新しい朝が来た。
希望の朝だ。
喜びに胸をひらけ。
青空あっおっげ~~♪
「ラジオ~のっ声に~すっこや~かなっ胸を~――って……なにこれ、イルミ」
「ラジオ体操。というか、初めてなのになんでそんなに完璧に歌えてるの?」
「いや、だって初めてじゃないし。この体操との付き合い、けっこう長いよ?小学生の夏休みとか、毎朝六時に叩き起こされてやらされてたんだ」
おかけでもう、半分寝ながらでも身体が動くくらいだよ。
なんか中毒性あるんだよなあ……この音楽といい、ラジオ体操のお兄さんの声といい。
『ラジオ体操~第一~っ!手を上にあげて手足の運動っ!はいっ!いちっにっさんっしっご~ろく……』
まだ夜も明けきってない森の湖の畔。
シルバさん、ゼノさん、マハさん、キキョウさんにカルトくん、ミルキにイルミに、そして私の総勢八人が並んでラジオ体操をしている図……シュールといおうか、健康的といおうか。
「そう。ポーの世界にも出回ってたんだ、この男のテープ」
「テープって?」
「このラジオ体操を作った男、操作系の年能力者でさ」
「ぶはっ!!?」
「テープに念を込めた音声を吹きこんで、世界中にばらまいたんだ。男の正体や、目的は一切不明。でも、全身の筋肉を負担なくストレッチ、さらに耳につく音楽との相乗効果で、いつの間にか覚えてしまう体操として一大ブームになってね。うちのじいちゃんたちのお気に入りなんだよ」
「そ、そうなんだ……へ~……」
くそ……っ!
身体が、身体が勝手に……!!
「逆らっちゃダメだよ。彼の念、けっこう強いよ?」
「くそお~~っ!!」
結局、ラジオ体操第二までみっちりと操られ、深呼吸を終えるころには全身の疲れはとれ、筋肉はいい感じに温まり、血行もオーラの流れも促進されて……ははは。
恐るべし、ラジオ体操のお兄さんめ!
「はあ~!でも、スッキリした。早起きして体操っていうのも、たまにはいいね」
「そう?」
「うん!お腹もすいたし、朝ごはんいっぱい食べれそう」
「よかったね。でも、朝ごはんはまだ食べれないよ?」
「え……まだ?」
「うん。その前に訓練しなきゃ」
ガシッ。
イルミの手に腕を捕まれた瞬間、頭の中に警戒音が鳴り響いた。
まずい、まずい、まずい……!!!
で、でも、なにがまずいんだろ?
そうだ、昨日、シルバさんたちが教えてくれなかった――
「く、訓練って……なんの訓練?」
くりっ、と、イルミは首を傾げ、
「拷問の訓練」
***
お父さん。
お母さん。
海月に好きな人ができました。
その人は殺し屋さんです。
でもいい人です。
その人の家族も殺し屋さんです。
でもいい人たちです。
ゾルディック家は好きです。
「でも拷問は嫌ああああああああ~~っっ!!!!」
「大丈夫。今日は月曜日だから、肩慣らし程度さ。鞭打ち1000回」
「無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理!!!!」
「優しく打ってあげるから。ね?」
くりっ。
「ね?じゃないっ!!イルミはハンター試験でもヒソカさんと一緒に私のこと鞭打ちしようとしてたよね!?なに?そんなに私のこと鞭で打ちたいの!!?」
「うん」
ドナドナドナ~~っと連れてこられたのは、ゾルディック家地下の拷問部屋。
もちろん、天井も床も壁も雰囲気たっぷりの重厚な石造り……暗い、寒い、怖い。
「ヤダヤダヤダヤダヤダ~~!!!」
ああああ~~っ!!
なんで!
なんでこんなことに!!?
ピシイッ!パシイッ!
「~~~っっ!!?」
そこかしこに跳ね返り、響き渡る鞭の音……先に行ってたキキョウさんが上半身裸になって(まあ、包帯が服みたいなもんだけど)、早々とシルバさんに鞭打ちされてるし。
なんて……なんてムーディ……なんてよだれ垂らしてる場合じゃないよ!
痛そう!
痛そう!!
「いや―――っ!!痛いのは嫌!!絶対嫌!!なにがなんでも嫌っ!!!」
「ポー、俺と初めてした夜もそう言って逃げ回ったよね……大丈夫だって。ポーは念が使えるんだし、しかも防御向きだし、1000回打たれ終わるまで纏を持続させれば問題ない」
「え……念、使ってもいいの?」
「当たり前だろ。そのための訓練なんだから。俺たちは皆、ガキのころから毎朝これを受け続けてるから、全員が念使いだよ?」
「あ、そっか……!皮膚に日常的な刺激を与え続けることにより、オーラが身体を守ろうとして流出を止め、留まる……自然に纏の形が身につくってわけだ!」
おお~!
面白いな~それ!
「分かってるじゃない。じゃ、打つよ。服脱いで」
「べ、別に脱がなくったっていいじゃないの!」
「いいけど、破けるよ?」
「破けないー!纏はいっちばん得意だもん」
「ふーん。ま、いいか」
打ちながら脱がせていくのも悪くないし。
聞き捨てならないことをサラッと呟くイルミである。
ピシイッ!
真っ黒な鞭がしなり、床を鳴らす。
壁にかかった数多くある鞭の中で、イルミが選んだのは編み上げ型の一本鞭。
丈夫でしなやかで、打撃の力加減がしやすい……というのは、トリックタワーの中でヒソカさんに教えてもらった蘊蓄だ。
あのときは、鞭を触手に見立てて、物に巻きつかせて捕る方法を仕込んでもらったけど、こんなことなら人を打つ方法も教えてもらっとけばよかったかな……。
「いくよー」
「うん、いつでもどうぞ!」
ピシイッ!
ぷるん!
ピシイッ!
ぷるん!
「……流石だねー。その守りの泡。結構強く打ってるのに、本当に破けないな」
「や、優しく打ってあげるって言ったくせに!!」
「だって、それだと訓練にならないだろ。よし。じゃあそろそろ、ちょっと本気を出そうか……」
「!!!??」
パンッと鞭が張られたときだ。
背筋にものすごい寒気が走った。
ヤバイ。
ヤバイ!!
凝をする。
やっぱり!
さっきと違って鞭の先までイルミのオーラに包まれてるじゃないの……!!
物質にまでオーラを纏わせ、強化する。
これは、これはあれだ!
「『周』!!」
「なーんだ。知ってたんだ」
ズバ―――――ンッッ!!!!
直後、さっきとは比べ物にならないほどの速さで飛んできた鞭が、衝撃を生んだ。
なんとか紙一重でかわしたものの……ふと足元を見ると、石の床にパックリと切れ目が。
「ひええええっ!!」
「あ、ダメだよ。避けたらー」
「むむむ無茶言わないでよ!こんなの当たったら死んじゃうよ!!」
「死なない、死なない。ポーは自分で思ってるよりずっと丈夫なんだよ?」
「死なないとしても痛いでしょうが――!!」
バシイィン!!
パシイイィン!!
ズビバシ――ンッ!!
うあああああああ……!!!!
イルミのバカ――――ッ!!!
スパルタ式鬼畜仕様冷血操作系――!!
もう、どれくらい打たれただろう。
そのうちのほとんどは避けてるけど、当たったことを考えたら気が気じゃない!
しかも、イルミ……これだけ打ってるのに汗ひとつ流してない。
呼吸も……オーラも乱れてない。
す、すごい。
流石はイルミだ。
鞭を使ってるけど、周によってオーラで包まれているから、動きは私の“見えざる助手たち(インビシブルテンタクル)”とよく似ている。
でも私ならきっと、ものの一時間ともたない。
イルミと違って、オーラの使い方に無駄がありすぎるからだ。
そうだ!
これって触手を使った攻撃に活用できるんじゃないのかな……。
よし、そうとわかればじっくり観察して――
「終わったよ」
「えっ!もう!?」
そんな!
せっかくまともに観察しようって気になったのに!
「追加、500回お願いします!!」
「なにそれ。今の今まで嫌がって逃げ回ってたくせに」
「いいから!私、打たれた分しか換算しないからね。だから、避けられた分だけ打ってお願い!!」
「いいけど。今度は本当に本気でいくよ?」
イルミがオーラを高める……ぞくぞくした感じがどんどん強くなる。
望むところだ!!
イルミの鞭打ち、絶対に会得してやるんだから……!!
「来い!!」