シルバさんと一緒~ある年のゾル家のバレンタイン~ その5

 

 

 

 

「あははははっ!!」

 

 

 

 

「そ、そんなに笑わないで下さいよ~!」

 

 

 

 

こっちへ、と手を引かれるままについていってみれば、エスコートされた先はなんと、ついさっきまでシルバさんとチョコケーキを食べていたバルコニーだった。

 

 

 

 

しめた、目線で合図してシルバさんに助けてもらおうと思ったのだけれど……世の中、悪いことには悪いことが重なるようにできているようで、隅に置かれたカウチの上に人影はない。

 

 

 

 

食べ散らかしたはずのケーキ皿も忽然と消えている。

 

 

 

 

なんてタイミングのわるい御方か。

 

 

 

 

ああもう、絶対助かったと思ったのに……。

 

 

 

 

肩を落として落胆する私を、黒髪の美青年、クロロ団長は興味深そうな瞳で見つめ、「それで?」と訪ねてきたのだ。

 

 

 

 

「一体、誰に追われてるの?」

 

 

 

 

「……えーっと、」

 

 

 

 

迷ったけれど、嘘をついたところでつき通せるとは思えない。

 

 

 

 

ごまかした挙句、ボロを出して怪しまれるよりは、いっそありのままを白状してしまったほうが利口である。

 

 

 

 

大体、HUNTER世界にトリップしてきた身とはいえ、健全な海洋生物ハンターの道を歩んできた私には、陸の盗賊団である蜘蛛との接点は皆無。

 

 

 

 

クラピカと蜘蛛とのいざこざもまだだし、隠さなきゃいけないことなんてない。

 

 

 

 

だから、すっぱりと、「お姑さんと、その手先である息子さんです!」と、言ってやったのだ。

 

 

 

 

そして……冒頭に戻る。

 

 

 

 

「だってさあ……っ、あ、あんな深刻そうな顔して、一体どこのマフィアに追われてるんだろうと思ったら……っあはははは!!」

 

 

 

 

「笑い事じゃないんですぅ! 嫁にとって、姑さんってそれはもうおっそろしいものなんですから! パーティーに来て二時間ずーっと、挨拶回りばっかりですよ!? 周りには、あんなに美味しそうなお料理や、きらめくデザート達が雁首揃えてるっていうのに、一口も食べさせてもらえなかったんですよ!?」

 

 

 

 

「ごめんごめん、それは、確かに君にとっては災難だったよね。笑ったりして、悪かった……――っっくくくくっ!!」

 

 

 

 

「言ってる側から笑ってますけど!?」

 

 

 

 

蜘蛛の頭は笑い上戸なのだろうか。

 

 

 

 

こっちとしては真剣そのもののデッドヒートだったっていうのに。

 

 

 

 

でもまあ、おかげでいいものは見れたと思う。

 

 

 

 

思い返せば、この人が涙を流して爆笑してるところなんて、漫画でもアニメでも、一回もなかったからなー、ネオン令嬢とバーで占いしてるときも、猫かぶりっぱなしの作り笑いだったし。

 

 

 

 

……今も、そうかもしれないけど。

 

 

 

 

手に持ったプリンをぷるんぷるんさせながら、酸欠になりそうな勢いで笑い転げていた団長……と思わしき男性は、ややあって、二つに折り曲げていた身体を起こした。

 

 

 

 

「――名前」

 

 

 

 

「え?」

 

 

 

 

「君の名前、教えてくれない?」

 

 

 

 

十字架模様のバンダナの下で、黒い瞳が抱く光は、思いのほか優しげだ。

 

 

 

 

「名前……ですか」

 

 

 

 

ポーです、と私は応えた。

 

 

 

 

「ポー?」

 

 

 

 

「はいっ! そ、そうだ、あのっ、私も知りたいです! 貴方の名前……」

 

 

 

 

「俺?」

 

 

 

 

はいっ、と頷く私に、青年はためらいもせず、

 

 

 

 

「俺は、クロロ。クロロ・ルシルフルっていうんだ。よろしくね」

 

 

 

 

……はい。

 

 

 

 

決定でした。

 

 

 

 

いや、とっくに分かってたけどね。

 

 

 

 

「クロロさん……へえー、可愛い名前」

 

 

 

 

「仲間には、団長って呼ばれてるけどね」

 

 

 

 

「へえー、変わってますね……」

 

 

 

 

やっぱりそうなのか……。

 

 

 

 

ご無沙汰しております、クロロ団長。

 

 

 

 

新盤アニメの蜘蛛編以来ですね……今、こうして目の前にリアルに現れてくださった貴方が、旧盤ボイスのままであることに感謝が絶えません。

 

 

 

 

オールバック素肌にファーコートという、ハードロックなファッションでなかったことにも感謝が絶えません。

 

 

 

 

感謝、感謝、感謝の正拳突きです。

 

 

 

 

そして、わざわざファミリーネームをつけて言い直してくださってことは、こっちにもそれを促しておられるってことなんだろうけど。

 

 

 

 

それは、流石に言えません。

 

 

 

 

うん。

 

 

 

 

お茶を濁したくて、私はぱくっと山盛りのプリンを口に含んだ。

 

 

 

 

焼きたてのカスタードはまだ熱いくらいだ。

 

 

 

 

季節は2月、ヨークシンの気候はパドキア共和国と比べると温暖とはいえ、夜の屋外は流石に冷える。

 

 

 

 

湯気つ立つような熱々のデザートは、外気の辛さをふんわりと和らげてくれた。

 

 

 

 

「――っ! おいしいっ! 濃厚な卵と、バニラビーンズの上品な芳しさ、そしてなにより、絹ごし豆腐のごときカスタードの滑らかさが素晴らしい……! 意外です。プリンにチョコレートソースがコレほどまでに合うだなんて。後味に残るほろ苦さは、まさか、隠し味に焦がしカラメルが……?」

 

 

 

 

「ほう、この味が分るか――ゴホンッ! へ、へえー、このプリンの良さが分るだなんて、ポーには見どころがあるね。プリンは、好き?」

 

 

 

 

「好きですよ! 私、今までプリンはその濃厚さからガレット・デ・ロワの“ロイヤル・プディング”が一番だと思ってましたけど、このとろりとした舌触りは、決して、引けをとりません!!」

 

 

 

 

「そうだね……確かに、その点は俺も同意する。単純に、カスタードの濃厚さのみを評価すれば、このプリンは“ロイヤル・プディング”に及ばないこそすれ、口の中に含んだ際のクリーミーな味わい。そしてなにより、「プリンにチョコレートをかける」という、大胆な発想は、賞賛に値する。そうだな、例えれば、「プリン版あずきバー」とも言うべきか」

 

 

 

 

「あ! そ、それ、いい例えだと思いますっ!」

 

 

 

 

「ふっ……そうだろう?」

 

 

 

 

あはははっ! なーんて、ほがらかーに笑いながら、私は冷や汗が止まらなかった。

 

 

 

 

素が出てる……!!

 

 

 

 

言葉の端にチラチラッと、団長が出てますよ、団長!!

 

 

 

 

ていうか、そもそもどっちが素なんですか――っ!!

 

 

 

 

ややや、やっぱり怖いよう、助けてシルバさーん!!

 

 

 

 

……無料で。

 

 

 

 

バルコニーを取り巻く手すりに背を預け、クロロ団長はその手に持ったプリンの山から次々にスプーンですくっては、口に運び入れている。

 

 

 

蜘蛛であるときの残虐非道っぷりなんて、微塵も感じさせない幸せそうな表情に、警戒心が緩みそうになるけれど――

 

 

 

 

駄目だ!

 

 

 

 

いい加減、私も学習したんだから……こういうパターンでうっかり油断しちゃうと、隙をつかれて「俺でなきゃ見逃しちゃうね」的な恐ろしく速い手刀を打たれるに決まってるんだ。

 

 

 

 

それで、気絶してお持ち帰りされて、アブナイことをされるギリギリのところで助けに来てくれたイルミに散々なお仕置きを――見えた!!

 

 

 

 

今まさに、全てを見通した!!

 

 

 

 

【イルミのお仕置き】

 

 

 

 

それだけは……それだけはなんとか回避しなきゃ。

 

 

 

 

だって、そもそも、こんな場所に来たのはイルミとゆっくりまったりしたバレンタインデートをするためなんだもん!

 

 

 

 

そ、そのためには、なんとかしてこの状況を打開しなければなるまい。

 

 

 

 

う――ん―……月並みだけど。

 

 

 

 

「……ううっ!」

 

 

 

 

「そもそも、プリンに求めるべきは濃厚さなのか、あるいは――あれ? ど、どうしたの?」

 

 

 

 

「なんだか、急に目眩が……おかしいなあ、お酒なんか飲んでないのに……」

 

 

 

 

ふらり、と手すりに寄りかかった私を、クロロ団長は実にさり気なく、しかし、しっかりと腰に手を回して支えつつ、カウチへと誘った。

 

 

 

 

「ああ、それはきっと、このソースだよ。わりとブランデーが効いてたから……ちょっと、飲み物をもらってくるから、ここで休んでいて」

 

 

 

 

「ありがとう……ございます」

 

 

 

 

団長……貴方、実は女性相手だと結構ちょろいですね?

 

 

 

 

いやいや、それは、私が敵でもなんでもないからか。

 

 

 

 

何はともあれ、カウチに座らせた私の頬をするりと撫でて、優しげな微笑みと共にパーティー会場へと去っていくクロロ・ルシルフル26才である。

 

 

 

 

さて――

 

 

 

 

「やれやれ。それじゃ、今のうちに……」

 

 

 

 

「この男タラシが」

 

 

 

 

「ふおわあああああああああああああっ!? シ、シシシシシシルバさん!? いっ、いつの間にっていうか、いつからそこにおられたんですかっ!?」

 

 

 

 

カウチの隣に、渋い顔で腕を組んで、険しい視線で私を睨みつけておられるのは、まごうことなきシルバ・ゾルディック(若作りストレート)である。

 

 

 

 

喋るまで気配、一切なし。

 

 

 

 

もし、私がターゲットだったら今頃――冷や汗を吹き出しつつ、じりっと遠ざかろうとしたそのとき、シルバさんの手が、私の首から伸びる宝石飾りを掴んだ。

 

 

 

 

グイッ!!

 

 

 

 

「――っかは! く、苦し……、な、なにするん、ですか、シ、ルバさん……っ」

 

 

 

 

「誰の許可を得て触れさせた」

 

 

 

 

「……っ? な、なんの話……っい、痛……、ひ、引っ張らないで、くださ……」

 

 

 

 

乱暴に引かれるチョーカーに、体勢がついていかなかった。

 

 

 

 

バランスを崩して、カウチから転がり落ちてもなお、シルバさんは鎖を引く手を緩めない。

 

 

 

 

鎖……そうだ、これはやっぱり、この人にとっては「鎖」なのだ。

 

 

 

 

右手で鎖を引いたまま、左の手のひらが、私の頬をゆるりと撫でていく。

 

 

 

 

「あ……」

 

 

 

 

「お前は誰のものだ」

 

 

 

 

「……少なくともシルバさんのじゃないと思痛いっ!」

 

 

 

 

「俺のものでないとしても、イルミのものであることには違いない。イルミは俺の息子。お前はその息子の嫁だ……ならば、俺にとっては娘も同じだ。娘のお前が、どこの馬の骨ともしれん男に馴れ馴れしく肌を触られて平気でいることに、腹が立たねぇはずがないだろう……泣くな、うっとうしい」

 

 

 

 

「だって……だって、さっきはシルバさん、私の事、他人だって」

 

 

 

 

「……言葉のあやだ」

 

 

 

 

「シルバさん~!!」

 

 

 

 

わあん、とそのたくましいお御足に泣きつくと、 御大は苦虫を噛み潰したような仏頂面のまま、私のほっぺをキリリとつねり上げた。

 

 

 

 

「ひははははっ、ひはひっ! ひはひへふひふははんっ!!」

 

 

 

 

「二度と、見知らぬ男の前で隙を作るな。いいか、これは親父としての命令だ」

 

 

 

 

「……はひ」

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

……色んな意味で、泣けてきた。

 

 

 

 

つままれたほっぺたの痛みは勿論あったけれど、それよりも、シルバさんが父親として、きちんと私を叱ってくれたことが、嬉しくてたまらなかった。

 

 

 

 

お父さんに叱られたことなんて、生まれて初めてだ――

 

 

 

 

ほっぺを摘まれたまま、ぐしぐしと泣きじゃくる私を、シルバさんはしばらく睨んだ後、ふっと頬を和らげて、指を放してくれようとした。

 

 

 

 

でも、そのときだ。

 

 

 

 

カシャーン!

 

 

 

 

「――っ!?」

 

 

 

 

硝子の割れる鋭い音に、驚いて振り向くと……ああ、まずい。

 

 

 

 

 

割れた硝子を踏みしめて、一人の男性が立っている――きっと、あの硝子は、私のために持ってきてくれた飲み物のグラスだろう。

 

 

 

 

「ク、クロロ……さん」

 

 

 

 

夜風に髪をなぶられるままに、一歩一歩、彼は近づいてくる。

 

 

 

 

表情は穏やかだが、纏う雰囲気が、先ほどとは全く違う。

 

 

 

 

冷たく、静かで、得体のしれない恐ろしさを秘めたオーラ。

 

 

 

 

それは、さっきまでの茶目っ気のある好青年と同一人物のものとは、とても思えない。

 

 

 

 

距離、5メートルほどの位置まできて、彼は足を止めた。

 

 

 

 

にやり、とふいに、口の端を吊り上げて笑う。

 

 

 

 

「――なるほど? まだ何かを隠しているなと思ってはいたが、こういうことか。ポー、君を付け狙っている本当の敵は、その男なんだね」

 

 

 

 

「はい!?」

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

は、肌がチリチリする……! 

 

 

 

 

クロロ団長の威圧に対して、シルバさんは無言のまま立ち上がった。

 

 

 

 

その御身から、ゆらりと湧き上がるオーラに、冷や汗が噴き出す。

 

 

 

 

「……っ!」

 

 

 

 

わ、わけがわからない。

 

 

 

 

一体、なんなんだ、この展開は……なんでこの二人の間に、一触即発の険悪な空気が漂ってるの?

 

 

 

 

――っていうか、今の団長の言葉……私を狙っていた本当の敵がシルバさんって。

 

 

 

 

……つまり。

 

 

 

 

「え……ええっ!? ち、ちちち違いますよ、クロロさんっ! 追われてるとは言いましたけど、その相手は本当にお義母さんなんですっ! それで、その、こ、この人は私の――あうっ!」

 

 

 

 

お義父さんですうっ! と続くはずだった言葉はしかし、乱暴に引かれた鎖によって遮られてしまう。

 

 

 

 

それを見たクロロ団長の双眸が、バンダナの下ですうっと細まった。

 

 

 

 

「……放せ、と言っているんだが?」

 

 

 

 

「断る。こいつをどうしようが、俺の勝手だ。ガキはすっこんでろ」

 

 

 

 

ふおわあああああああああっ!!

 

 

 

 

怖いっ、怖いようっ!!

 

 

 

 

方や、殺意満載、こちらを焼き殺さん勢いで、高密で練られたオーラを業火のごとく放出するクロロ団長。

 

 

 

 

対するシルバさんの精孔からは、触れるもの全てを凍てつかせる暗殺者オーラがひたひたと……!

 

 

 

 

駄目だっ!

 

 

 

 

このままでは、NGKホテル主催、豪華絢爛なバレンタインパーティーの片隅で、ゾルディックVSクロロ戦が、ゼノさん抜きでおっぱじまってしまうではないか。

 

 

 

 

……見たい気もするけど。

 

 

 

 

い、いやいやいやいや!! 

 

 

 

 

ダメだよ、そんな、蜘蛛編が始まる前からこの二人が一線交えてしまったら、物語の山場がなくなっちゃうじゃないか!

 

 

 

 

ショートケーキの上のいちごは、最後に取っておかなくちゃ。

 

 

 

 

そのへんは、私、ヒソカさんと同じ主義なんです。

 

 

 

 

うん。

 

 

 

 

なんてことを呑気に考えてる間に、クロロ団長が動いた……! 

 

 

 

 

一部の隙もない仕草で、右手が抜き放ったものは、一振りのナイフだ。

 

 

 

 

魚の骨格にも似たその異様な形の刃先が、闇の中でテラリと光る。

 

 

 

 

――あれはっ!!

 

 

 

 

冷や汗を噴き出す私の横で、シルバさんの口端が僅かに上がった。

 

 

 

 

「ふっ……生意気だが、なかなかいいナイフだな。デザインから見て、ベンズの中期型。あの形状……毒か」

 

 

 

 

「……っ!?」

 

 

 

 

駄あ目ええええええええええええええええええええええええ――っ!!!

 

 

 

 

ダメです……ダメなんですシルバさんっ!! 

 

 

 

 

その台詞は、蜘蛛編が始まってウボォーさんがクラピカに殺されて、レクイエムを奏で終わった団長をゼノさんと一緒に100メートルの円でもって地下に追い詰めるときまで大事にとっておかないと――っ!!

 

 

 

 

ぎゃああああ、と声にならない悲鳴を上げる私に、シルバさんは視線も向けずに言い捨てた。

 

 

 

 

「絶だ。余計な真似はするな。大人しく下がっていろ」

 

 

 

 

「そ、そう言われましてもですね……っ!」

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

ひいっ!

 

 

 

 

わ、わかりましたようっ、だから、そんな怖い目で睨まないで下さいよ怖いなあもう……っ!

 

 

 

 

でも――このまま黙って見守っているわけにはいかないじゃないか。

 

 

 

 

思えば、この二人、過去に一度戦ったことがあるんですよ。

 

 

 

 

もちろん、私的な諍いではなく、シルバさんにとってはお仕事だったんだけど。そのとき、旅団の団員を殺ってるんだって、キルアが言ってたもんね。

 

 

 

 

今の段階では、両者ともにお互いが誰であるかは分かってないみたいだけど、そこはそれ、HUNTER世界では一、二を争うほどの勘のいいお二方。

 

 

 

 

そんなもの、手合わせした瞬間に気がつくに決まってる。

 

 

 

 

シルバさんはまだしも、団長はどう思うだろう。昔のこととはいえ、仲間を一人殺されてるんだ、その敵がシルバさんだって気づいたら……。

 

 

 

 

た、ただじゃ済まない気がするっ!

 

 

 

 

どうする私、選択肢は二つ。この戦いを止めるか止めないか。

 

 

 

 

止めるとしたら、一体、どうやって――こうなったら、いちかばちか。どっかのアニメのヒロインよろしく、初撃をぶつけあう寸前の二人の間に飛び込んでみるか?

 

 

 

 

“やめて! 私のために争わないで下さい……!!”

 

 

 

 

――駄目だ。今、脳内の私が一瞬で串刺しにされた。

 

 

 

 

ううっ! 万事休す……諦めかけた、そのときだ。

 

 

 

 

視界の端、パーティー会場に面した大窓の向こうに、深紅に瞬く光が見えた!

 

 

 

 

こ、これだあ――っ!!

 

 

 

 

「――っ、ポー」

 

 

 

 

チョーカーから伸びる鎖を引こうとしたシルバさんの手をヌルンとすべらせ、私は最後の間合いを詰めようとしていたクロロ団長に向かって走った。

 

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

 

団長にとっても、私のとった行動は予想外だったのだろう。

 

 

 

 

丸くなった双眸、彼はとっさに、両腕を広げて私を迎え入れるがしかし――

 

 

 

 

そんな彼を、華麗にスルー!!

 

 

 

 

肺いっぱいに空気を吸い込み、丁度、彼の真横にある大窓を、バアンと開け放った。

 

 

 

 

「キキョウさああああああああああああ―――――んっ!!」

 

 

 

 

「……っ!!」

 

 

 

 

途端、それまで背後にあったシルバさんの気配が、微塵もなくなった。

 

 

 

 

……見事だ。

 

 

 

 

殺気もほんの一瞬で消し、僅かな余韻すら残さない――なんて、やってる場合じゃないか。

 

 

 

 

うわああああああああっ! 当たり前だけど見つかった!!

 

 

 

 

深紅のライトをギラリと光らせ、あの方がこっちにつっこんでくるううううううううっ!!

 

 

 

 

「ポ―――――――――――――――ッッ!! どこに逃げたのかと思ったら、そんなところでコソコソ隠れているなんてっ!! 今すぐ戻ってらっしゃい、まだ挨拶回りは半分も終わっていなくてよ!!」

 

 

 

 

「あ……あれが、君のお義母さん?」

 

 

 

 

人混みをかき分け、猛然とこちらへ突っ込んで来られる金色のフリフリをクイ、と指差し、くり、と首を傾げるクロロ団長の腕をガッシリ掴み、

 

 

 

 

「そうですよっ! そんでもって、捕まる前にとっととズラかりますよ!!」

 

 

 

 

バルコニーの手すりを飛び越え、その向こうに広がる庭園目指して、走る走る!

 

 

 

 

な、なんだもう、この展開……!!