ある夏のゾル家の七夕祭り!

 

季節は梅雨の終わりどき。

 

 

 

七月初頭。

 

 

 

早朝、午前五時。

 

 

 

いつものごとく、イルミのいない休日をゾルディック家で過ごしていた私は、恒例のラジオ体操の後、拷問の訓練を受けていた。

 

 

 

ちなみに、水曜日の今日の訓練内容は、ククルーマウンテン山間部にある滝壺にての水攻めである。

 

 

 

でも、頭から滝の水をかぶせられた所で、私にとっては魚が水を得るようなものなんだよねー。

 

 

 

夏場にもかかわらず、山頂にはまだうっすらと雪が残るククルーマウンテン。

 

 

 

地下水脈を通って、豊かに溢れ出す水は清らかで、冷たくて。

 

 

 

滝の中に入ると、徐々に差し込み始めた朝日が、金色の泡や光線となってきらめいて、息を呑むほど綺麗だった。

 

 

 

――首根っこをがっしりと押さえつけている、シルバさんの大きな手の存在を忘れてしまうくらいに。

 

 

 

うーん。

 

 

 

快適だ。

 

 

 

勢いのある落水も、守りの泡“驚愕の泡(アンビリーバブル)”を発動させれば、その透明な膜の表面をぷるんぷるんと揺らすだけで、ちっとも痛くない。

 

 

 

いやでも、一応拷問の訓練なんだし、ちょっとくらい苦しんでるフリとかした方がいいんだろうか……そんなことをぼんやり考えていたら、ふいに、ぐんっと滝の中から引きずり出された。

 

 

 

「分かってはいたが、無意味だな」

 

 

 

「す、すみません……水に関してはあらゆる環境において適応しきってるもので」

 

 

 

あははは、と、なんとか笑って誤魔化そうとする私を、かの御大はものすごく渋い表情を浮かべて見下ろしておられる

 

 

 

あ、青い双眸が厳しくて冷たいっっ!!

 

 

 

「そんな顔したって、効かないものはしょうがないじゃないですか~!!」

 

 

 

「泣くな。鬱陶しい……別に、怒っているわけではない。だが、これ以上の訓練は無意味だ。岸に上がって、俺達の訓練が終わるまで待っていろ」

 

 

 

「はーい」

 

 

 

それはそれで、なんだかつまらないんだけどな。

 

 

 

ちょっとだけ口を尖らせたそのとき、シルバさんの肩越しに見える水面が、大きく盛り上がった。

 

 

 

パシャン、と、宙を跳ねる魚影。

 

 

 

銀色に光る腹部、それとは対照的に、墨を塗ったように黒く染まった背中。そこに散りばめられた、無数の白い斑点模様。胸鰭と尾びれの鮮やかな黄色が、ほんの一瞬なのに目に焼き付いた。

 

 

 

「鮎! しかもあれは七星鮎ですよ!! すごい、巷じゃめったにお目にかかれない高級魚だっていうのに、さすが私有地! シルバさん、見学しながら鮎獲っててもいいですか?いいですよね!?あのプリプリッとした魚体……油が乗ってて、塩焼きにしたら絶対美味しいです!!」

 

 

 

「……好きにしろ」

 

 

 

はーあ、と落ちてくる深い溜息は気にしない。

 

 

 

「ほんとに美味しいんですよ?ジャポンの高級料亭におろしたら、一匹8000ジェニーは固いですね。1人、三匹で足りますか?」

 

 

 

「いや、俺は五匹は食う」

 

 

 

「俺もだコフ……ゴハア!ちょ、ゼノじいちゃ……!!いきなり滝に突っ込むのやめてってば……!!」

 

 

 

「うるさい、ミルキ。お前はもう少し真面目に鍛錬せい! ポーや、ワシも五匹食うぞ」

 

 

 

「あはは、はーい!」

 

 

 

ミルキくん……訓練中なのに、今の会話がよく聞こえたもんだ。

 

 

 

「えーと、じゃあ、私も五匹で。キキョウさんとカルトくんは昼ごろに帰ってくるって言ってたから朝ごはんはいらないし、全部で20匹か。よーし、がんばってとるぞ―!」

 

 

 

イルミがこの場にいたら、間違いなく呆れられそう。

 

 

 

ぽそっと漏らすと、シルバさんはむっつりと腕を組んだまま、唐突に尋ねてきた。

 

 

 

「会いたいか?」

 

 

 

「え?」

 

 

 

「あいつとは、もう二週間以上会っていないだろう」

 

 

 

聞けば昨日、報告ついでに電話口で散々愚痴を言われたらしい。

 

 

 

「そりゃあ、会いたいのは山々ですけど……でも、今受け持ってるお仕事、相当手強いんでしょう? 本当なら一週間でケリがつくはずが、どこからか情報が漏れているせいで、中々ターゲットが見つからないって言ってました」

 

 

 

「……あいつがあそこまで手間取るのは、珍しい。お前が家に来てからは特にな」

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

「イルミから聞いていないのか? あいつは、お前と会う約束をしているときは、最低でも一ヶ月はかかる仕事を、ものの一週間でこなしてくることもザラにある」

 

 

 

ニヤリ、と意地悪く釣り上がる口の端をまともに見ることが出来なかった。

 

 

 

そ、そんなにがんばってくれてたんだイルミは……もしかしなくても、それは、私に会う時間を作るためなわけで。

 

 

 

イルミ……。

 

 

 

「いちいち泣くな。鬱陶しい」

 

 

 

「誰のせいですか!!」

 

 

 

 

 

 

 

                    

 

 

                     ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……そっか、そういえばもう二週間も会ってないんだ。

 

 

 

パリパリ、お箸の先で、焼きたての七星鮎の塩焼きをつっつきながら思う。

 

 

 

春一番のしらす漁から始まって、最近はジャポン名物、土曜の丑の日に向けてのウナギの稚魚を捕獲するのに大忙しだったからなあ……。

 

 

 

ウナギにいたっては、どうにかして奴らの産卵場所を突き止めて欲しいって依頼が山のようにつめ寄せて大変だったんだもん。

 

 

 

だから、なかなかまとまったお休みが取れなくて。

 

 

 

そんな中、せっかく取れたお休みも、イルミの都合と会わなくなってしまい……。

 

 

 

「はあ……」

 

 

 

「うめー!! うめえよ、この塩焼き! 朝からそうめんってのも最高!! ポー姉、おかわりコフー!!」

 

 

 

「はああ~……」

 

 

 

「ポー姉、おかわ痛ってえ!! ちょっと、なんだよゼノじいちゃん! 醤油瓶なんか投げないでよ!」

 

 

 

「ミルキ。お前は仮にもゾルディックの殺し屋のくせに、観察力と注意力が足りなさすぎるわい! 全く……ポーの様子を良く見てみろ。あの切なげな眼差し、時折吐き出される気だるげなため息……」

 

 

 

「わーかってるよ! そのくらい……ってか、言っとくけど色々溜まってるのはイル兄の方も同じなんだからな! ったく、毎回毎回、情報提供の度にポー姉の様子を事細かに聞かれたり、写真や動画、その他もろもろを請求される俺の身にもなれってのコフー! いいかげんにしろよ、イル兄もポー姉も、直接電話で話せばいいじゃねーか!」

 

 

 

ワシワシ、ムシャムシャとかれこれ四匹目の七星鮎を咀嚼しながらミルキが喚いた。

 

 

 

お塩を散りばめた黄色い鮎のしっぽが、口の端から飛び出している。

 

 

 

……お行儀悪いなあ。

 

 

 

「……はあ、本当にわかってないなあ、ミルキくんは。こんなときにイルミの声なんか聞いたら、我慢できなくなっちゃうじゃない。ゼノさんが止めてもシルバさんに追いかけられても、イルミに会いに行っちゃうよ? 私」

 

 

 

ジロリ、とすかさず、青い視線が私を貫く。

 

 

 

わ、分かってますよう……やっちゃダメってことくらい。

 

 

 

「でも……今日会えなかったら、次はまた一ヶ月近く会えなくなるかもしれないんですよ……」

 

 

 

箸を伸ばしてお素麺をひとすくい。

 

 

 

ちゅるる、とすすれば、涙の味がする。

 

 

 

「イルミに会いたいです……」

 

 

 

「泣くなと言っているだろう。替われるものならそうしてやるが、今回ばかりはそうもいかん。それに、俺が行って無理に仕事を取り上げれば、イルミも良くは思うまい」

 

 

 

「シルバさん……」

 

 

 

その通りだ。

 

 

 

完璧主義者で、プライドの高いイルミのこと。

 

 

 

いくら長い間会えていないからって、そんなことを頼んだら、会うなり叱られてしまうのは目に見えてる。

 

 

 

久しぶりに会うんだから、お仕置きだなんて困る。

 

 

 

それにしても、とミルキが山のような素麺をぺろりと平らげて言った。

 

 

 

「たかが二週間会えないくらいで、情けねぇなあこフー。大体、最長は半年なんだから大丈夫だろ、それくらい」

 

 

 

「それは、付き合う前の話でしょ!?今は無理だもん!!もう無理!絶対無理!!今夜イルミが帰ってこなかったら――」

 

 

 

パチクリ。

 

 

 

剣幕に押されて、びっくりしているミルキを見る。

 

 

 

その手元。

 

 

 

お箸に摘まれた、最後の七星鮎。

 

 

 

七。

 

 

 

「……ミルキくん、つかぬ事を聞くけどさ。今日って何月何日だっけ?」

 

 

 

「は……? なんだよいきなり。今日は七日だろ? 七月七日」

 

 

 

「それだよ!! うわあ、私としたことが、こんな一大イベントを今日まで忘れていただなんて!!」

 

 

 

一生の不覚!!

 

 

 

日本人として恥ずかしい!!

 

 

 

「よーし、なるほど……この手があったか。上手くいくかはやってみないとわからないけど、他に手はないもん。やるだけやってみよう!!」

 

 

 

「……またなんかやらかす気だな。ポー姉」

 

 

 

とれたての鮎五匹と、大盛りのお素麺を一気に平らげた私は、俺知ーらね、と席を立ちかけたミルキの襟首を、触手で優しく捕まえた。

 

 

 

「おやつ、いつもの三倍出してあげる」

 

 

 

「……協力します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                     ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――で? 敷地内の竹やぶなんかに来て、一体なにしようっていうんだよ」

 

 

 

「ふっふっふー。ここで問題です。竹やぶといえば、なにがあるでしょうか?」

 

 

 

「筍? たしかに美味いだろうけどさぁ、旬を過ぎてるからなあコフー」

 

 

 

「違うよ!もう、ミルキくんの頭の中にはフィギュアと漫画とゲームと食べ物のことしかないんだから。ここには、単に竹を取りに来たの。ジャポンにある“七夕”って行事、聞いたことない?」

 

 

 

「あるようなないような……それが、イル兄とどう関係があるんだよ」

 

 

 

ボリボリ、膨れたお

腹をかきむしりつつ、興味無さそうに尋ねるミルキににこっと笑いかけ、

 

 

 

「それは、後で詳しく話してあげる。さあて! 本当は笹を使うんだけど、この敷地内の人数を考えても、かなりの短冊量が予測されるため、今回の実験ではより枝数の多い竹をまるごと使用することにします! ――てことで、はい!ミルキくん!」

 

 


「……なんだよ、このノコギリは」

 

 

 

「竹切って?」

 

 

 

「自分でやれよ!!」

 

 

 

「おやつ四倍」

 

 

 

「……どれを切るんだよ」

 

 

 

「えーっとね。できるだけ、オーラを沢山蓄えてる個体がいいんだよね」

 

 


凝をして、目にオーラを集中させれば、生き物の生命力の流れを可視化することが出来る。

 

 

 

ただし、植物の生命エネルギーに関しては、人や動物が纏うものよりももっと微量だから、集中力を要します。

 

 


視界を青く染め上げんばかりの竹の群れ。

 

 

 

そのなかに……金色に光輝く一本を見つけた!

 

 

「あれだ! ミルキくん、あの竹をばっさり切って!」

 

 

 

「へいへい……」

 

 

 

よっこっらしょとばかりに巨体を揺らして、ミルキくんは指定した竹の前に立つ。ビキリ、と伸びる右手の爪。

 

 

 

「よっと!」

 

 

 

スパンッ!

 

 

 

小気味のいい音が周囲に響いた途端、目の前にそそり立っていた大きな真竹が、根本から切断されて倒れた。

 

 

 

なんとミルキくん、ノコギリを使わずに素手で竹を一刀両断してしまったではないの。

 

 

 

「おお! さすがミルキくん、ゾルディックのはしくれ!」

 

 

 

「はしくれ言うな! 切ってやったけど、運ぶのはゴメンだからな。どうしてもって言うなら別料金だ。おやつ十ば……」

 

 

 

「ミケー!」

 

 

 

ピーイ、と口笛ひとつ。

 

 

 

ガサリ、と間近の薮の間から顔を出したのは、真っ白な狩猟犬だ。

 

 

 

「ミケ!? なんでポー姉の命令に従ってるんだよ……!?」

 

 

 

「ふっふっふ。この間、ミケの健康診断をしたときに、呼び方と命令の仕方をシルバさんから教えてもらったんだもんね」

 

 

 

「親父……どこまでポー姉に甘いんだ」

 

 

 

「さて、ミケ。この竹を、折らないように優しく咥えて、屋敷まで運んでくれるかな? ついでに、背中に乗っけてね。昼ごはん、奮発してあげる!」

 

 

 

コルルル……。

 

 

 

満足そうな、低い唸り声。

 

 

 

私は触手を長く伸ばして、竹を咥えてくれたミケの背中に飛び乗った。

 

 

 

「さ、戻るよ。ミルキくん!」

 

 

 

「どわっ!? し、触手使うのやめてくれよ――っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                     ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえりなさいませ、ポー姉様」

 

 

 

「カルトくん!」

 

 

 

立派な竹を、屋敷の入り口前までミケに運んでもらった私たちは、それをリビングに運び込んだ。

 

 

 

扉を開けた先に、ちょこんと立っていたのはゾルディック家末っ子のカルトくんだ。

 

 

 

夏らしく、墨染の薄衣合わせの着物を着つけてもらってる。

 

 

 

帯は、若竹色の清々しい麻地だった。

 

 

 

カルトくんは私と、竹を担いで汗だくになたミルキを交互に見つめ、くりっと小首を傾げた。

 

 

 

「それは……竹ですか?」

 

 

 

「うん! イルミを家に呼び戻すために、ちょっと手の込んだ七夕祭りをやろうと思ってね!」

 

 

 

「たなばた……?」

 

 

 

右に傾けていた首を、左に傾け直すカルトくん。

 

 

 

くうっ!かわいい!!

 

 

 

「ジャポンに伝わる伝説なんだけどね。よかったら、カルトくんも手伝ってくれる?」

 

 

 

「はい、ポー姉様!」

 

 

 

不思議そうだった顔が、とたんに笑顔になる。

 

 

 

でも、私とミルキくんはひと仕事したせいでちょっと疲れてしまった。

 

 

 

ひとまず運んできた竹を暖炉に立てかけ、ソファに座って一休みすることにした。

 

 

 

冷たいアイスティーを運んできてくれたのは、カルトくんとともに仕事を終えて帰宅した、キキョウさんだ。

 

 

 

「んまあ! 屋敷の中にこんなものを持ち込むだなんて!! ポー! あなた、また何かやらかそうと企てているそうね!?」

 

 

 

「そんな、人をトラブルメーカーみたいに言わないでくださいよう」

 

 

 

「当たらずしも遠からずだろ、コフー」

 

 

 

「ミルキくん、おやつ抜き」

 

 

 

「ちょっとした冗談だろ!?」

 

 

 

部屋の三分の一を占領する巨大な竹の存在に、キキョウさんはあきれた態度である。

 

 

 

冷たいアイスティーを飲み干した私は、部屋からあるものを持ってきて、テーブルの上にドサリと置いた。

 

 

 

「紙……ですか?」

 

 

 

「そ。といっても、ただの紙ではございません! これは特殊な海藻を原料に作った試験紙でね。今は真っ白だけど、液体の酸性、アルカリ性を判別するリトマス紙のように、ある条件が整うと色が変わるの。キキョウさん、ちょっと一枚持ってみて下さい」

 

 

 

「……あら、緑色に変わったわね」

 

 

 

「操作系の念能力者が触れると、緑色になります」

 

 

 

「すげえ!!」

 

 

 

「流石です、ポー姉様。では、この紙を使えば戦闘中に敵の念の系統を見極めることが可能になるのですね」

 

 

 

「いや……本来の目的は、お魚や貝がどんな作用の生体オーラを帯びているか調べようと思って痛い!」

 

 

 

パキューン、と、こめかみを弾いていったのは、キキョウさんおなじみのゴム弾である。

 

 

 

「全く! 貴女の頭の中にはそれしかないのかしら!?」

 

 

 

「そんなことないですよ! 脳の三分の一では、いつでもイルミのことを考えてます!!」

 

 

 

言いながら、念の触手テンタくんを操り、試験紙を20センチ×5センチの長方形にカットする。

 

 

 

これに、パンチで穴をあけて、針金を通して――

 

 

 

「できた! 短冊完成! それじゃあ、皆。これにありったけのオーラをこめながら願い事を書いて下さい!」

 

 

 

「願い事ぉ?」

 

 

 

「それが、さっき仰っていた“たなばた”なのですか?」

 

 

 

こてん、と首を傾げるカルトくんに、そうだよ、と頷いて、私も一枚、短冊を取った。

 

 

 

「そう。七夕にはこんな伝説があってね。“昔々、夜空にある天の川のそばには、天の神様が住んでいました。天の神様には、一人の娘がいて、名前を織姫といいました。織姫は機を織り、神様たちの着物を作る仕事をしていました。織姫はやがて年頃になると、ある青年に恋をしたの。それは、天の川の岸で天の牛を飼っている、彦星という若者でした。二人は相手を一目見ただけで、好きになって結婚したの。でも、仲が良過ぎるのも困りもので、二人は仕事を忘れて、遊んでばかりいるようになってしまいました。天の神様は大激怒。「二人は天の川の、東と西に別れて暮らすがいい」と、織姫と彦星を、別れ別れにしてしまいました。でも、一年に一度。七月七日の夜だけ、会うことを許されるの。二人は仕事に精を出し、そして、待ちに待った七月七日の夜。織姫は天の川を渡って、彦星の所へ会いに行きます――”」

 

 

 

「お前とイルミも、それくらいが丁度良いのかもしれんな」

 

 

 

「よくありませんよ!! 第一、もしそんなことになったら、天の川なんて泳いで渡ってやります!! 織姫にはガッツが足りないと思――って、シシシシルバさん、いつの間に……!?」

 

 

 

振り向けば、御大。

 

 

 

一人がけのソファにゆったりと足を組んで座り、右手の指の先に短冊を挟んでいる。

 

 

 

色は、濃い紫色。

 

 

 

「シルバさんは、変化形だから紫色ですね。色の濃さは、込めたオーラの強さと量に比例します」

 

 

 

「便利な代物だ。後で、別口で注文しても構わないか」

 

 

 

「開発中だから、あまり沢山は作れませんけど。それでもよろしければ――あ、そうだ! せっかくだから、シルバさんも書いて下さい、願い事! 短冊に書いた願いを笹に吊るせば、織姫と彦星が叶えてくれるんですよ!」

 

 

 

「構わんが――意外だな、お前がそんな迷信を信じているとは思わなかった」

 

 

 

「迷信っていうか、夏の行事のひとつなんです。でも、今回はとある実験も兼ねてますからねー! 試すからには、本気でいきます!」

 

 

 

「ふむ。それじゃあ、ワシも一枚貰うぞ」

 

 

 

おう!  

 

 

 

ゼノさんとマハさん、いつの間に……!!

 

 

 

ニコニコ笑顔の好々爺と、いつでも真顔の高祖父は、それぞれ一枚ずつ短冊を手にとった。

 

 

 

「あ! マハさんの短冊が真っ赤。赤は強化系のオーラです。マハさんって、強化系だったんですね」

 

 

 

「……」

 

 

 

まじまじ、黒目がちの眼差しで、じいっと短冊を見つめるマハさんは、やっぱりどこか、イルミと似ている。

 

 

 

始め、ほんのりと朱色に染まっていた短冊が、触れている部分から徐々に濃く染まり上がり、最後には真紅になった。

 

 

 

「おお! 流石、マハさん。良いオーラです! ゼノさんも見事な紫紺色ですね

 

 

 

「ポー姉様……ボクのも」

 

 

 

「わあ、カルトくんも綺麗な深緑! ……ちょっと、ミルキくん。色が薄いよ! まだ黄緑にもなってないじゃない。もっと真面目にオーラ込めて! 凝!!

 

 

 

「無茶言うなよこフー! だいたいこんなの書いたって、叶うわけな……」

 

 

 

「……叶わなかったら、ミルキくんのせいだからね」

 

 

 

ゴウ……ッ! と捕食者オーラを吹き出すと、ミルキの顔が真っ青になった。

 

 

 

同時に、私の手にある短冊が、美しいセルリアンブルーに。

 

 

 

「ポー姉様、ポー姉様は特質系ですから――」

 

 

 

「うん。濃い水色になるよ! さてさて、これでゾルディック家はコンプリートですね。じゃあ次、執事室いってみよー!!

 

 

 

テーブルの上の短冊の山をバックパックに詰め込んで、リビングを飛びだしていく私の後を、カルトくんとミルキくんが追いかけてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                   ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーし! ゴトーさんに、カナリヤちゃん、ツボネさんに、アマネちゃんに、その他諸々の執事さんおよび、執事見習いの皆の願いごとと、大量のオーラゲーット!!」

 

 

 

三十分後、色とりどりの短冊を抱えて戻ってきた私達。

 

 

 

「キルアとゴン、クラピカとレオリオ、ヒソカさんや、大学の研究室の皆、その他諸々の皆には伝書鷲を飛ばしてあるから、じきに短冊が届くはずだよ。それを待つ間に、竹に短冊を吊るしちゃおう。カルトくんは、キキョウさんと一緒にさっき話した紙細工をお願いね」

 

 

 

「はい、ポー姉様」

 

 

 

「なになに……“給金が上がりますように”“時間外就労手当が充実しますように”“執事及び、執事見習いの恋愛が許可されますように”……まるで、嘆願書だな」

 

 

 

「人の願い事に文句言っちゃダメですよ、シルバさん。シルバさんは何て書いたんですか? えーっと……“キルアがりっぱな殺し屋になって、家に戻って来ますように”。……」

 

 

 

「あーら! アタクシも同じだわっ! “キルアが立派な殺し屋になって、世界中に血の雨を降らせますように”!!」

 

 

 

「明らかに後半が違うじゃないですか!!」

 

 

 

「だっはっはっ! 皆、考えることは一緒のようじゃの。ワシもそうじゃ。“キルアとイルミが、早く帰ってきますように”」

 

 

 

ゼノさんの隣で、カルトくんもこっくりと頷いた。手にある短冊には、“キル兄様とイル兄様が、早く戻って来られますように”

 

 

 

「ゼノさん、カルトくん……ありがとうございます!」

 

 

 

その時、ポケットの中でピリリ、と携帯が鳴った。

 

 

 

「はい、もしも――キルア! うわあ、久しぶり! 短冊届いた? うん、うん。そう、それにね、オーラを込めて願い事を書いて欲しいんだ。……えっ? 持ってきてくれる? ほんとにいいの!?……………っあ――――っ!! そっか、そうだよね! ゴメン!! 七夕で頭がいっぱいになってて――わかった、チョコケーキね。作って待ってるよ!!」

 

 

 

ピッ、と通話を終え、

 

 

 

「……今日、キルアの誕生日でした」

 

 

 

あ……っ!!

 

 

 

――と、一同。

 

 

 

「ちょっとー!! なんで皆して忘れてるんですか――!?」

 

 

 

「ボクとしたことが……ブツブツ」

 

 

 

「ああ、そういやそうだったよなコフー」

 

 

 

「迂闊だった……今から準備して間に合うか」

 

 

 

「間に合わせるに決まってますっ!! あああああ、アタクシとしたことが、キルのお誕生日を忘れているだなんてええええええええええっ!! ポー!! 大体、貴女が妙なことをやりだすらからっ!!

 

 

 

「でもでも、そのおかげでキルアが帰ってくるんですよ? 願い事、叶ったじゃないですか!」

 

 

 

ふふーん、と笑って言うと、ゾルディックの面々は顔を見合わせ、

 

 

 

「俺、もう一枚書こーっと!」

 

 

 

「ボクも!」

 

 

 

「ワシもワシも」

 

 

 

「アタクシも!!」

 

 

 

「ふむ……次はもう少しオーラの濃度を高めてみるか」

 

 

 

「1人1枚です!! もー、欲張ったら叶う願いも叶いませんよ?」

 

 

 

まあ、盛り上がってくれるのは嬉しいけどね。

 

 

 

さーて。じゃあ、麓に買い物に行って、ケーキ作らなきゃ。

 

 

 

触手を使って短冊を飾り終え、リビングを去りかけた私の服を、くい、と引っ張ったのは……マハさんだった。

 

 

 

「……」

 

 

 

無言で、手を差し出す。

 

 

 

よこせ、と言われているようだったので、ポケットに突っ込んだままになっていた私の短冊を手渡した。

 

 

 

「あはは、自分の分をすっかり忘れてました」

 

 

 

「……」

 

 

 

じいーっと、そこに書かれた文面を見つめていたマハさんは、ややあって、ニンマリ笑った。

 

 

 

「えへへ。やっぱり、これしかないかなーって思って。あ、それも吊るしておいてくださいねっ!」

 

 

 

「……」

 

 

 

こっくり、深く頷いたマハさんに見送られ、私はリビングを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                     ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

笹の葉、さらさら。

 

 

 

のきばに揺れる。

 

 

 

お星様きらきら。

 

 

 

金銀砂子。

 

 

 

太陽は綺麗な夕日となって山間に沈み、澄み切った藍色の空には星が輝きはじめた。

 

 

 

天気は上々。

 

 

 

絶交の七夕日和である。

 

 

 

キルアの電話を切ったあと、ほうぼうを駆けずり回った私。

 

 

 

デントラの港町に在住してる美食ハンターの皆さんにも助けてもらって、なんとかなんとか、キルアが満足してくれそうなくらいの、大量のチョコを集めることが出来た。

 

 

 

急いで練ってこねて焼くこと、約40分。

 

 

 

ゾルディック家の巨大な厨房に、ドドンとそびえ立つククルーマウンテン……じゃない。

 

 

 

ガトーショコラ!!

 

 

 

「よーっし、できたぞーチョコケーキ!!」

 

 

 

「なんとか間に合ってよかったな」

 

 

 

うむ、と、私の隣で感慨深く頷いていらっしゃるのは……。

 

 

 

「……て、手伝って頂いて、本当にありがとうございました」

 

 

 

「うむ」

 

 

 

暗殺一家ゾルディック御大、銀の髪のご当主様ご本人である。

 

 

 

であるのだが……しかし。

 

 

 

「……三角筋と、かっぽうぎ、似合いますね。シルバさん」

 

 

 

「そうか?」

 

 

 

「……はい。それに、あれだけの数の卵を一瞬で割り落とし、同時にカラザまで取ってしまわれるなんて……おみそれしました」

 

 

 

「そうか」

 

 

 

うむ、と満足気に頷いておられるご当主を、これ以上直視できずに目をそらす。

 

 

 

やばい、吹き出しそう……!!

 

 

 

日常生活も常に暗殺道着を着て過ごす、どこまでもストイックなこの御方に、田舎のおばちゃんよろしく三角筋と割烹着をキッチリ着つけたのは――言わずもがな“あの人”だ。

 

 

 

ドレスの裾をひるがえし、メカニカルなゴーグルをビカビカ光らせ、

 

 

 

 

「シルバ!! アタクシはキルのために会場を飾りつけてドレエスアアアアアアアアアップするのに忙しいの。だから、ポーの手伝いは任せたわよ!」

 

 

 

――この一言で全てを収めた。

 

 

 

うーん、すごい。

 

 

 

「ま、まあ、なにはともあれ、上出来ですよ!! これならきっとキルアも喜んでくれるはず――って、シシシルバさん! なんで出来上がったチョコケーキに早速穴なんか開けようとしてるんですか!?」

 

 

 

にゅるん、と触手を伸ばし、今まさに、物騒な爪をチョコケーキに突き立てようとしていたシルバさんを拘束すれば、青い眼光にギロリと睨まれた。

 

 

 

「何故止める。そもそも、こんな馬鹿でかいケーキを作ったのは、俺が中に潜んで誕生日に浮かれているキルアに喝を入れてやるためではないか。それに、俺は一度、チョコケーキの中に潜伏してみたかった」

 

 

 

「イルミみたいなこと言わないでください!! ダメったらダメったらダメです!! 誕生日は誕生日!! キルアの生まれた日を皆で楽しくお祝いする日なんですよ? 暗殺修行は朝の四時から。殺しはお仕事でやって下さい。公私混同は許しません!」

 

 

 

「……お前こそ、キキョウそっくりだ」

 

 

 

言葉の内容は正反対だが、と御大。

 

 

 

「に、似てませんもん、似てませんもん!!」

 

 

 

「そうか?」

 

 

 

クックッと、意地の悪そうな笑みを浮かべるシルバさん。

 

 

 

と、その顔がスッと窓を向いた。

 

 

 

「――来たようだ」

 

 

 

「え?」

 

 

 

直後、低い遠雷のような音がガラス窓を震わせた。

 

 

 

試しの門が、開いてるんだ!

 

 

 

「ふん……七枚、全て開けた奴がいるようだ。キルアではないな」

 

 

 

「七枚全部? それは……ゴンにもレオリオにも、クラピカにも、きっと無理だよね。でも、四人のオーラの気配はちゃんとあります……あっ! じゃあ、あの人だ!! シルバさん、執事さんたち……特に、ゴトーさんに命じて下さい。相手するだけ無駄だから、手出し無用って」

 

 

 

「……知り合いか?」

 

 

 

怪訝に眉を上げるシルバさんに、笑って一言。

 

 

 

「匿名希望の、手品師さんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                     ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たっだいまー!」

 

 

 

「ポー!! 久しぶりっ!!」

 

 

 

「このクラゲ娘、元気してたかー?」

 

 

 

「こら、レオリオ。もっと女性との再会にふさわしい言葉を選んだらどうだ。……ポー、一段と綺麗になった」

 

 

 

「なんかソレ、オヤジ臭いぞ」

 

 

 

わあ……!!

 

 

 

わあ――――っっ!!

 

 

 

久しぶり、ほんっとに久しぶり!!

 

 

 

試しの門が開いてから、山……もとい、屋敷の正門が開くまで十分もかからなかった。

 

 

 

ギギイ、と開いたリビングのドア。

 

 

 

その向こうに、四人並んだ懐かしい顔ぶれに、私は涙腺が緩むのを抑えられなかった。

 

 

 

「キルア―!! ゴンンン――!! クラピカア――!! レオリオオオオッ!! 皆久しぶりっ!! うわあもう、ごめんねキルア、誕生日忘れて……っ!!

 

 

 

「いいって! てか、ポーは今日が俺の誕生日だってこと知らなかったじゃん。ひでーのはウチの家族だぜ」

 

 

 

「あはは……で、でもでも、皆でがんばってケーキ作って部屋を飾り付けしたんだよ? キルアのために!!」

 

 

 

「そうだよ! ちゃんと素直に喜ばないとダメだよ?」

 

 

 

ねっ! と、微笑むゴン。

 

 

 

その後ろで……さっきからニヤニヤ、ニヤニヤ、ニヤニヤニヤニヤと鬱陶しい微笑みを浮かべている長身のピエロを、嫌々見上げた。

 

 

 

「やあ☆☆☆ ポー、元気そうでなによりだ☆☆☆」

 

 

 

「……ヒソカさん、も、ようこそゾルディック家へ。ゴンから話を聞いて、一緒に来ることにしたんですか?」

 

 

 

「ああ☆ 今朝、キミから届いたこの紙切れのことも気になったからね。ボクに送りつけるくらいだから、きっとゴン達にも渡しているはずだと思って電話してみたのさ☆ そうしたら、今日はキルアの誕生日だから、皆で実家に帰るって言うじゃないか。なんだか面白そうだと思ってね」

 

 

 

「相変わらず、そういう嗅覚はよく働きますねー」

 

 

 

半ば、呆れた目を向ける私に手のひらをかざし、ヒソカは紫……というか、ショッキングピンクみたいなケバケバしい色になった短冊を、トランプマジックよろしく出現させてみせた。

 

 

 

“薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)”、こんな使い方も出来るんだな。

 

 

 

「うわあ。予想はしてましたけど、想像をはるかに上回る禍々しいオーラ……って、なんにも書いてないじゃないですか! ヒソカさん、七夕の説明書も一緒に送ったでしょう? 願い事書かないと!」

 

 

 

「それなんだけど、これといって思いつかなくてねぇ。よければ、キミが書いてくれても構わないよ☆」

 

 

 

「ええ!? ゴンとキルアが、美味しく成長しますようにって書いたらいいのに!

 

 

 

「あ」

 

 

 

コチン、と珍しく固まった奇術師に、そっと短冊を握らせてあげることにする。

 

 

 

「じゃ、しっかり書いて下さいね!!」

 

 

 

「うん☆☆☆」

 

 

 

「おいコラ、ポー!! 人事だと思って、何とんでもない願い書かせようとしてんだよ!!」

 

 

 

「あはは……ほんとに、変わってないなぁ、ポーは」

 

 

 

さてさて!

 

 

 

積もる話は後にして、まずはキルアの誕生日をお祝いしないとね!

 

 

 

レオリオはともかく、キルアもゴンもクラピカもいつもの格好だし、ヒソカさんに至っては…………なので、ゾルディック家影のメイドさん達に誤認を強制連行してもらい、キキョウさんチョイスの(私とカルトくん監修のもと)浴衣に着替えて頂いた。

 

 

 

だってだって、七夕といったら浴衣だもんね!!

 

 

 

そして……ゾルディックの皆の待つパーティー会場、カルトくんとキキョウさんによって飾り付けられ、綺麗にライトアップされた中庭に連れ出すと――

 

 

 

「お誕生日おめでとう!!!」

 

 

 

パンパーン、と弾ける、お馴染みのクラッカー。

 

 

 

さらに、キルアの頭上に掲げられた巨大なくすだまがパカっと開いた。

 

 

 

キラキラと舞い落ちる紙吹雪。

 

 

 

そしてーー

 

 

 

「ハッピーバースデーじゃ、キルア!!!」

 

 

 

「ぎゃああああああああああああ!!?」

 

 

 

襲いかかる二つの影。

 

 

 

むろん、ゼノさんとマハさんである。

 

 

 

――やっちゃダメって言ったのに。

 

 

 

じっとりと、隣に立つ御大を見上げると、

 

 

 

「恒例だからな。一応、俺は止めたぞ。やるといって聞かなかった親父と爺さんが悪い」

 

 

 

「もう! ……ま、キルアも怪我してないしいいか

 

 

 

「よくねーよ!!」

 

 

 

ハッスルでマッスルなご隠居二人の不意打ちを、紙一重でかわしたキルア。

 

 

 

うーん、流石だ。

 

 

 

だから帰りたくなかったんだよとグチめく彼の肩を、大興奮のゴンが叩いた。

 

 

 

「ねえねえキルア! 怒ってないでさ、アレ、見てみなよ!!」

 

 

 

「なんだよ、ゴ……うおおおおおおおおおおおお!! でっけ――――――っっ!!」

 

 

 

「すごいや!! これってククルーマウンテンだよね!?」

 

 

 

「見事だ……」

  

 

 

「てか、なんつー規模のチョコケーキだよ……しかも、周りの森や、執事たちの別館、試しの門、よく見たらミケまでいるぞ。こりゃあ、すげえ! きっと一流のパティシエが――」

 

 

 

 

「シルバさん作です!」

 

  

 

ぶはっと、吹き出すレオリオとキルア。

 

 

 

うむ、と渋く頷いておられる御大。

 

 

 

「毛並みを忠実に再現するのに苦労した」

 

 

 

「こだわっておられましたもんね~!」

 

 

 

「手伝ったのかよ、親父……ま、まあ、なにはともあれ、ありがとう皆!!」

 

 

 

さてさて!

 

 

 

誕生日会でお馴染みといえば、ローソクを吹き消すアレだよね。

 

 

 

バースデーソングを歌いながら、キルアに火を吹き消してもらって――暗闇になったとたんにキルアに襲い掛かろうとしたシルバさんとキキョウさんを、触手によって取り押さえ、会は滞りなく進行した。

 

 

 

執事さんたちによって切り分けられたチョコケーキをはじめ、ゾルディック家お抱えのシェフさんが腕によりをかけて作った(私がご飯を作るときには休んでもらってるから、私は滅多に食べられないんだけど、とても豪華な)晩餐を、次から次へと平らげていたそのとき、ふとキルアが口を開いた。

 

 

 

「もうそろそろ聞くけどさぁ、イル兄いねーの?」

 

 

 

「……!」

 

 

 

ピタリ、と、その場一同の動きが止まる。

 

 

 

カチャーン!!

 

 

 

ミルキくんの手からフォークが滑り落ち、耳障りな音を立てた。

 

 

 

「……イルミ?」

 

 

 

「おう、じいちゃん達がくすだまの中にいて、親父は普通に立ってたから。俺、ケーキの中には絶対に兄貴が潜んでると思ってたんだけどさ。前に、“俺、一度でいいからチョコケーキの中に潜んでみたいんだよね”って言ってたし!」

 

 

 

「……」

 

 

 

ごくん、と口の中のチョコレートを飲み下す。

 

 

 

とたんに、うつむく私――

 

 

 

「イルミ……」

 

 

 

「ポー、ポー!! 泣かないで!!」

 

 

 

「よしよし☆ 可哀想に……イルミはポーより仕事が大事で会えないんだよね★」 

 

 

 

「コラ! この性悪ピエロ、どさくさに紛れて爆弾投下するなってんだ! キルアもだ、皆があえて触れない部分をえぐるような真似するんじゃねえ!!」

 

 

 

「レオリオ~!!」

 

 

 

えーん、と泣きつくと、真摯な兄貴は品のいいハンカチを差し出して、優しく頭を撫でてくれた。

 

 

 

その隣で、こちらも上品にケーキの欠片を口に運びつつ、クラピカが微笑む。

 

 

 

「なるほど。それで、ポーは私にこんな頼み事をしたのだな」

 

 

 

薄い藤色の浴衣。その、袂から取り出されたのは一枚の短冊だ。

 

 

 

ただし、皆に書いてもらったものとは違う。

 

 

 

生成りに、緑色の縁取りのある紙板には、流麗な墨文字で歌が記されている。

 

 

 

「バショウに頼んで、一句詠んでもらった。タナバタ、とは聞き慣れない催しだと思っていたのだが、ジャポンでは有名な行事なのだそうだな。妙に懐かしがっていたぞ」

 

 

 

「“星合に 託した願い みな叶う”――これだよ!! クラピカ、ありがとうっ!!」

 

 

 

「大したことではないよ。それから、これは私の分の短冊と、仲間達。そして、うちのボスの書いた願い事だ。一緒に吊るしてもらえると嬉しい」

 

 

 

「ボス?」

 

 

 

まさか、と思い、手渡された短冊の束から、水色の一枚を取って読んでみる。

 

 

 

「“ヨークシンのオークションで、ステキな人体コレクションがゲットできますように! ネオン=ノストラード”……」

 

 

 

「……」

 

 

 

「……」

 

 

 

「その、うちのボスは人体収集が趣味で――」

 

 

 

「ごほん! そ、そうなんだ……。よし! ゴン達の短冊も預かってあるし、さっそく皆で吊るしにいこう!!」

 

 

 

「おう!」

 

 

 

「えへへ! なんか、タナバタって楽しいね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                   ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これでよしっと。ゴンのもちゃんと吊るせたか?

 

 

 

「バッチリだよ! ひゃあ~、それにしてもいっぱい吊るしてあるなあ~!」

 

 

 

「この一枚一枚に、皆の願いが込められてるのだな」

 

 

 

星空高く、そびえ立つ大笹。

 

 

 

皆から集めたオーラをたっぷり蓄えた短冊と、カルトくんとキキョウさんが作ってくれた、色とりどりの紙細工。

 

 

 

ククルーマウンテンから吹き降りる夜風に、笹の葉がさらさらと鳴った。

 

 

 

藍染の浴衣の襟に、クラピカの金の髪が触れては散る。頬にかかった一房を、すっとかき上げて彼は呟いた。

 

 

 

「美しいな……」

 

 

 

「えーと、なになに……“この夏こそ彼女ができますように”、“この夏こそダイエットに成功しますように”、“夏のボーナスがアップしますように”、っかー、どいつもこいつも、情緒のない願いばかりで世知辛いったらねぇな、おい!」

 

 

 

「ーーっ! レオリオ!! 情緒をぶち壊しているのは貴様だ! だいたい、人の願いを読み上げるとは何事だ馬鹿者!! ゴン、キルア、お前たちからも言ってやれ!!」

 

 

 

「えっとねー、ミトさんの願い事はねー、“今年の夏こそ、良い人と出会って結婚出来ますように”だって!! ……何書いてるの、ミトさん」

 

 

 

 

「他にもあるぜー! “美味いものが腹いっぱい食べられますように”!! これ、絶対ミルキの書いたやつだろ!」

 

 

 

「ブー。ミルキくんのはこっち。“今度発売する失恋戦隊ミレンジャー、ミレンブルーの限定フィギュアが手に入りますように!!!”。その短冊を書いたのは、ブハラさんだよ。裏に名前が書いてあるでしょ」

 

 

 

「ほんとだ! あっ、隣にはメンチの短冊もある。“アタシの舌を黙らせる料理人と、いつかきっと巡りあえますように”。相変わらずみたいだなー、あのおばさんも!」

 

 

 

「ゴン、キルア!! ボクの願い事も読んでおくれよ☆☆☆」

 

 

 

「パース」

 

 

 

「ヤダ、ベーッ!!」

 

 

 

「……ゴン、キルア、ポー、そしてついでにヒソカ……!! お前たちもレオリオと同レベルか――っ!!!」

 

 

 

おおう、ク、クラピカ。

 

 

 

そんなに目を真っ赤にして怒らなくてもいいじゃないの。

 

 

 

「だって、やっぱり気になるじゃない。誰がどんな願いを書いてるかっていうのは!」

 

 

 

「そういえば、ポーはなんて願い事したの?」

 

 

 

くりっと、ゴンがツンツン頭を傾かせる。

 

 

 

青竹色の彼の浴衣には、白の染め抜きで同じく竹林が描かれているのだが、竹の葉のツンツン具合が髪型と相成って、とても良く似合っている。

 

 

 

――と、そんなことを考えながら質問を聞き流そうとしたのだけれど、させるかとばかりにキルアが畳みかけてきた。

 

 

 

「聞こえないふりしたってダメだぜ、ポー。なんて書いたんだよ、願い事!」

 

 

 

「……わかったよ~、もう」

 

 

 

夜天を見上げて、息を吐く。

 

 

 

吸い込まれそうなほどの星空。

 

 

 

仄白い天の流れの岸辺には、ベガとアルタイル。

 

 

 

二人の恋人達の姿がある。

 

 

 

今夜は晴天。

 

 

 

二人は無事に会えただろうか。

 

 

 

瞬く光のリズムを数えるうちに、私の胸にある心臓のそれと、不思議と調和する。

 

 

 

「……“イルミや皆と、ずっとこの世界で幸せに暮らしていけますように”って、書いたんだ」

 

 

 

「……ポー」

 

 

 

ぎゅっと、小さな手のひらに両手を握られた。

 

 

 

右手はゴン。

 

 

 

左手はキルア。

 

 

 

「叶うよ。きっと、ポーはこの世界に必要だから、今もこうしてここにいるんだ!」

 

 

 

「そうそう! ま、もし元の世界に帰るっていうんなら、そのときは教えろよ。俺とゴンも絶対一緒に行くし! なんか、面白そうじゃん」

 

 

 

「あはは! ……うん、そうするよ!」

 

 

 

手をつないで、もう一度空を見上げる。

 

 

 

皆のオーラ……生きる力がいっぱいに込められた短冊に、込められた願い。

 

 

 

てっぺんにはバショウさんの、

 

 

 

“流離の大俳人(グレイトハイカ―)”

 

 

 

……星合に、託された願いよ。

 

 

 

全て叶い給え……!!

 

 

 

そして、

 

 

 

「イルミ帰ってこーい!!!!!!」

 

 

 

「結局ソレじゃねーか!!」

 

 

 

「あったりまえじゃないですか!! このイベントの第一目的ですよ!? わざわざクラピカに頼んで、バショウさんに一句読んでもらったんです。全身全霊を込めて!! さらに、他の短冊にも皆のオーラを込めてもらい、それぞれの系統のオーラがバショウさんの短冊に集中、あの句が正確に実現するように完璧に計算された配置場所通りに設置しました。念は心の力。大きな願いを叶えるためには、より大量のオーラが必要なのです。皆のオーラが奇跡を起こす!! いわゆる、元気玉的な効果を狙っているわけ!!」

 

 

 

「なんだ、その元気なんたらというのは」

 

 

 

「ポーらしいなあ☆ まあ、ボクはあまりそういうのは信じないタチだけど、念の実験ってコトなら興味がある☆ モチロン、今すぐにじゃなくてもいいけど……ボクの願いも、叶うといいなぁ。ねえ、ゴン、キルア☆☆☆」

 

 

 

「ひっ!?」

 

 

 

「キモっ!!」

 

 

 

いやー!! と、叫びながら逃げる二人、待っておくれよ~と、追いかけるピエロ。

 

 

 

そんな――お決まりの光景を笑っていたとき。

 

 

 

プロペラ音が聞こえた。

 

 

 

「――!!」

 

 

 

頭上をゆっくりと、大きな影が横切っていく。

 

 

 

天の川を横断する、漆黒の機体。

 

 

 

「イルミ……!!」

 

 

 

浴衣の裾をたくし上げ、私はゾルディック家飛行場を目指して駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                    ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カンカンカン!

 

 

 

下駄が石の床を打つ音が、半円状の天井に反響しては落ちてくる。

 

 

 

私が飛行場に着いたとき、艇はすでに着陸を終えており、黒い機体の下にはタラップが伸びていた。

 

 

 

そこに、スラリとした長身を見つける。

 

 

 

下駄なんて、聞きなれない足音だ。

 

 

 

もしかしたら、警戒させてしまったのかもしれない。

 

 

 

エントランスから駆け込んできた私を、イルミは待ち構えていたかのように、じっと見つめていた。

 

 

 

パチパチ、と、その猫目が瞬く。

 

 

 

うんそりゃ、こんな格好だもん。

 

 

 

なんで? って、思うよね。

 

 

 

「はあ、はあ、イルミ……おかえりー、今さ、七夕とキルアの誕生日会、同時にやってて――むぎゅ!」

 

 

 

一瞬だった。

 

 

 

タラップの上にいたはずのイルミが消えて、とたんに抱きしめられる。

 

 

 

二週間ぶりの、腕の中。

 

 

 

ひんやりと冷たい暗殺服が、頬に押しつけられる。でも、肩を抱く手のひらは熱いほどで、その温度が嬉しかった。

 

 

 

「……会いたかった」

 

 

 

「俺も。遅くなって、ごめんね」

 

 

 

「ううん! 帰ってきてくれただけで充分だよ……もう、絶対にまた向こう一ヶ月会えなくなるんだって思ってたから嬉しい……!!」

 

 

 

「……そのことなんだけどね」

 

 

 

抱きしめる腕はそのままに、イルミがエントランスを向く。

 

 

 

「?」

 

 

 

つられて振り向き、固まった。

 

 

 

「シルバさん……?」

 

 

 

しかもなんか怒っていらっしゃる……!?

 

 

 

シルバさんの浴衣は白い浅地に藍染の青海波、そこにうねる龍のごとく、眉間に深いシワが……!!

 

 

 

「じゃあね、親父。俺は忘れ物を取りに帰っただけだから、すぐ次の仕事先に向かうよ

 

 

 

「忘れ物って――うわ!?」

 

 

 

ひょーい、と担ぎあげられる。降りたばかりのタラップを、イルミはスタスタと登っていく。

 

 

 

え!?

 

 

 

ひょっとして、イルミ、今日帰ってきちゃいけなかったんじゃないの??

 

 

 

「え!? イルミ、ちょ、ちょっと、もしかしてシルバさんに許可貰ってなかったの!?」

 

 

 

「そんなことないよ。忘れ物を取りに帰るって、ちゃんと言ったもん。俺」

 

 

 

「忘れ物って、まさか私!? えーっと、それは……シ、シルバさん……」

 

 

 

ズズズ……と、背後で物々しいオーラを放っている御大に向かって、パン! と、両手を合わせる。

 

 

 

「だそうですので、見逃してください!! 明日になったら私もお仕事に行きますし、イルミにもちゃんとノルマ達成させますからっ!!」

 

 

 

「……全く」

 

 

 

仕方ねぇな、とばかりに、シルバさんが背を向ける。

 

 

 

やった!!

 

 

 

「やった~!! ゆ、許してもらえたよ、イルミ!!」

 

 

 

「……驚いた。一戦交える気満々だったんだけどなー」

 

 

 

プシュー、と、飛行船のハッチを開けるイルミの手には、どこか懐かしのエノキが光っている。

 

 

 

物騒な暗殺道具を懐に仕舞い入れながら、彼はラウンジを行き過ぎて、寝室の扉を開けた。

 

 

 

ドサリ、と下ろされたのはベッドの上。

 

 

 

「イルミ……」

 

 

 

「海月」

 

 

 

長身を屈めて、キスをしてくる。

 

 

 

何度か、軽く唇を触れ合わせた後、舌を押し入れられると同時に、後ろに倒された。

 

 

 

ルルル、と、プロペラの回る音。

 

 

 

「……あれ、操縦してないのに」

 

 

 

「五分経過したら自動で離陸するように設定してた。それまでに、海月が気づいてくれることを祈ってたんだんだよ? まさか、一分もかからずに来てくれるとは思わなかったけど」

 

 

 

ちゅっと、リップ音を立ててイルミは身を起こす。

 

 

 

相変わらず感情の乏しい――でも、意外と雄弁な黒い瞳で、私の姿をじっと見下ろし、

 

 

 

「可愛い。そういえば、今日はキルアの誕生日だったっけ。それでそんな格好をしてるの?」

 

 

 

「ううん。そうじゃなくて、今日は七夕だから。ジャポンの夏の行事でね。織姫と彦星に願いを託すの。短冊に願い事を書いて、笹に吊るしてね――」

 

 

 

「……ふぅん」

 

 

 

「コラ、イルミ。今、大人のくせにそんな迷信信じないでよねって馬鹿にしたでしょ。効果覿面なんだから! 馬鹿にできないよー、なんてったって、七夕に参加してもらったおかげで、あのシルバさんが文句も言わずにあっさり許してくれたんだから。この強引なエスケープを!!」

 

 

 

「馬鹿になんかしてないよ。すごい効き目だなって、思っただけ」

 

 

 

シュルリ、と、背中で絹擦れの音。

 

 

 

気がつくと、馴れた仕草で帯が解かれていた。

 

 

 

「……ちょっともったいないかもね」

 

 

 

「解いてから言うセリフじゃないでしょ? ねえ、来年はイルミも一緒にしよう、七夕祭り。私が浴衣、選んであげる!

 

 

 

「俺、ピンク色のうさ」

 

 

 

「はいはい。分かりました、浴衣はピンクのうさちゃんで、髪もちゃんと結ってあげるから。お団子はふたつがいいんだよね?」

 

 

 

「うん。約束だよ?」

 

 

 

くりっと、首をかしげるイルミが可愛かった。

 

 

 

段々と熱を増してく肌を溶け合わせながら、ふと目に入った、丸い窓の向こう。

 

 

 

白銀に輝く星の流れを、船は渡っていく。

 

 

 

イルミが、動きを止めて顔を上げる。

 

 

 

「どうかした?」

 

 

 

「ううん、なんでもない……私の織姫にはガッツがあってよかったなーって思ってただけ」

 

 

 

「なにそれ」

 

 

 

後で教えてあげる、と笑いあいながら。

 

 

 

私は両腕を伸ばして、もう一度その背中を抱きしめた。

 

 

 

もしも、私とイルミが再び、別々の世界に引き離されたとしたら。

 

 

 

今度は私が、必ず貴方に会いに行くからね――