベルベットのカーテンが天井から波打つように何枚も垂れ下がり、金の縁取りのある巨大な鏡が置かれている――



え?



なにここ……??



ストリップ劇場!!???



「そんな泣きそうな顔しないでよ。とって食いやしないからさ☆この店、オーダーメイドしかないから、ちゃんと測ってもらわなきゃ。特別オーダーで、一時間程度で仕上げて貰うからね☆」



「い、一時間て、オーダーメイドでそんなの無理――」



「ご心配には及びません。ささ、こちらへ」



うわああお!!



執事さんみたいな人、私の首根っこをひっつかむ勢いでぐいぐい引っ張っていく!!



な、なんて強引な人たちなんだ、もうやだわけわかんない……!!



でも、一時間で仕上げる、という言葉はどうやら本気のようだった。



あれよあれよという間に全身を測定され、布で巻かれて針を刺されて切られてほどかれ、気がついた時には――



「一時間でございます」



チャッ。



金のメジャーをスマートに仕舞い、執事さん、もとい仕立て屋さんは、鏡に写った私に向かって一礼した。



か、かっこいい……。



いやいや、それよりも!!



「動きやすい……!それに、すっごく軽い!なにこの服!?」



しかも、デザインがすんごい可愛いじゃないか!



ピンクに黒のドットパーカーに、ベージュのオーバーオール。



スボンの丈が膝下くらいで、下はタイツとがっつりめのブーツだ。



これもまた真っ赤で可愛いわ――!



……お店の雰囲気にそぐわないカジュアルさがなんとも不自然だけど。



試着室を出ると、椅子に腰かけて待っていた男の人が、こっちを見てニッコリ笑った。



「いいね☆トモのイメージにぴったりだ。時間もぴったりだっただろ?」



「は、はい……でもこれ、高かったんじゃないですか?こんな豪華なお店だし、その、すみません……私、ほんとにお金持ってなくて――」



「それはいいって言っただろ?ただの気まぐれだから、気にしなくていいよ☆……それよりも」



くるり、と優雅に返された手のひら。



なにも持っていないように見えたのに、突然、パッと用紙のようなものが現れた。



人差し指と、中指に挟んで、差し出す。



「コレって、ハンター試験の参加申込み用紙だよね。キミも試験を受けるの?」



「へ……?」



今、なんて言った……?



ハンター試験?



「ハンター試験!!?」



「違うのかい?キミの着ていた服のポケットに入ってたらしいんだけど……☆」



え?



え??



ええーっと、これは……。



「ど、どういうことでしょう……!?」



「ボクに聞かれても☆まあいいじゃないか。せっかく持ってたんだし、この際だから参加しちゃいなよ。ボクも出るし、トモがいてくれたら退屈しなくてすみそうだ☆」



言いながら、カリカリっとサイン。



「なに勝手に書いてるんですかあ――!!!」



「大丈夫☆危なくなったら助けてあげるよ。はい、応募用紙。なくさないように、オーバーオールのポケットに入れておこうね☆」



ニッコリ。



「むむむ無理です!!ていうかハンター試験てなにそれ実際にあるんですか……?」



もちろん、と赤い髪の男の人は頷いた。



ていうか、ハンター試験!!?



そそ、そんなの、まるで私がこのへんな町に落っこちる前に見てたアニメの……ハンター×ハンターの世界じゃないか……!!



ありえない……!!



うえあありえないからそれっ!!



「まあ、なかなか試験会場にたどり着けない奴も多いから、伝説扱いされることもあるけど……ちゃんと毎年開催されてるんだよ☆ボクは去年も受けたしね。落ちちゃったケド★」



「……」



まてよ。



まてまてまて。



仮定をしようか。



百歩ゆずって、とりあえず、ここがハンター×ハンターの世界だと仮定をしようか!!



そうすれば、さっきのアニメじみた血糊にも合点がいくんじゃないか?



それに、目の前にいるこの男の人の声が、浪川大輔さんにそっくりだってことにも説明がつかないか?



そして――もしもそうなら、一人しかいないんだ。



ハンター×ハンターに登場するキャラクターの中で、浪川さんが声をあてている人物は……!!



「☆」



パサリ、と。



白くて形のいい手のひらが、髪をかきあげる。



現れたのは、細く、つり上がった眉と、獲物を見つけた獣のような、鋭い眼差し。



嘘……嘘、嘘!!!!



「トモ……?」



バッタリとその場に倒れそうになった私を、さっと、筋肉質な腕が受け止めた。



嘘おおおぁあああああああ――っ!!



ヒソカさああああ――――――んっ!!!??



ヒソカさんじゃないですかあああああんなあああああああああ……!!!!



あ、あれ?



なんか……感激のあまりくらくらしてきた……貧血?



「トモ。ダメダメ……ただでさえ精孔が開ききってるのに、そんなにオーラを高めちゃいけないよ☆纏をして、オーラをキミの身体に留めないと、このままだと生命エネルギーがどんどん奪われて、二、三日は動けなくなる」



「オーラ……?」



なにそれ……確か、そんなようなことを、アニメの中でゴンやキルアが言ってたような気がする……というか、ここが本当にハンター×ハンターの世界なら、ゴンやキルアもいるのか……うひひひひははあ!!



生足……。



「コラ★」



ピシッ!



「痛いっ!い、いきなりデコピンするなんて酷いですぅ……!!」



「トモが人の言うことを聞かないからだろ?これ以上、オーラを流出させちゃダメだよ★……もしかして、トモは纏のやりかたを知らないのかい?」



「し、知らないです……はあ、し、しんどい……!」



「仕方ないなあ。じゃ、特別にボクが教えてあげるから、目を閉じて」



「目を……?こう、ですか……」



ギュッと、目を閉じる。



真っ暗な世界に、ヒソカさんの声だけが低く響いた。



「そうそう……いい子だ。そのまま、ゆっくりと息をするんだよ?」



ふわ……っ!



なんだろう、これ……なにかに包みこまれていくような……すごく、温かくて、お風呂とか、布団のなかにいるときみたいに……安心する……。



「上手い上手い☆トモは飲み込みが早いね……可愛いよ」



ぎゅうううう~~!



ん……?



なんか、包みこまれてるっていうか、思いっきり抱き締められてるっていうか、胸板が、腕が、く、唇が耳に当たって………って、ヒソカさんっっ!!!??



んなななななな、なにをしておられるんですかあ―――!!



「●@△★▽*△§※!!??」



「あ。ダメだろう?目を開けちゃ★」



「なななななななんんんん……!」



「まあいっか☆ひとまず、纏は出来るようになったようだし」



ニンマリ笑う、確信犯。



チュ。



「!!!??」



挨拶程度のキスだった。



うなじに、一瞬だけ。



ヒソカさんはすっと立ち上がり、馴れた身のこなしで距離をとった。



「いいいいい今、今……!!?」



「トモ。またオーラが飛び出してる★落ち着いて、ボクに抱き締められていたときのことを思い出して。ふわっと、身体が軽くなるような感覚があっただろ?それが纏だ☆生命エネルギー……つまり、オーラを身体に留める、念の基本中の基本だね」



「ね、念能力……?」



「そう。どうやらキミは、念能力者になりたてのようだね☆纏は、一度出来るようになったら、自転車の乗りかたを忘れないのと同じで忘れることはないけれど……トモ、もしも、試験中に、さっきみたいな身体の疲れを感じたら、ボクとのことを思い出すんだよ?纏をしていないと、色々大変だろうからね」



「……受けることにされてるし」



「受けないつもりなのかい?仕方ないなあ、それならトモが試験を受けたいですって言って泣きながらボクの背中にすがりついてくるまで可愛がってあげるしか――」



「受けますぅ……っ!!」



ちょっともったいないような気もするけど、なんか怖いから嫌だって言えんよ――!!



もういいよ―――!!



好きにしてくれ――――い!!



おぶおぶ泣き出した私の涙を、どこからともなく取り出したハンカチで拭いながら、ヒソカさんは優しく笑っていた。