殺し屋さんと婚約者 おまけ

 

 

 

 

「あ―――――!!!!」



帰宅後。



イルミの部屋で荷物の整理をしていた私は、ある重大な問題に直面していた。



いや、これはまずい。



どうしよう!!!



とりあえずイルミに相談だ!



服をかかえて、ゾルディック家の入り組んだ廊下を、リビング目指して駆け抜ける!!



「イルミィ――――!!!」



「どうしたの、慌てて」



イルミは黒のトップスに薄地のシャツ。下はノンケミカルのジーンズというラフな出で立ちで、ソファに腰かけてテレビを見ていた。



どうしたもこうしたもないよ!!



「見てよコレ!!大切な作業着が穴だらけ!!シルバさんが無茶したから、色んなとこに切り傷が入ってダメになっちゃったの!!」



「あーらら。ほんとだね」



水陸両用、とっても便利なスイムワーカー。



白いハイネックに、紺色の袖のないジャケット。



しかも、そのしたのキュロットまでワンセットになっていたお買い得品!!



ハンター試験の後、海と船を行き来することが多かった私にとって、この服がどれだけ助けになったことか……!



目を閉じれば、半年間の過酷なハンター生活が走馬灯のように浮かんでくる。

 

 

 

苦労も喜びも満載、思い出のたくさんつまった大事な服だったのに。



おのれ、シルバさん!!



「許すまじ……作業着の敵!!」



「ちょっと待って。どこに行ってなにするつもりか、分かりすぎて嫌だからあえて聞かないけど止めて。気持ちはわかるけどさ、どのみち作り替えなきゃいけなかったんだから、ちょうどいいじゃない」



「な、なんで!?私、この服、気に入ってたのに!!」



「だって。ほら、見てみなよ。腕の部分、繊維がよじれて切れてるだろ。ポーの身体の柔軟性に、生地がついていけなかったんだ。新しい能力を得たんだから、戦闘服もその能力が発動しやすいよう、ベストなものに変えなきゃいけない。寿命だよ」

 

 

 

イルミの言うとおり、その部分は無理矢理ひねったみたいに生地が千切れている。

 

 

 

でも、それだって原因になったのはやっぱりあの人で……。



「これだってシルバさんのせいだもん!!シルバさんが人の腕をぞうきん絞りにしたからだもん!!」

 

 

 

「それはそうかもしれないけど、そういうことにも対応できなきゃダメだって。ちょうどいい機会だと思って新調しちゃいなよ」

 

 

 

「うう……」

 

 

 

イルミの言うことは逐一ごもっともで、反論の余地もない。

 

 

 

はあ……、でも、気に入ってたのにな……。

 

 

 

「まあ、それもそうだよね……天空闘技場でアレだけ戦ったおかげで、資金はあるし。よし、じゃあ新しいの買っちゃおっと」

 

 

 

「決まりだね。じゃ、そういうことだから父さん。ポーの新しい戦闘服を作るにあたって、うちの専属のマイスターに依頼するけど、いいよね」

 

 

 

「ええ!?」

 

 

 

うわ!いつの間にいたんだ、シルバさん!!

 

 

 

一人がけのソファーに座って夕刊呼んでるシルバさん!!

 

 

 

キロリ、と青い瞳を上げて私を見る。

 

 

 

「いいだろう。経費もうち持ちでいい」

 

 

 

「うわ、甘いねー。父さん。いいよ、ポーのことだから金は俺が出す」

 

 

 

「どえええっ!?ちょ、い、いいよ、自分のなんだし!!そ、それに、そんな凄そうな人に頼まなくったって、ネットで型落ちした安いの探すからいいよ!!」

 

 

 

「そんなの、買ってもまたすぐにダメになっちゃうよ?」

 

 

 

「うう……!!ち、ちなみに、その、ゾルディック家専属のなんとかさんに頼んだからどれくらいかかるの?」

 

 

 

「そうだなー。ものによるけど、俺のいつも着てるので上が五千万、下が8千万……」

 

 

 

「万おかしいでしょ!!?なにそれ!いくらなんでも高すぎるよ!!ダメダメ、そんなの奢ってなんてもらえない!!」

 

 

 

「でも、そのかわり。あの服はちょっとやそっとじゃ破けないよ。ポーの念の泡ほどとはいかないけど、衝撃を緩和してくれるし。あと、闇に潜みやすいよう、光の反射も押さえてるし、摩擦音もしない」



「そんなすごい服着てたの!?それって、ハンター試験のときに着てたやつだよね?あれってそんなにすごい機能ついてたの!?」



「そうだよ。自分の能力や、動きの癖、職業に合った服って大事だよ。ポーのことだから、魚の鱗やひれ、皮に例えて考えれば納得できるんじゃないの?」



「う、確かに、それを言われると納得……」

 

 

 

だろ?とばかりに首を傾げるイルミである。



「だから、拘るのは当然だし、そのぶん金もかかるけど、それは必要なことだから仕方ない」



淡々と、私を言い含めていくイルミである。



お言葉はごもっとも。



衣服というのは、人の作り出した第二の皮膚。脱着可能な毛皮であり、甲羅なのだ。環境や能力に適したものを常に選んで変えていかなければならない。



いかに経費がかさもうとも……ああ。



「で、でも、ほんとにお金は私が出すよ?貯金もないわけじゃないし、天空闘技場で稼いだ分もあるし」



「ダメ。俺が出す。指輪もちゃんとしたの用意してあげられなかったし、恋人らしいこと、まだ何もしてあげれてないからね。それくらいさせて」



「イルミ……そんなことないのに」



「それに、これならポーが危ない場所にいくときや、俺と離れて仕事してるときにもポーを守れる。だから、俺から贈らせて」



それまで指輪に触れていた彼の指が、いつのまにか頬に添えられていた。



ゆっくりと、唇が重なる。



でも、その直前。



「ポ―――――――!!!!イルミ!!」



ズガーン!!と、居間の扉をぶち壊す勢いで突っ込んできたのはキキョウさん。



包帯、ゴーグル、ラベンダー色のゴシックドレスに帽子の羽飾りを振り乱してやってくる。




「キキョウさん……個人的には常にランさんでいてくれた方が嬉しいんですけど」



「お黙りっ!!それより、聞きましてよ!ポーの暗殺服を新調するにあたり、図々しくも我がゾルディック家専属のマイスターに依頼するそうですね!!?」



「うん。そのつもりだけど。父さんがいいって言ったんだから、いいでしょ?」



くりっと可愛く首を傾げるイルミは同時にその目で、「すっこんでろこのババア」と仰っておられます怖い!!



「勿論、それに関してとやかく言うつもりはありません。ただ!!」



パチン、と扇子を鳴らしたそのとたん、普段は影を潜めている執事さん達がズラズラズラ――っと、なにやら大量のドレスや姿見を持って現れたではないの!!



「な、なんですかコレ!?」



「なにって、見れば分かるでしょうに。我がゾルディック家契約デザイナーが、今季に向けて発表する予定の最っ新の暗殺服のサンプルですわ!!」



「欲しいのは暗殺服じゃないですから!!水陸両用の作業着ですから!!」



「細かいことをいちいち気にするんじゃありせんっ!!とにかく、デザインは最も大事な要素です。うちの服を着て外を出歩く以上は、イモくさい作業着などもってのほか!!さ、早速合わせてみましょっ!!ほ~ら、これなんか素敵だわ~!!!」



取り出したるは三段フリルの総レース、黒のノースリーブドレス。



腰と胸元に、薔薇をあしらった大きなシルクのリボンつき。



「イルミ―!!!」



「へえ、可愛いじゃない」



ダメだ!!



明後日の方向を向いたとき、目の前にハデハデしい(そして際どい)いかにもな戦闘服がつきつけられる。



「ダメダメ、そんなおばさん臭いのより、ポー姉にはこういうのが似合うぜコフー!!失恋戦隊ミレンジャー、ミレンブルーの戦闘コスチューム通常タイプ!俺のお気に入り!!」



「……ミルキくん、いつ、そしてどこから湧いたの。でもってそれ、完璧にコスプレじゃない。無理だから。二十代にそんなもの着せようとしないで」



「お……怒んなよコフー。冗談だろ、なあカルト」



「知らない。ポー姉さま、ポー姉さまにはこちらが似合うと思います」



「カルトちゃんまでいつの間に。これは……振り袖かあ~!う~ん……お正月にはいいかもしれないけど、漁をしながら振り袖は……」



「ダメ……ですか?」



くりっ、と、大変かわいらしく小首を傾げるカルトちゃんである。



「え、えーっと、ほら、袖の中にお魚が飛び込んでくるといけないからね!!」



あああ、心が痛む!!



あれ?



なんか、やたら人が増えてると思ったら他にもいるじゃない。



「ポー!これじゃ!これなんかどうじゃ?」



「ゼノさん……お願いですからチャイナ服は止めてください……!!」



「む、そうか?似合うと思うがの―?」



「漁をするんです!仕事着なんです!!」



「……」



そのとき。



ス、と、ものも言わずに足元から、きれいに畳んだ服をつき出す御方が――



「マハさん。……これは!!?スポーツジャージ!!いい!!いいですコレ!!へえ、ミケのマークにゾルディックのロゴ入り!こんなラフな暗殺服もあるんですね!!よし、これにし――」



「却下」



抱き抱えたジャージをあっという間に取り上げて、ポーイと放り捨てるイルミである。



「あ――っ!?」



「ダメだよ、マハひいひい爺ちゃん。あんなもの着せたら、ポーはきっと一年中脱がないよ?平日も休日も、起きてるときも寝てるときも、ジャージばっかりになっちゃうだろ。ジャージとスウェットは絶対禁止。ポー、これにしなよ。はい、決定」



「だからチャイナドレスは嫌だって!!シルバさ――ん!!!」



たあすけてーと泣きつくと、かの婚約者のお父上さまは淡々と新聞を読みながら、



「……まずはポーの意見を聞いてやれ。具体的な希望はあるのか?」



「とにかく、動きやすい服がいいです!水中でも陸上でも!あと、濡れてもすぐに乾いて、保温性があって、でも蒸れにくくて、あっ!たたんでもシワにならなかったらいいなあ……!」



「見事に性能面ばかりだな。デザインは」



「デザインは……うーん、この性能面を全部叶えた結果に生まれるものなら、なんでもいいですね。まあ、あえて言うなら、そのまま町中に飛び出しても違和感のないものがいいなあ。あ、あと、大量の血を浴びても、こびりついたりしない生地ってありますかねー?できたら、血生臭い臭いとかもつきにくいのがいいです」



「……」



「あ、あと!硝煙の臭いとかもつきにくい痛い痛い痛い!!なに!?イルミ、なんか私ダメなこと言ったっけ!?」




「ポー。気にはなってたんだけどさ。一体、仕事って、どこでなにをやってるの?まさかとは思うけど、俺の知らないところで人殺したりしてないよね」



「し、してないよ!!どこでなにをって言われても、受け持つ依頼によって行く海もすることも違うから、一概には言えないんだけど……」



「血を浴びるようなことがあるのか?」



無表情に、シルバさん。



「あるにきまってるじゃないですか。特に、大型の海洋獣を捕獲したときとか、頭から足の先まで血まみれですよ。海上で仕留めた場合、港に戻る前に血抜きしとかないと肉がダメになりますからねー。100メートルを越えるような個体なら、血液だけでも何十トンって量になります。解体するときはもっとすごいですよ。腹かっさばいた途端、圧力差の関係で内臓がとびだしますからね!一キロ近くある腸を五十人がかりで引きずり出したことだってあります!」



「……」



「……」



「硝煙は」



「不法に漁をおこなってる悪い船を追い払ったり、保護観察海域に入り込んだ海賊船を追い払ったり、どこかの国の不審船を追い払ったりしたときに、向こうがドンパチしかけてくることが度々。当たりませんけどねー、海の上ですし」



「……」



「……思っていたより、ずっとハードな仕事じゃな。殺し屋の方がよっぽど楽だぞ」



「無理ですっ。大体、ひとなんか殺したって食べれないでしょう?私が命を奪うのは、食べるためだけって決めてるんです!!」



「わかった、わかった。強要するつもりはない……だが、服は暗殺服にしておけ。血液に劣化しにくく、臭いもしみつかない。塩分の多い海水にも耐性が高いはずだ。それに、余計な光を反射せず、音も生地に吸収される。こそこそ逃げ回るお前の戦法にはよく合っている」

 

 

 

む。なんだか棘のある言い方だけど。

 

 

 

まあ、ホントのことだからしかたないか、うん。



「じゃあ、俺のとお揃いにしようよ」

 

 

 

レザー製の、シンプルな黒のライダースジャケットを合わせながらイルミが言う。

 

 

 

「あ、いいねそれ!」

 

 

 

女性のようななよやかな面立ちに対して、彼の体格は肩幅もありがっしりしている。

 

 

 

流石シルバさんの息子、そういうロック系の格好も似合うんだなあ……でも、私にはどうなんだろ。

 

 

 

対の女性用のジャケットを合わせる前に、横からキキョウさんがひったくった。




「ダメです!!ポー!!レディにはレディたる美しさの基準というものがありましてよ!!」



「えー!シルバさんとキキョウさんだって、チャイナでお揃いにしてたじゃないですかー」



「あれはパフォーマンスの一環です。とにかくっ!!貴女の暗殺服なのですから、貴女の個性を出さなくてはダメ。いいこと!?二つ名というのは、大抵は殺しの手口や、外見で決まるもの。人真似など言語道断!!」



「ま、俺達の場合は他人に姿を見せるなんてヘマはしてないから、“幻の暗殺一家”ってことになってるけど。ポーは人目につく仕事をしてるから、余計にこだわらないとね」



「二つ名かあ……どう呼ばれるかとか、あんまり気にしたことないけど」

 

 

 

フリフリキラキラのドレスを次から次へと合わせてはポイ、合わせてはポイするキキョウさんにされるがままの私。

 

 

 

ミルキくんは持ってきた戦闘コスチュームを丁寧にたたみつつ、ノートパソコンを開いて言う。




「なにいってんだよ。ポー姉にもあるじゃん、二つ名。前に、親父の指示でポー姉のこと調べたとき、結構出てきたぜコフ~」



「え、ほんと?」



「ミル、どんなの?」



「“闇狩人”」



「……」



「“漆黒の捕食者”“暗黒海の女帝”“常闇の覇者”“パドキア海の海神ポー”……」



「ああ、なるほど!いっつも深海にばっかりいるからねー痛い痛い痛い痛い痛いっ!!だから、さっきからなんでつねるのっ!!?」



「なんとなく。殺し屋の俺より殺し屋っぽい二つ名をそんなに持ってるなんてどういうこと」



「カッコいいです……ポー姉さま」

 

 

 

「常闇か……なら、色は黒だな」

 

 

 

「何やる気になってるの、父さん」

 

 

 

「うーん、まっ黒より紺色がいいですけどね。あ、そうだ!襟は三角で、セーラー服みたいなデザインがいいです」

 

 

 

「賛成コフー!!」

 

 

 

「下は当然、スカートね!!んー!!フリルは何段にしようかしら!!」

 

 

 

「ママ!!セーラー服に合うのはひざ上15センチの丈のプリーツスカートなんだコフー!それだけですでに完成された究極の美なんだコフー!!」

 

 

 

「何語ってるのミルキ」

 

 

 

「模様はどうする?なにも入れんのか?無地じゃあ寂しいじゃろ」

 

 

 

「そうですねー。セーラー服だから、スカートや、襟や、袖の部分にラインを入れるくらいですけど、それだとちょっと寂しいですよねー。あ!そうだ、さっきマハさんが持ってきてくれたジャージのマークが可愛かったから、あれを入れてもらおうかなー」

 

 

 

「ミケのロゴマーク?デザイン的にはスポーティーでいいけど、ゾルディックって入れるのは流石にまずいと思うよ?」

 

 

 

「大丈夫だって。ベントラの港町にいっぱい売ってるよ?ゾルディックTシャツとか、ゾルディックキャップとか、文房具類も充実してるね!」

 

 

 

「え。そうなの?全然知らなかった」

 

 

 

うちに断りも無しに、とイルミ。

 

 

 

そうこうしてる間に、私の身体には執事さん達の手によってサンプル服が着付けられ、着々とサイズ合わせがされていく。

 

 

 

仮縫いだけど、それでも理想通り!

 

 

 

「とっても動きやすい!!それに、身体にもしっくり来る~!」

 

 

 

「それはまだサンプルだよ。次にそれを、マイスターに手渡して、身体全体の型取りをする。実際の戦闘映像は、天空闘技場で戦ったときのをミルキが撮ってたから、それを参考に、動きの癖を解析。設計させる」

 

 

 

「す、すごいね……服一枚なのに」

 

 

 

「出来上がりは――そうだな。使用する素材にもよると思うけど、ポーの仕事が始まるまでには間に合うように急がせるよ」

 

 

 

ポンポン、と私の頭を(撫でながら、イルミが目を細めた。

 

 

 

私のセーラー服姿をじいっと見つめ、

 

 

 

「うん。可愛い」

 

 

 

「!!?」

 

 

 

「あ。ちょっと、“嘘つきな隠れ蓑”で消えないでよ。見せて」

 

 

 

「ヤだ!な、なんか恥ずかしいからヤだー!!」

 

 

 

「恥ずかしがることないのに。……恥ずかしがらせるための服は、後で個人的に注文するしね」

 

 

 

「……何か言った?」

 

 

 

「ううん。何にも」

 

 

 

う。

 

 

 

その貼りつけたような無表情が不安だけど、ともあれ、服が完成するのが楽しみだ!

 

 

 

胸のところに縫いつけてもらったミケの顔つきゾルディックのロゴマークを指でなぞり、私は幸せを噛み締めたのでした。