シルバさんと一緒~ある年のゾル家のバレンタインデー!~ その4

 

 

 

右よ~し。

 

 

 

左よ~し。

 

 

 

「目標発見。距離は8、5メートル。前方には多数の障害物有り。上方に回避しつつ、接近しようかな……キキョウさんやカルトくんに、円をされてなきゃいいんだけど」

 

 

 

でもまあ、凝を行ってみても、それらしいオーラはないみたいだし、大丈夫だろう。

 

 

 

私は擬態の泡、“嘘つきな隠れ蓑(ギミック・ミミック)”で姿を隠したまま、素早く伸ばした触手を、天井のシャンデリアに巻きつけ、ぶらさがってみた。

 

 

 

鎖が切れないか、ちょっと心配だけど――こんなに重そうなシャンデリアを吊るしてるんだもん。

 

 

 

強度は充分にあるに違いない。

 

 

 

その読みは当たって、シャンデリアの鎖は私がぶら下がっても軋みひとつ上げなかった。

 

 

 

よしよし、順調。

 

 

 

そのまま、次のシャンデリアに触手を伸ばして、うんていの要領で乗り移る。

 

 

 

それにしても、絶景だ。

 

 

 

眼下に広がるパーティー会場では、クラシック音楽の生演奏が始まり、きらびやかなドレスに身を包んだ令嬢たちが優雅にダンスを踊っている。

 

 

 

なんかもう、これでもか上流社会って感じ。

 

 

 

こんなとこに来といてなんだけど、私にはとことん縁遠い世界である。

 

 

 

目の前に実際にある光景なのに、テレビでも眺めているように現実感がない。

 

 

 

さっき、キキョウさんやカルトくんに強制連行されて行った挨拶回りでも、すべてが形式上、というか、誰もが柔和で上品な笑顔を浮かべてくれているのに、少しもあたたかみを感じなかった。

 

 

 

言葉や態度に心がこもっていないからだ――そんな人達と一緒に食事なんて、どんなに美味しいものを食べてもきっと、美味しくないに違いない。

 

 

 

どのテーブルにも、豪華な大皿に豪華な料理がコレでもかと盛られているのに、まるで減っていないのだ。

 

 

 

勿体無い……折角の手間ひまかかった料理が可哀想でならない。

 

 

 

「よーし、こうなったら、私が食べられる分だけでも、おいしく食べてあげようっと!食材にも作ってくれた人にも、申し訳ないよ、うん!!」

 

 

 

 

腕まくりして、急降下。

 

 

 

 

人混みを避け、ぽよんと降り立ったのはシルバさんが教えてくれたデザート・ブースの前だ。

 

 

 

 

金色のテーブルクロスの上には、ありとあらゆるショコラやチョコケーキの山、また山。

 

 

 

 

そして、その中央にどどんとそびえ立つ五段のチョコレート・フォンデュ・タワー!!

 

 

 

「すごい……!! これひとつで、ミルクにダーク、ホワイトにストロベリー、シャンパンショコラ。5種類のチョコフォンデュが楽しめるだなんて……!!」

 

 

 

顔突っ込んで飲み干したい!!

 

 

 

……今なら、やってもバレないかな?

 

 

 

「……ちょっとだけなら、い、いやいやいや! 一応、これはお仕事なんだし、ふざけちゃ駄目だよね。うん、まずは、シルバさんとのギブアンド・テイクをやりとげなきゃ」

 

 

 

というわけで、周囲の皆さまにバレないように、お皿を失敬。

 

 

 

「いやあ、ダンスが始まってくれてよかったよ。みんな、そっちを見てるから、沢山とってもバレないよね。どれにしようかな……」

 

 

 

とりあえず、御大はキルア以上に甘いモノがお好きである。

 

 

 

ビターなものは避けて、むしろ、ガッツリこってりしたチョコレートケーキを選んで間違いないだろう。

 

 

 

「よし! 手始めに、この見るからにずっしりとして濃厚そうなザッハトルテをワンホール頂いていくとしようか」

 

 

 

つやつやした、漆黒のホールケーキに手を伸ばして、ぷるんっと泡でコーティング。

 

 

 

そのまま、泡の表面を周囲の景色に擬態させる。

 

 

 

ケーキを包んだ泡と、私の身体を包んでいる泡とを、触手でつなげば持ち歩きも可能だ。

 

 

 

海中で魚を捕まえた時も、風船を持ち歩くみたいにして採取作業ができるから、とっても便利なんだよね。

 

 

 

さーて、ついでに、こっちの洋酒漬けの真っ赤なキルシュがたくさん乗った、フォレノワールも頂いていくとするか。

 

 

 

ついでについでに、こっちのオシャレな雰囲気のオペラと、とろっとろのチョコレートソースが溢れ出るフォンダン・オ・ショコラと、クリスマス以外だと出番が少ないけど美味しいブッシュ・ド・ノエルなんかも頂いていこうかな。

 

 

 

「よーし、大漁大漁! これっくらいあればシルバさんも喜んでくれるよね!」

 

 

 

経過時間、ニ分三十秒。

 

 

 

陸の上じゃ、私のオーラは働きづらい。もうそろそろ、隠れるのも限界だ。

 

 

 

撤収しまーす。

 

 

 

 

 

 

 

                      ***

 

 

 

 

 

 

 

 

計、八個ほどのホールケーキを、遊園地のキャラクターバルーンのようにプカプカさせながら、テラスに戻ってきた私。

 

 

 

シルバさんは、隅のカウチに腰掛けて緩く目を閉じていらっしゃった。

 

 

 

……私に気づいておられるんだろうか。

 

 

 

いや、でも、数歩近づいてもなんの反応もない。

 

 

 

……ふむ。

 

 

 

なんとなく、悪戯心が刺激された私は、姿を隠したままこっそりと御大の背後に回りこんでみた。

 

 

 

大きく息を吸い込んで、

 

 

 

いざ――

 

 

 

「只今戻りましわああああああっ!?」

 

 

 

ガッ、と引っ掴まれたのは首元から伸びるチョーカーの宝石飾りである。

 

 

 

容赦もへったくれもない力で引っ張られ、私の身体はシルバさんの肩を支点に一回転。

 

 

 

べしゃっと石の床に叩きつけられたところを、おみ足で踏んづけられた。

 

 

 

「早かったな」

 

 

 

「いい痛い痛い痛い痛いですってシルバさん!!」

 

 

 

グリグリ、背中に食い込ませてくる靴底を、ぬるんと滑らせ、立ち上がる。

 

 

 

「ああ、痛かった……全くもう……酷いじゃないですか! ほんのちょっとしたイタズラゴコロなのに」

 

 

 

「ふん。しょうもない動機で生ぬるい真似をするからだ。次は、首を取る覚悟で来い」

 

 

 

「行きませんよ、そんなの……わっ!」

 

 

 

再び、強引に引かれたチョーカーにつんのめった。

 

 

 

そういえば、最初にコレをつけられたときに、変わったデザインだなあと思いはしたんだけど……この形状ってなんか、首輪みたいじゃないか?

 

 

 

まさか――いや、しかし、シルバさんといえば、番犬ミケを筆頭に、自室にも三匹ものわんわんを飼育しておられる大のわんこ好きである。

 

 

 

ありえる、っていうか、それしか考えられない!

 

 

 

ぼすっと受け止められたのは、御大の腕の中。

 

 

 

そのお膝の上に、ちょこんと座らされた私。

 

 

 

……なにこの状況。

 

 

 

「シルバさん!?」

 

 

 

「獲物はどこだ」

 

 

 

真っ赤になる私に、シルバさんはチョーカーから伸びる宝石飾りをいじりながら、いたって冷静な視線を投げかけてくる。

 

 

 

こ、こういうところ、イルミにそっくりだ……!

 

 

 

ならばもう、どんな文句を並べたって無視されるだけだということも、充分に理解している私である。

 

 

 

重い溜息ひとつ、手元に泡のひとつを引き寄せて、念を解いた。

 

 

 

「はい。シルバさんの大好物の、ザッハトルテですよ」

 

 

 

ぽん、とまるで手品のように現れたチョコケーキに、シルバさんの青い双眸が、珍しく丸くなった。

 

 

 

「お前、ホールで持ってきたのか?」

 

 

 

「もっちろんですとも! あと、フォレ・ノワールにオペラにフォンダンショコラに――痛ったあああい!! な、ななななんですかいきなりチョップしないでくださいよ!」

 

 

 

「この馬鹿が。食い切れる量を持ってこい」

 

 

 

豪華なチョコケーキの数々を、次から次へと現して見せる私に、御大は深い溜息を落とすが、しかし。

 

 

 

「なに言ってるんですか。このくらいの量のチョコケーキが食べきれなくて、女子なんかやってられるわけないでしょう? 楽勝ですよ!」

 

 

 

「……」

 

 

 

訝しげな御大の視線をよそに、いっただっきまーすと銀のフォークをケーキに突き刺し、猛然と食べ始める私。

 

 

 

シルバさんは、そんな私の一口目を静かに見守り、二口目でちょっと目を見開いて、最後に残った三口目を、慌てて取り上げた。

 

 

 

 

「あっ! なにするんですか!」

 

 

 

 

「よく分かった。好きなだけ食え。だが、どの種類も俺の分をちゃんと残しておけ――それにしても、どこにどう入ったんだ」

 

 

 

「乙女の神秘というやつです。うーん、やっぱり、ここのケーキは美味しいですねー。濃厚で、でも、後味はスッキリしてて……あーっ!?」

 

 

 

「……?」

 

 

 

なんだ、と眉を潜める御大に、私は震える指で、ガラス窓の向こうをさした。

 

 

 

優雅にダンスを踊る人々の向こうに、白いコック帽を被ったコックさんの群れが。

 

 

 

デザート・ブースの一角で、彼等が作り始めたものは……!!

 

 

 

「プリン!! しかも、焼きたてのカスタードプリンがあんなに……!! うううわああああああああああ!! カラメルシロップのかわりに、チョコレートをかけるだなんて、なんて、なんて斬新な趣向か!!」

 

 

 

「無駄に目がいいな、お前は」

 

 

 

「こうしちゃおれません!! シルバさん、私、行ってきますからね!!」

 

 

 

「ああ……ポー、しかし、油断はするな。キキョウとカルトには充分――」

 

 

 

警戒しろ、とおっしゃる御大のお言葉は背後の闇の彼方、再び、“嘘つきな隠れ蓑”で姿を隠した私は、猛スピードでシャンデリアを綱渡り、デザート・ブースへ舞い戻った。

 

 

 

しかし、ここでひとつ困ったことが。

 

 

 

「配給制……!? セレブ集まるバレンタイン・パーティーでまさかの配給制だとう……!?」

 

 

 

繰り広げられていたのは、移動式のオーブンから取り出した、焼きたてのカスタードプリンをお皿に盛りつけ、そこへ、とろっとろのチョコレートソースをかけて、パーティー客に手渡しするという、出来たてほやほやを追求した素晴らしい趣向……!!

 

 

 

「ど、どうしよう……これじゃあ、渡される直前にしかチョコソースをかけてもらえない。さっきみたいにこっそり拝借していくわけにはいかないし……!」

 

 

 

プリンはどうにかなっても、ソースがないと、ソースが!!

 

 

 

し、仕方ない……。

 

 

 

「――よし。キキョウさんもカルトくんも、近くにはいないみたいだし、シャッと並んでピャっと貰ってくれば、問題ないよね」

 

 

 

それに、例え見つかっても、逃げ切れる自信はあるし。

 

 

 

「そうだよ、美味しい食べ物が絡んでいれば、怖いものなんてなにもないよ! そうと決まれば、こっそり姿を現して――っと」

 

 

 

チョコフォンデュ・タワーの影で、素早く念の泡を解除した私は、素知らぬ顔で焼きたてチョコプリンの列に加わった。

 

 

 

それにしても、長い列だこと。

 

 

 

どんなお金持ちでも、この焼けたカスタードとチョコレートの誘惑には勝てないらしい。

 

 

 

でも、パティシエさんが頑張ってくれているらしく、配給はスムーズだ。

 

 

 

ほどなくして、私の番。

 

 

 

まるでティラミスのような、巨大な焼きたてプリンを、スプーンで掬って取り分けてくれようとしたパティシエさんに、思わず、

 

 

 

「いっぱいよそってください!!」

 

 

 

「ぶ……っ!」

 

 

 

――あ、しまった。

 

 

 

取り分けてくれようとしたのが、あまりに上品な量だったんで、つい……は、恥ずかしい。

 

 

 

今、後ろに並んでた男の人に、思いっきり吹き出されちゃったし。

 

 

 

で、でも、パティシエさんはにっこり笑って、山盛りのプリンに滴るほどのチョコソースをかけて、手渡してくれたもんね!

 

 

 

言ったもん勝ちい!!

 

 

 

どんなもんだい、と振り向くと、腰を折って笑っていた後ろの男性は、人差し指で涙を拭いながら、顔を上げた。

 

 

 

「あはは……! あー、おかしかった。でも、いいね、それ」

 

 

 

「……っ!」

 

 

 

「俺もそれ、頼もうかな。「いっぱいよそってください!」」

 

 

 

――ク。

 

 

 

……いや。

 

 

 

……いやいやいやいや。

 

 

 

見間違いであろう。

 

 

 

うん。

 

 

 

そんな……ないよ、海月。

 

 

 

それはない。

 

 

 

そりゃあ、私はある日偶然、HUNTER世界に飛ばされてきたトリッパーですとも。

 

 

 

それまで、マンガやアニメの中にしか存在しなかったキャラクター達と、リアルに接触したり、会話したり、友だちになったり、こ、恋人になったり婚約者になったりして、その、色々してきた訳ですけど。

 

 

 

それにしたって、アナタ。

 

 

 

泣く子も窒息して黙る無双の盗賊集団、げ……ほにゃららの現団長、ク……クロ……なんたらさんが、実にスタイリッシュでスマートな黒の正装姿で、十字架模様のオシャレなバンダナなんかして、焼きプリンの列に並んでおられるだなんてそんな、そんな……。

 

 

 

「うわー。ほんとに、こんなにいっぱいよそってもらえるなんて、言ってみるもんだな。いい手を教えてくれて、ありがとう。君――」

 

 

 

「あるわけないじゃない!!」

 

 

 

「うわっ!?」

 

 

 

ぽん、と肩に置かれた手のひらを離されて、はっと気づけば。

 

 

 

大盛りのプリンを手に、黒目がちな双眸を真ん丸にした、ク……ク……あまり、考えたくない人物に、非常に似た男性が佇んでいた。

 

 

 

そう、ありえないくらいに酷似した、見知らぬ男性が。

 

 

 

「あ……っ! す、すみません。あ、あまりに似ておられたので、つい」

 

 

 

「び、びっくりした……。似てるって、俺が?」

 

 

 

「は、は、はい、あまりにも、その、そっくりで」

 

 

 

ごまかしついでに口に出した後で、しまったと思った。

 

 

 

余計な話題を作ったりするんじゃなかった……!

 

 

 

心に感じた悪い予感は、こういうときに限って現実になる。ク……なんたらさんそっくりな男性は、クスっと笑って、何気なく聞いてきた。

 

 

 

「ふーん。誰に似てるの?」

 

 

 

「……え、えーっと」

 

 

 

ええい、ままよ。

 

 

 

L'Arc〜en〜Cielっていうバンドの、ヴォーカリストさんに、そっくりだなって思って!!」

 

 

 

「ああ、それか」

 

 

 

誰それ、と、てっきり首を傾げられるかと予想していたのだけれど、意外なことにク……男性はあっさり認めてくださった。

 

 

 

「それ、よく言われるんだけど。俺、見たことないんだよね。そんなに似てるの?」 

 

 

 

「は、はい……そっくりです」

 

 

 

言われるのか!?

 

 

 

いるのか、ハイドさん!!

 

 

 

ま、まあ……HUNTER世界自体があの先生の頭のなかの世界だし、FFもドラクエもあることは既に調査済みだし、目の前にいる男性が、名前を言ってはいけないあの人と酷似している場合、当然ながら、そのキャラクターメイキングの際、モデルになったあのヴォーカリストとも似かよってしまうのは至極当然のことと言えよう。

 

 

 

ああ、紛らわしい。

 

 

 

――ってか、なにやってんすか!!

 

 

 

なにやってんすか、団長……っ!!!

 

 

 

こんなキラキラな場所でキラキラな格好して……まさか、それですか?

 

 

 

その手の中にある焼きたて焼きプリンを盗むために、わざわざこんな場所までお忍びで来たっていうんですか!?

 

 

 

なんて愛だ!!

 

 

 

どんだけヒマなんですか、幻影旅団!!

 

 

 

様々な思いと、漫画とアニメの蜘蛛編が走馬灯のように脳裏を駆け巡る中、男性は私をじっと見つめている。

 

 

 

凝は、されてないみたいだけど……なんなんだろう。

 

 

 

と、とにかく、この人が誰であれ、関わりあいにならないのが一番だ。

 

 

 

私は山盛りのプリンの乗ったお皿をしっかりと持ち直した。

 

 

 

「い、一瞬、本人かなーって、思っちゃいましたよーはははは……じゃ、そういうことで!」

 

 

 

「待って。ねえ、君。さっきから冷や汗かいてない? 顔色も良くないみたいだし、大丈夫?」

 

 

 

「だ、だだだ大丈夫ですよ! おき、お気になさらずっ!!」

 

 

 

あああまずい!!

 

 

 

今パクノダさんにでも触られたら、とんでもないことになるよ……!!

 

 

 

イルミと付き合っても、ゾル家で暮らしても、私、嘘ついたりごまかしたりするのって、大の苦手なんだもん!

 

 

 

これは、確実に怪しまれる――そう覚悟した時、幸か不幸か、男性の背後の人混みに、ちらっと、カルト君の後ろ姿が見えた。

 

 

 

そ、そうだ……!

 

 

 

「あの、初対面でこんなこというのもなんですけど、私、追われてるんです!」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「だ、だから、見つかる前に行かないと。し、失礼しますっ!」

 

 

 

これなら、嘘じゃないもんね。

 

 

 

山盛りのプリンをこぼさないように、さっと踵を返す――でも、

 

 

 

「待って」

 

 

 

「――っ、は、放して下さいっ!」

 

 

 

目にも止まらない速さで伸ばされた腕に、手首を掴まれていた。

 

 

 

まずい。

 

 

 

まずいまずいまずい~!!

 

 

 

万事休す、このまま無理矢理アジトに連れて行かれ、詰問女王パクノダさん&拷問王子フェイタンさんのコラボレーションによるめくるめく一夜をひと通り想像したところで、とある違和感に気がついた。

 

 

 

強引に掴まれたはずの手が、いつの間にやら、とても優しい仕草で握りしめられていたのだ。

 

 

 

「そんなことを聞いて、はい、さようならなんて、放っておけるわけないだろう」

 

 

 

「え……?」

 

 

 

「助けるよ。こうみえても俺、ハンターなんだ」

 

 

 

え。

 

 

 

えっ?

 

 

 

それって、つまり?

 

 

 

「た、た、助けるなんてそんな、だ、駄目ですよ!」

 

 

 

「どうして。困ってるんだろ?」

 

 

 

「こ、困るには困ってますけど、でも、そ、そう、お金がないですから!」

 

 

 

「え?」

 

 

 

きょとん、と私を見つめる……ええい、もういいや、クロロ・ルシルフル、その人である。

 

 

 

その目に映る自分の姿を見て、ああ、失敗したと思った。

 

 

 

そう言えば、今はこんなキラキラな格好してたんでした。

 

 

 

「こ、この服もその、私のじゃないですから……!」

 

 

 

「そうなんだ。よく似会ってるから、オーダーメイドだと思った。でも、いいよ。礼なんかいらない。たまの慈善事業も仕事のうちだからさ」

 

 

 

そんな蜘蛛のルールを今ここに持ちだして来られなくってもいいのに……!

 

 

 

盗賊団の団長らしからぬ優しいお言葉と、さあ、こっちに、なんて紳士的なエスコートに、怖いやら嬉しいやら、涙腺が緩んでしまう私……そんな私を、クロロ団長は新しいおもちゃを見つけた子供みたいな目で見つめてくる。

 

 

 

うわあ、どうせ暇つぶし程度だって思ってるんだろうなあ!

 

 

 

「やややっぱり駄目ですっ! 危険ですっ! 見ず知らずの方を巻き込むわけにはまいりませんのでっ!」

 

 

 

「見ず知らず、か……確かに、俺と君はさっき出会ったばかりだけど」

 

 

 

ピタリ、と脚を止めた団長は、くるっと私に向き直った。

 

 

 

「君とはなんだか、今夜初めて会ったとは思えなくってさ。放っておけないっていうか……だから、礼は気にしなくていいよ。俺が、君を助けてあげたいだけだから」

 

 

 

「え……」

 

 

 

「行こう、こっちだ」

 

 

 

……ごめん、クラピカ。

 

 

 

手を引かれ、人混みをかいくぐりながら、私は、ちょっとだけこの人のことを見なおしてしまった。

 

 

 

ネオン令嬢をたぶらかしたときの印象しかないから、この人が誰かに優しかったり、親切にするのは、それ相応の見返りがあるからだって、そう思い込んでいたけれど。

 

 

 

……そうとも、限らないんだな。

 

 

 

考えてみれば、クロロ団長は自分から蜘蛛の団長の地位を望んだわけじゃなく、多数決だったっていうし、あの荒くれ12人をまとめることの出来る人なんだから、人間的な魅力はあるに違いないんだよね。

 

 

 

極悪非道に目をつぶっちゃえば、オフの日の団長さんは、もしかすると、意外にいい人なのかも――

 

 

 

「あっ!」 

 

 

 

「ど、どうされました?」

 

 

 

「今、歩きながら俺も考えてたんだ。どうして、見ず知らずの君の事がこんなに放っておけないのかって。そしたら、分かったんだよ――それ」

 

 

 

「これ?」

 

 

 

ピッと指差されたのは、山盛りのプリンである。

 

 

 

団長は、イルミによく似た仕草で首を縦に振り、至極真面目な顔つきでのたまった。

 

 

 

「俺たちは、プリン仲間なんだ」

 

 

 

「……プリン仲間」

 

 

 

前言撤回。

 

 

 

やっぱり、変な人っ!!