「ダメっす!!ダメったら絶対にダメっす――――っっ!!!」
「放してよ。服が伸びちゃう」
それにしても煩いなー。
昨日聞いた師匠の怒鳴り声もバカでかかったけど、弟子のこいつもたいがいだ。
おまけに、挙げ句の果てにはひとの脚にまでしがみついて泣きついて鬱陶しい。
こいつ、確か歳は10才のはずだろ。
10才のときのキルなら、眼光と殺気だけで他人の思考や動きを止めたりすることなんて、訳なかったよ?
ああ……キル。
お前はやっぱり天才だね。
こんな、お前よりほんの二年ばかし早く念を修得しただけの子供より、お前の方がよっぽど――
「イルミさんに師匠を殺させるくらいなら、自分がやるっす!!」
「!」
「弟子を正すのが師匠の役目なら、師匠を正すのは弟子の役目っす!!ポーさんへの無体は、刺し違えても止めてみせるっす!!だから、イルミさんは手を出さなくていいっす!!分かったっすね!?」
「……」
なんだ。
今のセリフ。
妙に懐かしい。
その時だ。
キッと顔を上げ、泣き腫らした目で俺を睨みつけるズシの顔に、幼い頃のキルの姿が重なって見えた。
『兄貴に、これ以上人を殺させるくらいなら、俺が殺る!!だから、兄貴はもう――』
……キル。
「……」
「……イ、イルミさん?」
「……」
「イルミさん?どうしたっすか、急に固まって……」
ガシッ!
「ぎゃあ!!なんっすか!?なんっすか!!?いきなり頭つかまないで下さいっす!!……はっ!まさかこのまま握り潰――」
くりくり。
しゃがんで、イガグリ頭を撫でてやる。
短くて固い毛だ。
チクチクしてるし。
全く、キルとは大違いだね。
「しないよー。俺は仕事以外で殺しはしないからね。だから、もしもの場合は、俺のかわりに君がしっかり師匠をヤるんだよ?」
くりっ。
すると、それまでぽかんとしていたズシの顔が、みるみる青くなった。
「……や、やられたっす。イルミさんが操作系の念能力者だってこと、すっかり忘れてたっす……!!」
「はは、君も操作系だろ。操作系が操作系に言動を操作されるだなんて、致命的なミスだよね」
「うお~~!!くやしいっす!!」
ガチャ。
「おや。なんだ、ズシ。イルミさんとすっかり仲良しですね」
「師匠!!自分は、自分は、操作系念能力者として致命的なミスをおかしてしまったっす~~!!」
「ははは、大丈夫ですよ。ズシはまだ、系統別の修業の入口にも立っていません。それで致命的なミスだなんて、おこがましいですよ?」
「言うね」
ある意味、俺より毒舌。
ガーン、とショックを受けて固まってしまったズシの頭をよしよしと撫でたあと、ウィングは俺に向き直った。
「本日はこれにて終了です。明日から、本格的な念の修業に入りますから、今日と同じ時刻に、ポーさんとここへ来て下さい。まずは、基礎的なことの見直しから行います。目安は一週間」
「わかった。明日からは俺も参加するから、追い出さないでよね」
「それはお約束できませんね。今日のように修業の邪魔になるなら、退室をお願いすることもあるかもしれません」
「……」
「殺気を放つだけ無駄ですよ。ダメなものはダメです」
「……食えないね、君。まあいいや。ところで、ポーは」
ガチャ。
「イルミぃ~~!!」
「ポー。どうしたの?」
ようやく姿を表した彼女は……泣いていた。
ギギギ、と、メガネ野郎を睨みつける。
「俺の奥さん泣かしたね?」