8 またまた再会、あの人たち……?

 

 

 

 

 

食事を終え、都内を一巡り観光しおえた私とイルミ。



闘技場に戻り、さっそく100階クラスの個室に向かおうとしたのだけれど、そのとき、なにげなく通りかかった20階の対戦リストボードに度肝を抜かれたのであった。



「な、な、なんでランさんがいるの……!?50階まで上がったんじゃなかったの!?」



「……鬱陶しいやつらだな。ポー、こいつもだよ。覚えてる?シロガネって男。ポーがランと戦ってるとき、隣のリングで戦ってた奴だ。銀のお下げ髪の」



「あ、うん。覚えてる……!えっ?あの人も20階だったの?」



「ううん。たしか、判定では200階だった。登録を断って降りてきたのか……あるいは、自分から指定したのか。どっちにしても狙いはポーだよ。こいつら二人、ダブルスで登録してるから」



「な、なななななんで私!!?はっ!?そう言えばランさん、暗殺業の人だって言ってた!まさか、私がターゲットなんじゃ!?」



「それ本当?俺んちの人間に手を出そうだなんて、いい度胸してるねー。そうだ、いっそのこと、依頼人も雇われた殺し屋も、まとめて俺が――」



「い、いいよ、いいよ、そんなことしなくても!!」



「どうして。安くしとくよ?」



お金とるのか!?



いや、まあ……それは当然か。



うむう……。



「と、とりあえず、まだ決まったわけじゃないんだし、様子を見ようよ」



「ダメ。ポーは殺し屋を甘く見てるよ?様子見なんてしてるうちに、ザックリやられちゃったらどうするの」



「でもさ、もしも、私がランさんのターゲットなら、今日の試合のときにはもう殺されちゃってたじゃない!」



「……」



「ねっ!だから違うよ!言い出しっぺでなんだけど、私はターゲットじゃない。でしょ?」



「……」



はあ~。



対戦リストパネルに片腕をつき、無表情にため息を漏らすイルミ。



「ほんとにポーは賢いんだかそうじゃないんだか……」



「え、だってだって、私だったらきっとそうすると思うもん」



くりっと首を傾げたときだ。



いきなりイルミに、強い力で腕を引かれた。



気がついたときには、イルミの背中が目の前にあって、おもいっきり鼻っ柱をガーンと。



「痛い……」



「ポー、黙って」



な、なんなのいきなり。



ひょい、とイルミの向こう側を覗きこんでみると……うわわわわ!!



噂をすればなんとやらだ!!



「ごきげんよう」



黒い帽子、黒いゴシックドレス。



薔薇の透かし模様の入った黒檀の扇子を優雅に広げたランさんが立っている。



そして、その隣には……。



「あ、さっきの!」



試合中、堅と流のお手本を見せて頂いた(というか、私が勝手に盗み見ただけなんだけど)、銀の三つ編みの男の人、シロガネさんの姿が。



こうしてみると、歳も背丈も、イルミとそう変わらない。



後ろ髪を結っているから、正面からだとオールバックに見えて一層ワイルド!



それに、大きく胸元を開いたジャケットとジーンズの間に見え隠れする……胸筋がっ、腹筋がっ!!!



「きゃ~……近くで見るとますますカッコいいな……」



「ポー。今、なにか言った……?」



「ううん!なんでもないです!!」



ぶんぶんと首を傾げる振る私を、シロガネさんは薄いブルーの瞳でじっと見つめ、にっこり笑いかけてくれたではないか!



それなのに。



「――っ!!」



ゾクッ!!



全身に走った悪寒と緊張に、イルミの服をしわになるほどきつく握りしめた。



怖い……この人、怖い!!



「……ラン、だっけ。単刀直入に聞くけどさー、君たち、なんでこの子をつけ狙うのかな。殺したいの?」



「いいえ。あえて言うなら、品定め、と言ったところですわ」



「……意味が分からないね。興味本位ってだけなら、やめてくれないかな。目障りだよ?」



イルミが後ろ手に針を構える。



ランさんは真っ黒な目を冷たく光らせ、パチンと扇子を綴じた。



うう、緊迫した雰囲気……。



――あれ?



「あの……ランさんって鞭を使う方なんですか?」



「何故?」



「右腕の包帯の下、鞭痕がちょっと見えたので」



「……」



私の問いに、ランさんは無言だった。無言で扇子を胸元にしまい入れると、かわりに引き抜いたものは――



「ポー、下がれ!」



「うひゃああああっ!!?」



ぐい、と首根っこをひっつかみ、イルミは一蹴りで充分な間合いをとる。



ズパ―――ンッッ!!



直後に響く爆発音。



もうもうと舞う粉塵。



逃げ惑う人々……い、一体何が起こったっていうの!?



「な、なになに?爆弾!?」



「違うよ。鞭で床を打っただけ。ほら」



「げっ!?」



見ると、さっきまで私とイルミのいた場所に大穴が空いている。



徐々に晴れた土煙の向こう、高笑いするランさんと、ちょっと迷惑そうな顔をしたシロガネさんがこちらを見据えていて……う、うわあああ。



「鞭は、わたくしの数ある獲物の中でも、最も愛する武器ですわ。今のは軽く振るっただけ……大した威力ではなくってよ?」



「傍迷惑。自分の振るった鞭で怪我したの?確かに、大した使い手じゃないよね。ポー、行こうか。関わり合いにならないほうが良さそうだ」



「……」



「ポー?」



ぐい、と腕を引かれてもその場を動こうとしない私に、イルミは怪訝な顔をする。



「ポーってば、どうしたの?」



「イルミ、ごめん」



「え?」



「私、あの人と戦いたい。鞭の使える200階で!!」



「……ポー」



キラッキラした目でランさんを見つめる私に、イルミは頭を抱える。



うん、ごめん。



自分がバカだってことは、私が一番分かってる!!



クックックッ、と、楽しそうな声。



気がつくとさっきまでランさんの側にいたシロガネさんが、目の前で笑っていた。



い、いつの間に。



「なかなかに目が高いな。鞭技でランの隣に並べるものはそういねぇぞ」



「……」



イルミのオーラがぐっと濃さを増したのが分かった。



イルミ、この人のこと物凄く警戒してる。



ヒソカに対してだって、こんなにピリピリしたこと今までなかったのに。



全身で威嚇をするイルミに向かって、シロガネさんはひょいと肩をすくめ、どこか飄々とした態度で言った。



「お前が悪名高いゾルディック家の長男か。どうやら、幻の暗殺一家も名ばかりのようだ」



「……」



「不満か?見た目で実力をはかれないほど甘ちゃんでもないんだろう?」



「……あんたの強さは認めるよ。でも、そんなの俺たちにとっては関係ないんだよね。戦う前に殺すから」



は、ははは……。



イルミ怖あい。



ああ、でもそんなことより……。



「ランさん!私に合わせて、わざわざ20階まで降りてもらったところで悪いんですけど、よかったら先に200階に行っててもらえませんか?私、鞭ありのランさんと戦いたいんです!!」



「身の程知らずも甚だしいですわね!ですが、まあよいでしょう。ただし、決戦の場は200階ではなく、100階。わたくしとシロガネは、しばらく100階クラスに留まりますわ」



「100階?」



「……どうやら、新設されたダブルスのルールをよく分かっていないようね。ダブルス同士が試合をする場合。または、シングルスの選手がダブルスの選手と戦う場合、シングルスの選手のみに。200階以下でも武器の使用が認められているんですのよ。そんなことすら知らないなんて……本当に出来の悪いこと!!」



「す、すみません……」



ひゃあああ、言い方がほんっとキキョウさんにそっくり……声は全然違うのにな。



スコーンッ!!



「いたい!なんだかちょっと懐かしい痛さ!!」



「そう?ならもっとセンチメンタルに浸らせてあげようか。なに俺に断りもなく戦う約束してるわけ?ポーは俺とダブルス登録してるんだよ?ポーが戦うってことは、俺も戦わなきゃいけないってこと、ちゃんと分かってるの?」



「ひ、ひはいひたい!!ほ、ほっぺたひっはらはいへっ!!」



ぱっちん。



摘まんでいた指を放し、イルミは心底鬱陶しそうな表情で、シロガネさんに向き直る。



「とは言っても、ポーはバカだから、ここで俺が嫌だって言ったらきっと」



「シングルスで登録し直す!」



「……だろうね。それをさせないためには、俺も戦わなきゃいけないわけだ」



「気が乗らねぇか?」



「俺、基本的に戦うのって嫌いなんだよねー」



「そうか。なら、やる気になる手伝いをしてやろう」



シロガネさんの唇の端がつり上がる。



それを見つめていたはずなのに……!!



「な……!?」



「ポー!!」



なんで……?



「――っ!」



なんで、いつの間に抱き寄せられてるの、私―――っ!!!



しっ、しかも、腰に手まで回されてる…………し?




「へ?」



「……いい子にしていろ」



瞬きをするほどの間だった。


シロガネさんの、柔らかいシルバーブロンドの髪の毛に鼻先をくすぐられた。


同時に、首筋に違和感。



ランさんの絶叫と、イルミが今までに聞いたこともない声で私を呼ぶのと――訳がわからない。



私、私……今。



この人に、なに、されてるの――?