「ほんっっとーに、何も盗まずに帰っちまうのかよ!?」
「ああ」
ところかわrって、NGKホテル中庭。
パーティー会場に潜伏中、突如、呼び出しを食らった団員達――ウボォーギン、ノブナガ、シャルナーク、フィンクス、フェイタン、コルトピ、フランクリン(ボノレノフ、ヒソカは一身上の都合により欠席)は、真顔でキッパリ言い切る蜘蛛の頭に、盛大に溜息をついた。
全く、これだからうちの団長は気まぐれすぎて困る。
「団長~……!!」
「不服か、ウボー」
「不服っつーか、唐突すぎんぜ! こちとら、喚く胃袋を押し殺して潜伏してたっつーのに、仕事直前にふらっと姿を消したと思ったら、戻ってくるなり仕事中止たあ……どういうことなんだよ、チクショ――ッ!」
「いつにも増して気まぐれね……」
「何か、理由があるのか、団長」
不服というよりは、やや不思議そうな顔をして尋ねるノブナガに、クロロはいいや、と首を振った。
「悪いが、フェイタンの言うとおり、これはただの気まぐれだ。あのレリーフは確かに美しいが、盗んでまで愛でる価値はないと、俺は評価する」
「そんなもんかねぇ。売り飛ばせば、そこそこ金になんじゃねーのか? なあ、シャル」
「うーん……フィンクスの言うことも一理あるけど、あのレリーフはこのホテルが創業した記念に作られた、世界にたった一枚しかないものだからね。確かに、盗んだものを転売したら、すぐに足がつく。団長の興味がなくなったのなら、無理して盗む必要はないと思うけど」
「それに」と、シャルナークは意味深に微笑んだ。
「な、なんだよ、シャル」
「俺としては、これだけ稼げたら充分かなって」
招待客に紛れるため、オールブラックのタキシードに身を包んだ彼は、深々とポケットに両手を突っ込み、中にあるものを取り出してみせた。
「宝石か!」
「シャル、てめえ! さては潜伏中に、金持ち連中からギリやがったな!」
「またく、油断も隙もない男ね」
「これでも盗賊ですから。こんなお宝をつけた美人に、目の前をチラチラされたら……ねえ」
月明かりに輝く色とりどりの宝飾品の数々を、シャルナークは丁寧にハンカチで包み、懐へ仕舞い入れた。
「おっかねー、おっかねー。女に群がられて鼻の下伸ばしてたんじゃなかったのかよ」
「それはフィンクスだけね……」
「あんだと、フェイタン! そういうお前だって、似合いもしねーパティシエの変装なんかしやがって。デザートブースのチョコレート、つまみ食いしたかっただけじゃねーかコラ!!」
「なっ!? き、気のせいね! フィンクスこそ、そのコック帽、死ぬほど似合わないよ! チキンにポークにローストビーフ、つまみ食いたかただけね!!」
「二人共、喧嘩はよせ。騒ぎになるとまずいだろ!」
「ウオオオオオオオオオオオオオ――ッ!! てめえら……人が晩飯我慢して真面目に仕事してるときに、ふざけんなコラア――ッ!!」
「オレとウボーは、ずっとレリーフの警備員に変装してたからな……腹減った」
「ウボー、フランクリン、二人共ご愁傷様~」
「うるせえ、コルトピ!! てめえ、フカヒレスープのフカヒレばっか美味そうに食いやがって――っ!!」
「あー、美味しかった。芳醇にして濃厚なフカヒレが、舌の上で交響曲を奏でるようだった……」
「“超破壊(ビッグバン)“――」
「ああ、もう、ウボー! 暴れちゃダメだってば!! ちょっと団長! このままじゃ収集つかないよ、どうするんだよー!!」
「……仕方ないな」
なにが、「仕方ないな」だ。
元はといえば、お前の気まぐれのせいじゃねーか。
団員達の非難の視線と無言の罵詈雑言を背中に浴びつつ、クロロは立ち上がる。
す……っと、指差したのは、パーティー会場のきらびやかな窓辺だった。
テーブルの上に山積みにされた高級料理やデザートが、ここからでもはっきりと確認できる。
「この際だ。腹いっぱい食ってこい」
「な……!」
「ま、マジかよ、団長……!!」
「分かってんのか、あそこにゃあ、業界の重鎮や、マフィア、その他諸々の金持ちがわんさといるんだぜ……?」
「怖いのか?」
「嬉しいんだよ……命じてくれ……団長!!」
「俺が許す。喰らえ。食いたいものを、残らずな……」
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!!」
「よおっしゃあああああああああああああ―――――っ!!」
「ただし、殺しはなしだ。あくまで招待客に紛れて食え。特に、あの場にいるパティシエには傷ひとつ負わせるな。それと、あそこにあるプリンは、全部俺のだ。分かったな。プリンは、全部、俺のだ」
「――って、さては団長、さっきの焼きプリンのチョコレートソースがけが気に入ったから、ホテルを敵に回したくなくて、盗みを中止に」
「あり得ないな。そんなことは。ない。ないぞ。絶対ない」
「……」
図星かよ。
夜風にタキシードを翻す団長の背中に向かって、旅団の団員達は全員でつっこんだとか、つっこまなかったとか――
翌朝。
ヨークシンタイムズ朝刊にて、謎の黒服団体がNGKホテル主催のバレンタインパーティーに突如出没。用意された食材を残らず食べきったというニュースが、報道されたとかされなかったとか――
また、それを目にした蜘蛛の女性陣が、後日、男性陣を呼び出して事の詳細を洗いざらい白状させたとかさせなかったとか――色々あったようだが、ともあれ、これはまた別の機会に。