「いきなり試合ってどーいうことですかーーー!!!」
「ポー選手、前へ!!これ以上時間をかけるつもりなら、試合放棄とみなしますよっ!?」
ズリズリズリ。
こともあろうに審判のお兄さんに引きづられつつリングインする私を、かの眼鏡兄さんは爽やかな笑顔で見下ろしておられます。
「いやーーーーーーーっ!!!」
「ポーさん。貴女は実践で、且つ、極めて短期的に成長するタイプです。しかも、その成長期は今――基礎の見直しは、今日の午前中で全て行いました。あとは、貴女の置かれた状況に応じ、応用を効かせていく必要があります。難しいことを考える必要はありません。ただ、ひたすらに身を守る。身を守るために、生きるために捕食する。それだけでよろしい」
さあ、と真っ直ぐ人差し指をリングに向け、
「行きなさい」
くおおおおおおおおおおお!!!!
ウィングさんの爽やか鬼畜青年系!!!!
「ポーさん!頑張って下さいっす!ファイトっす!!」
「負けたら、お仕置きだからね」
うるさいギャラリー!!!
その手に持ったポップコーンとフランクフルトを寄越せ!!!
うううう……ま、まさか本当に基礎の見直しのあとすぐに天空闘技場にしょっぴかれるとは思ってなかったあああ!!!
しかも、イルミが、「20階から登るなんてタルいよねー。ランにさえ当たらなかったら、ポーはもっと上の階まで行けたはずだよ?どうせならもう登録しなおしちゃおうよ」とか言うから……。
「結局、最初っから出直しになっちゃったじゃないの……しかも、イルミはまたいきなり100階に上がっちゃうしさ」
「ポー選手!!!」
「わ、わかりましたよ!行けばいいんでしょー、行けば!!」
ええっと、相手は……うわあ。
ヒソカさんばりにムッキムキなお兄さんじゃないか。
しかも、私が女だってことを、いかにも馬鹿にしているような目つきだ。
こういう目は、ヒソカさんはしないんだよね。あの人は、自分に向かってくる人間は、どんなに弱くても真っ直ぐに見てくれる。
でもこの人は違うな。
それにしても、左の胸筋にピンクのハート、右に天使っていうのはどうなんだろう。
あんまり、美味しそうな人じゃないなあ。
そんなことを考えているうちに、審判さんの手が上がってしまった!
「始めッ!!」
「ウオオオオオオオオオオオッ!!!」
地面を蹴って、上半身裸のお兄さんは一直線に私に向かってくる。
私は動かなかった。
動かないまま、目をとじる。
纏――。
「……ただ、守るだけ。それだけでいい」
「なにをブツブツと――、っ!?」
ごめんなさい、お兄さん。
貴方はきっと、食べても美味しくない……。
「“驚愕の泡(アンビリーバブル)”!!」
突っ込んできたお兄さんが、念の泡に触れた部分にオーラを集中。
受けた圧力をそのまま跳ね返す。
そう、天空闘技場で、ゴンのやった戦法だ!!
「ギャ―――――――ッ!!!!」
ドカーン!!!!
「よっしゃあ!!うまくいった!!」
いやしかし、周りのみなさんには何が起こったのか分からない。
盛大にリングアウトして壁にめり込んだマッチョばお兄さんを、ポカーンとした顔で見つめていた審判さんが、はっと我に返った。
「ポ、ポー選手、勝利――っ!!!」
わあああああああああああ!!!!
湧き上がる歓声に背中を押されつつ凱旋すると、客席から駆け下りてきたズシが満面の笑顔で出迎えてくれた。
「やったっす、ポーさん!!!守りの泡、前に試合した時も見たっすけど、あの時とは比べ物にならないくらいにパワーアップしてるっす!!」
「で、何階まで行けた?」
背後に気配。首を捻って見あげれば、くりっと、首をかしげているイルミの姿が。
「80階まで行っていいって!!」
「よかったね。その分だと、今日中に俺と同じ100階まで上がれそうだ」
「うん!……あれ?ウィングさんは?」
「ここですよ」
コツコツ、客席の階段を降りてきたウィングさんは、にっこりにっこり笑って言った。
「80階到達、おめでとうございます。さあ、すぐに次の試合が始まりますよ」
「……え?」
***
「試合開始!!」
「どりゃあああああああああああああ!!!!」
「“驚愕の泡”!!」
ズガーン!!!
ごめんなさい、ブハラさん並に体脂肪のついたお相撲さん的な人!!
貴方もあまり美味しそうではない!!
大人しく壁にめり込んでいてくれたまえ……。
「ポ……ポー選手の、勝利!!100階へ上がりなさい!」
「や、やった……!」
一階から初めて一時間弱。
次から次へと押し寄せる、怒涛のような筋肉隆々マッチョメンをちぎっては投げ、ちぎっては投げ。
ついに、ついにイルミと同じ100階に到達できた……!!
はあ……でも、……さ、さすがにちょっと……。
「100階到達おめでとうございます。ではすぐに次の試合に――」
「ウィングさん!!!お腹空きましたもう無理です!!!」
「ダメです」
あああううう!!
こ、この人ってこんなに厳しい……というか、融通のきかない人だったんだー!!
イルミ以上にスパルタだ――!!!
「だってもうお昼じゃないですかー!!ずるいです!!さっきは人の試合観戦しながら、皆で売店で買った焼きそば食べてたでしょー!!」
「ははは。そんなわけないじゃない」
「イルミ、口の横に青のりついてる」
「ご、ごめんっす……屋台の前を通りかかった時、あんまりいい匂いだったものっすから――」
「ああああ言わないでー!!!」
にゅるん、と飛び出した触手が、イルミとウィングさんに巻き付いた!
「おなか空いたんです!!何か食べなきゃ死んじゃいますーー!!!」
ズギュウウウウウウウウウウウウウウンッ!!!
「な、ち、ちょっとポーさん……!?」
「やめてよー。断りもなく人のオーラ食べるの。それやられると、後でしんどいんだよ?」
なんか、貧血っぽくなるんだよねーとイルミ。
「あああ!!美味しい!!イルミのオーラは前にも食べたことあるけど、強化系のウィングさんは初めて!!なんか、お肉っぽいよ。やわらかーい、フィレステーキ食べてるみたいー!!」
ギュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン!!!
「わ、わか、わかりました!!お昼にしましょう、100階以上の戦いは、いよいよイルミさんと2人一組のダブルスですっ、午後から、もう一度体制を整えてから挑みましょう……!!」
「やったー!!ごはんごはん!!」
飛び上がって喜ぶ私を、ズシがちょっと青い顔で見つめていた。
「師範代が考えを変えるなんて……ポーさんの食欲って、すごいっす」
***
「今日は外に食べに行ってる時間はなさそうだから、売店のファーストフードでもいい?」
「うん。もうなんでもいいよ……お腹減ったよいただきます!!!」
100階の闘技場の前のフードコートにて。
ラーメンと、カレーライスと、ビビンバときつねうどん、オムライスとハンバーガーをテーブルに並べた私は、立ち上る湯気といーい匂いに、もう脇目もふらずに食いついた。
「コラ。もっとよく噛んで食べなよ」
「ふぁっへほなはふひはんはほん!!!」
「食べながら喋らないの」
もー、と無表情にため息一つ。
カレーソースとケチャップでベッタベタになった私の口まわりを、イルミは紙ナプキンで丁寧に拭った。
でも、今オムライス食べてるから、すぐにまたケチャップまみれになるんだけどさ。
「ウィングには断り済みなんだけど、食べ終わったらコレ。観に行かない?」
「ん?」
ピラッと、目の前に突き出されたのは、どうやらチケットのようである。
天空競技場のイラストが入っている所を見ると、ここの試合のやつなんだろうな。
「でも……誰の?」
「ランとシロガネの試合のチケット」
「ぶはっ!!?」
「汚いなー。ミルキみたいな真似するのやめてよ」
「だだだってだって!!イルミ、それほんと!?よく手に入ったねー!」
「ちょっと脅……金に物を言わせてね。事前に敵の情報を仕入れていくのは、暗殺の基本中の基本だから」
「お、お仕事禁止!!戦うってだけで、なにも殺し合いしようってわけじゃないでしょ!?」
「……」
キロ、と漆黒の目が私を向く。
無言で指を伸ばし、イルミは私の唇から、オムライスのケチャップを掬いとった。
「……甘いよね。ポーは。なんで、あの二人が自分を殺さないって思うの?あの二人の実力は、直に会って分かってるはずだろ」
「そ、それは……」
「殺すつもりでかからないと、やられるよ」
ぺろっ。
白い指の先から滴り降りる真っ赤な液体を、見せつけるように舐めとる舌……うああ、写メ撮りたい!!
極限の状態で生き残る。そのためには、イルミの言うことはもっともなのかもしれない。殺すか殺されるかの世界を生きてる現役の殺し屋さんの言葉を、そう安々と否定する訳じゃないけれど――
「でも……私の念能力じゃ、誰も殺せないよ?ていうか、命を奪うとこっちが不利になる……それは、イルミも見て知ってるよね?」
「まあね。昨日、あの巨大な魚を捕らえてオーラを吸収したとき。あのとき、魚が絶命する寸前、吸収したオーラが全て消滅しかけた。それで、慌てて逃したっけ。相手を殺して、生命エネルギーがなくなると、吸収した分のオーラもなくなっちゃうって、誓約……というより、ポーの念の特徴ってとこかな」
「特に決めた覚えはないんだけど、そういうことみたい。私の能力って、オーラの消費量がかなり大きいから、戦ってるうちにオーラ切れにならないように、こまめに補給する必要がある。でも、殺しちゃったら共倒れ。なんか、便利なんだか、そうじゃないんだか、わかんないね」
「生物学者には、向いてるんじゃない?でも、殺し屋としては致命的だね」
やっぱり、とことん向いてないよねー。
ガムシロップを3つも入れたアイスティー。気だるげにストローを咥えながら、イルミはちょっとだけ残念そうに呟いた。