シルバさんと一緒~ある年のゾル家のバレンタインデー!~その6

 

 

 

 

 

「はあ、はあ……っ!」

 

 

 

 

冷たい夜風を切って、花のない薔薇の垣根をいくつも越えて……ふいに、足元の地面が硬くなったと思ったら、白いタイル敷きの道を辿っていた。

 

 

 

 

道は、そのまま橋へと移り変わり、ホテル周囲を取り巻く湖の上にアーチを描く。

 

 

 

 

橋を渡り切ると、ギリシアの古代神殿のような柱のある、石造りの東屋へたどり着いた。

 

 

 

 

流石のキキョウさんも、ここまでは追って来るまい。

 

 

 

 

私は、それまで掴んでいたクロロ団長の腕を離した。

 

 

 

 

「こ、ここまでくれば、大丈夫でしょう……すみません、急に引っ張ったりして」

 

 

 

 

「いや。なかなかスリルがあって、楽しかったよ」

 

 

 

 

東屋の中には、大理石のベンチがひとつ。

 

 

 

 

笑いながら軽く腰掛け、クロロ団長は私を手招いた。

 

 

 

 

「どうぞ」

 

 

 

 

「え? えーっと……」

 

 

 

 

促されたのは、クロロ団長のすぐ隣りの場所なんだろうけど、一つのベンチを男女二人で座るっていうのも……しかもこのベンチ、やろうと思えば簡単に押し倒せてしまうくらいの幅もあることだし。

 

 

 

 

危険である。

 

 

 

 

直感でそう判断した私は、ブンブンと首を振った。

 

 

 

 

「わ、私はいいですよっ! その、つ、疲れてませんのでっ!!」

 

 

 

 

「そう? 意外だな。意外に――ガードが硬いんだ?」

 

 

 

 

その、妖しく低い囁きが、何故か、すぐ耳元で聞こえた気がした。

 

 

 

 

「……えっ!?」

 

 

 

 

……ち、違うっ!

 

 

 

 

気がしたんじゃなくて、ほ、ほんとに耳元で囁かれてる!?

 

 

 

 

なんで!?

 

 

 

 

わ、私、ベンチに近づいてもいないのに、い、今この瞬間にはクロロ団長のすぐ隣に座ってるって、な、なにこれ……っ!?

 

 

 

 

し、しかも、さり気なく腰に手まで回って、抱き寄せられてるしっ!!

 

 

 

 

もしかして、これ、アレか!?

 

 

 

 

蜘蛛編でクラピカにウボォーさんを殺されて、その疑惑がヒソカさんにかかったとき、ブチ切れたノブナガさんを、団長がなんらかの念能力で瞬間移動させた、あの力……!

 

 

 

 

「あれ、驚いてる?」

 

 

 

 

バクバクと、焦りと緊張で高鳴る心臓の音に、クロロ団長の声音が交じる。

 

 

 

 

笑っているのか、彼の耳朶を食むピアスの青い宝石が、チラチラと光った。

 

 

 

 

「怖がることはないよ、君に危害を加えるつもりは、俺にはないから」

 

 

 

 

「……放して下さい」

 

 

 

 

「いいよ」

 

 

 

 

クスっと笑って、クロロ団長は拍子抜けするほどあっさりと身を引いた。

 

 

 

 

耳に触れそうだった唇の熱も、離れていく。

 

 

 

 

び、びび、びっくりした……!

 

 

 

 

漫画でもアニメでも分かんなかったけど、どんな能力を使われたのか、リアルに体験しても全然わかんなかった……。

 

 

 

 

ああうっ! 絶さえ、絶さえしていなければっ!!

 

 

 

 

「え、君、泣いてるの? 参ったなー。泣かせるつもりはなかったんだ、すまなかった」

 

 

 

 

「だって……! だって、私、確かにそこに立ってたはずなのに、どうして……っ!」

 

 

 

 

「ちょっとしたコツがあってね。職業柄、素早さには自信があるっていうか……まあ、手品みたいなもんだよ」

 

 

 

 

胸元からハンカチを取り出して、怖いくらいに優しい仕草で私の涙を拭ってくれるクロロ団長に、私は、土壇場だったとはいえ、この人と一緒に逃げてしまったことを心底後悔した。

 

 

 

 

し、しまった……怖さレベルで言えば間違いなく、シルバさん<クロロ団長だったのに、あの瞬間、クロロ団長<キキョウさんになってしまったばっかりに……!!

 

 

 

 

持ってくる盾を間違えた!!

 

 

 

 

「だ、だから、そんなに泣かないでって……ふぅ、弱った。思えば、俺はこれまで泣いた女性というものの相手を、まともにしたことがなかったな」

 

 

 

 

うわあああんっ! 素が、素が出てるよう、団長! 

 

 

 

 

「思ったよりもやっかいだ。今度、シャルにでも対処法を聞いてみるか」との呟き声も、バッチリ聞こえてますけれども……!

 

 

 

 

恐怖と後悔にボロ泣きする私を、わりと根気強くなだめて下さるクロロ団長であるがしかし、彼はAB型、いつなんどき、その気が変わって幻影旅団な一面が顔をのぞかせるか、わかったもんじゃない。

 

 

 

 

でも――ゆるゆると頭を撫でてくれる仕草は、本当に、優しかったりするわけで。

 

 

 

 

……ううっ。

 

 

 

 

「ようやく落ち着いたね」

 

 

 

 

「……っく、は……い、す、すみま、せん……その、な、なんか、怖くて……」

 

 

 

 

「はは、ポーは勘もいいんだね」

 

 

 

 

「……っ」

 

 

 

 

「……怖がらないで。本当に、もう乱暴な真似はしないから――にしても、困ったな」

 

 

 

 

ドサ、とベンチに背を預け、団長はまるで空を仰ぎ見るような仕草で、右手の時計に目をやった。

 

 

 

 

「面白そうだから、仕事の合間にちょっとからかってやろうと思っただけだったのにな。正直言ってすごく気に入った。今すぐに、この場から持ち去りたいくらいに」

 

 

 

 

「え……!? も、持ち去るって」

 

 

 

 

「本気だよ。俺は、欲しいと思ったものは手に入れないと気がすまないタチでね」

 

 

 

 

まずい……!

 

 

 

 

「へ、へえー……さ、流石はハンターさんですねぇ……」

 

 

 

 

「ハンター? ああ、確か、会ったときにそう言ったっけ。ごめん、あれ、嘘なんだ。本職は盗賊」

 

 

 

 

「……っ!!」

 

 

 

 

にやっと、悪い笑みを口端に浮かべて、クロロ団長の指が私に向かって伸びてくる。

 

 

 

 

「美しい、と思う……手元に置いて、いつまでも眺めていたいくらいだ。飽いたら売り払う他の美術品とは、比べ物にならないくらいの価値がある」

 

 

 

 

「――っ!」

 

 

 

 

喉をくすぐられ、シャラ、と、そこから伸びるチョーカーの宝石飾りを、からかうように手繰られたとき。

 

 

 

 

シュッ! と、空を穿つ音。

 

 

 

 

同時に、鋭いものが鼻先をかすめていった。

 

 

 

 

「……全く。嫌なタイミングで邪魔をするな、お前は」

 

 

 

 

ふう、と溜息ひとつ、クロロ団長は、私に触れていた手をゆっくりと引いた。

 

 

 

 

その、右手の時計の文字盤に、亀裂が入っている。

 

 

 

 

それだけなら良かったのだが、蜘蛛の巣のような亀裂の中心に生えている金属製のエノキに、ピキッと、心臓が凍りついた。

 

 

 

 

イ……イイイイイイイイイイイイイイイイルイルイルイルイルイルッ!?

 

 

 

 

「イルミ」

 

 

 

 

庭園の闇を、真っ直ぐ見つめて団長は言う。

 

 

 

 

「今夜は、お前に依頼を出した覚えはないんだが、何の――!」

 

 

 

 

何の用だ、と続くはずだった言葉は、庭園の闇から放たれた無数のエノキによって遮られた。

 

 

 

 

今度は、明らかに命を狙っての攻撃と直感し、飛び退く団長――の、座っていた大理石製のベンチに、エノキは一本残らず、深々と突き刺さった。

 

 

 

 

流石のクロロ団長も、いきなりのこれには身の危険を感じたようで、

 

 

 

 

「な、なな、なんなんだ、イルミ! まさか、アレか? 俺を狙えって暗殺依頼でも受けたのか!?」

 

 

 

 

ちょっと狼狽えた声で、庭園に向かって怒鳴った――でも、その返答は、予想だにしない場所から返ってきた。

 

 

 

 

「そんなもの受けてたら、とっくに殺してるよ」

 

 

 

 

「――っ!?」

 

 

 

 

イルミ……! という叫びは、背後から伸びてきた形の良い手のひらに封じられる。

 

 

 

 

イルミだ……!!

 

 

 

 

本当に、いつの間にそこにいたのか。スラリとした長身を、漆黒の夜会服に包んだ暗殺者がベンチの後ろに立っていた。

 

 

 

 

腰に届くほど長い黒髪が、さらり、と私の肩に落ちてくる。

 

 

 

 

夜気を含んだその冷たさが……いや、彼の全身から染み出す極寒のオーラが、胸の内に込めておられるお怒りを、余すこと無く私に伝えてくる……っ!

 

 

 

 

ひ……っ!

 

 

 

 

ひえええええええ―――――っっ!!

 

 

 

 

「おい、イルミ。まさか……」

 

 

 

 

「この娘がターゲットなのかって、聞きたいの? 教える義理はないけど、違うよ。俺が依頼されてるのは、護衛だ。この娘の親に、この娘に危害を及ぼすものは、誰であろうと一人残らずぶっ殺せって、頼まれてる」

 

 

 

 

ウォン……、と、背中越しに、イルミを包んでいるオーラの高まりを感じた。

 

 

 

 

「だから、クロロ。お前も例外じゃないんだけど――俺と、戦る?」

 

 

 

 

くりっと、首をかしげたのか、新たに落ちてきた髪の束が、私の首筋をくすぐった。

 

 

 

 

夜風に混じって、薄い花の香りがする。

 

 

 

 

寒い2月の、しかもこんな夜更けに、花なんて咲いているわけがない……イルミがいつも使っている、シャンプーの香りだ。

 

 

 

 

イルミはいつも、暗殺の仕事を終えると、どんなに疲れていても、必ずシャワーを浴びて私に会いに来てくれる。

 

 

 

 

私だって血を浴びる仕事をしてるんだから、気にしないよって、言ったこともある。

 

 

 

 

でも、イルミは首を振って言ってくれた。

 

 

 

 

ほんの少しでも、私に余計な心配をかけたくないんだって。

 

 

 

 

今夜も、きっと、そうしてきてくれたんだ。

 

 

 

 

ゴトーさんを通じて、私がシルバさんからの依頼を受けたことを知ったイルミは、立て込んでた仕事を終わらせて――疲れてるに違いないのに、身支度を整えて、急いで駆けつけてくれたんだ。

 

 

 

 

イルミ……。

 

 

 

 

「なるほどな。事情は分かった。お前と戦り合うつもりは毛頭ない。手を離してやれ。護衛なら、警備対象は丁寧に扱うべきだ」

 

 

 

 

「……あのねー、盗賊業とはいえ、仕事をサボって女とイチャついてるお前に、どうこう言われたくないんだけど」

 

 

 

 

「ん?」

 

 

 

 

「盗むんだろ。あの広間にあった白鳥のレリーフ。さっき、お仲間が血眼になってお前のことを探してるのを見たよ」

 

 

 

 

とっとと行け、とばかりに、抑揚のない声で、淡々と告げるイルミ。

 

 

 

 

あちゃー、とクロロ団長は後ろ頭をひっかいた。

 

 

 

 

「ああ……そうか。正直、そっちはもう興味が失せてしまったからどうでもいいんだが

 

 

 

 

「クロロ」

 

 

 

 

「睨むな。分かった、邪魔も入ったことだし、今夜の所は大人しく退散してやろう」

 

 

 

 

大理石の支柱に片手を置いて、団長は額に巻いていたバンダナを解いた。

 

 

 

 

放られたそれを夜風が拾い、彼の黒髪を散らしていく。

 

 

 

 

去り際に、そうだ、と団長は私を振り向いた。

 

 

 

 

丁度、肩越しに浮かんだ丸い月が、その額の中心にある、十字の刺青を晒し出た。

 

 

 

 

「そういえば、まだちゃんと名乗っていなかった。俺は、幻影旅団、団長――クロロ・ルシルフルだ」

 

 

 

 

「――、げんえい、りょだん」

 

 

 

 

「覚えなくていい。クロロ、今すぐ去らないと本気で殺すよ……?」

 

 

 

 

「わかった、わかった。じゃあな、イルミ」

 

 

 

 

ヒラヒラ、軽く手を振りながら、今度こそ振り向きもせずに立ち去っていったクロロ団長――彼の背中が、庭園の闇に消えた瞬間。

 

 

 

 

そっと、肩に置かれた手のひらが、私の身体を石造りのベンチに叩きつけた。

 

 

 

 

ダンッ!!

 

 

 

 

「――っ、痛ぅ……っ!」

 

 

 

 

ちょっとイルミ、痛いじゃないの……と、いつもだったら言える文句が、このときばかりは、喉の奥で縮こまったまま、一言も絞りだすことができなかった。

 

 

 

 

見上げた、イルミの顔。

 

 

 

 

イルミの目があああ……!!

 

 

 

 

「……なに、してるの」

 

 

 

 

ゆらぁ……と、深淵の底から立ち上るような声で、彼は言う。

 

 

 

 

さっきまで静かに背後に立っていたイルミが、もはや、こんな顔をしているとは思いもよらなかった……!!

 

 

 

 

てっきり、「いつもの真顔+ピキッと青筋」くらいですんでいるものとばっかり……この顔は、アレだよ。

 

 

 

 

アルカちゃんを連れて逃亡中のキルアを、追い詰めたイルミがなんだかんだで去って行く時の、あの、死んだ魚のような目をしたアレ……!!

 

 

 

 

お、おおおおお怒ってる怒られてる!!

 

 

 

 

「不用意に親父からの依頼を受けたってだけでも腹が立ってるのに……こんな、人気のない場所で、よりにもよってクロロと二人きりで……」

 

 

 

 

「ご……ごめん、なさい……! キ、キキョウさんから逃げるのに必死で、考えなしに行動したことは、反省してます……! でもね、まさか、そんな、クロロさんが盗賊さんだなんて思いもよらなくて――」

 

 

 

 

「そう。海月は、あいつが実は悪い男だって気が付かなかったんだ?」

 

 

 

 

イルミはぱっくり開いた双眸のまま、くりっと首を傾げた。

 

 

 

 

だ、駄目だ……これは、本気で怒ってる。

 

 

 

 

気がついていたと答えても、いなかったと答えても、行き着く先は――

 

 

 

 

【イルミのお仕置き

 

 

 

 

「……っ!」

 

 

 

 

嫌だ……だって、せっかく会えたんだもん。

 

 

 

 

怖いのを堪えて、シルバさんと交渉して依頼を受けて、お腹すいたのも我慢して、キキョウさんやカルトくんに何時間も引きずり回されて――それは、全部、イルミのためだったのに。

 

 

 

 

イルミに会って、バレンタインをゆっくり過ごすためだったのに。

 

 

 

 

お仕置きなんて、嫌だ――

 

 

 

 

「……答えないんだ。はっきりと答えないってことは、やましいことがある証拠だね。海月って、妙に勘がいいときがあるから、あいつの正体にも薄々勘づいてたんじゃないの。その上で、こんな場所に二人で来たってことは――海月?」

 

 

 

 

「イルミ、私と、賭けをしてくれる?」

 

 

 

 

 

滲んだ涙を、震える手の甲でぬぐって、深く息を吸い込む。

 

 

 

 

今のイルミには、まともな説得なんて通じない。

 

 

 

 

ならば、もう、言葉には頼るまい。

 

 

 

 

実力で、示すんだ。

 

 

 

 

「賭け?」

 

 

 

 

「そう。今から私、本気で逃げるから、本気で追ってきて。一時間逃げ延びたら、今夜のことは全部許して」

 

 

 

 

証明するんだ。

 

 

 

 

イルミに、私の実力を証明する。

 

 

 

 

誰が相手だろうが、私が本気になったら、簡単に逃げられるってことを見せてやる……!!

 

 

 

 

胸を熱くする私に対して、イルミは眉一つ動かさない。

 

 

 

 

しばらくの間、まったくの無言だった。

 

 

 

 

ややあって、ふ、と、短く息を吐く。

 

 

 

 

それは、嘲笑に近い笑みだった。

 

 

 

 

「……本気? ていうか、俺のこと舐めてるの?

 

 

 

 

「そうじゃないよ。ただ、口で言ってもわからないだろうから、示したいだけ――誰が相手でも、私が本気になったら、逃げられるってことをね。だから、私を試して」

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

イルミは、またしばらく黙って、「いいよ」と頷いた。

 

 

 

 

「俺が勝ったら、どうする?」

 

 

 

 

「報酬に、シルバさんからもらったイルミのお休み五日間。その間、絶対にイルミに逆らわないって、誓ってあげる」

 

 

 

 

「誓うだけじゃ駄目だ。実行して。俺の言うことなんでも聞いて、俺だけの人形になって」

 

 

 

 

「いいよ」

 

 

 

仰向けに押し倒されたまま、にっこりわらって応えてやると、イルミはまぶたが裂けるほど見開いていた目を、僅かに眇めた。

 

 

 

 

「――本当に、舐めてるみたいだね、俺のこと。こんな体勢で、殺し屋の俺から逃げられるだなんて、本当に思ってるの? しかも、一時間も逃亡できるだなんて」

 

 

 

 

「出来るよ。練!」

 

 

 

 

今まで閉じきっていた精孔を、一気に開放する。

 

 

 

 

「――っ!?」

 

 

 

 

堰を切って、一気に溢れ出したオーラを、更に練り上げ、増幅させる。

 

 

 

 

“驚愕の泡(アンビリーバブル)”、発動……!!

 

 

 

 

「な……に……」

 

 

 

 

半径、五メートル強。巨大な守りの泡に弾かれ、押し出されて、イルミが後ずさる。

 

 

 

 

その隙に、私はベンチから勢いよく立ち上がった、そして――

 

 

 

 

「“嘘つきな隠れ蓑(ギミック・ミミック)”!!」

 

 

 

 

泡の表面を、周りの景色と同化……!

 

 

 

 

チッと、イルミの口から舌打ちが漏れた。

 

 

 

 

「……こんな至近距離にいるのに、姿をかくしたって意味ないよ

 

 

 

 

イルミのオーラが目に集まる。

 

 

 

 

凝だ。でも、イルミが凝を行う前に、私は泡を収縮させ、彼の背後を通過して、走り去っていた。

 

 

 

 

足音は、泡が吸収してくれる。

 

 

 

 

東屋を出て、すぐ脇にある薔薇の垣根を飛び越えた、その向こうは――

 

 

 

 

「湖だ――っ!」

 

 

 

 

「……っ、海月!」

 

 

 

 

トプン、と水面に飛び込む寸前、イルミが私を呼ぶ声が、聞こえた気がした。