2 ミケも食わない夫婦喧嘩!!

 

 

 

 

 

「つまり、あれだろ?気持ち的にはいつでもOKだけど、そうするとイル兄が止まらなくなるから、ちょっと落ち着けって、そういうことさ。ポー姉も、しばらくは休みとってここで暮らすつもりでいるんだし。落ち込むことないと思うぜ……?」



「……」



「あとさ……俺の部屋にころがりこんでくるのはいいけど、殺気、押さえてくんないかな……気分悪くなってきた」



「ミル」



「な、なんだよ……!?」



「お前も早すぎると思う?」



ミルキの部屋のすみっこで膝を抱えていた俺は、くりっと首を傾げてみせる。



ミルキは丸い身体を回転イスにめり込ませ、パソコンに向かっている。



太りすぎのくせに、今もスナック菓子を忙しなく口に運んでいる最中だ。



夕飯を食べたばかりなのに。



ポーが見たら怒るだろうな。



……ポー。



「……」



「早いって、結婚のこと?場合によると思うけど……実際にポー姉と会ってどれくらいになるんだよ?再会までの半年間は抜きとしてさ」



「そうだなー。ポーと知り合ったのはハンター試験が始まってすぐだから、二週間くらいかな」



「……それはさすがに早いと思うぜ?逆に、それで婚約までOKしたポー姉がすげーよ。心が広いよ。感謝したほうがいいよ。絶対」



「うーん……仕方ない。式場はキャンセルしよっと」



「予約してたのかよ!!」



「親父たちの承諾が出たら、すぐにと思っていたからね。というか、俺の気が早いんじゃなくて、ポーが合格をもらうのが早すぎたんだよ。俺のいない間になにがあったかは知らないけど、まさかたった2日で結果が出るだなんて思ってなかった。予想外。本当なら、花嫁修業中に恋人暮らしできたのに」



「あー、なるほど。兄貴はそのつもりでポーを呼び寄せたのか。確かに早かったよな。親父があんまり早くに家族会議を開くもんだから、てっきり落ちたもんだとヒヤヒヤしたぜ」



「心配しててくれたんだ。お前が?珍しいね」



「ま、まあ……」



「ミルキ」



「ひっ、ひいっ!!?脅さなくったって、俺は三次元の女に興味ないし、手なんか出さないって――」



すうっと立ち上がった俺は、丸い身体をさらに丸くして怯えるミルキに近づき、ポン、と肩を叩いた。



「そうじゃない。ありがとうって、それだけ」



「……あ、ああ」



ミルキはしばらく固まっていた。



そう言えば、礼を言うのは珍しいかもしれない。



ピンク色の、くしゃくしゃになったシャツの袖で額の汗をぬぐい、ミルキはくりっと丸顔を傾かせた。



「兄貴……変わったな」



「そう?」



くりっ、と首を傾げ返したときだ。



小さなノックの音。



ドアを開くと赤い振り袖姿のカルトがいた。



「ポー姉さまが泣いておられます」



「カルト。お前もあれからポーにべったりだね」



「ポー姉さまが泣いておられます」



「……彼女に伝えてくれるか。そっちの要求を全面的に受け入れるから、今夜はちゃんと俺の部屋で一緒に寝て欲しいって」



「……」



カルトは鋭い目付きで俺をにらんだまま、こっくり頷いて廊下を駆けていった。



ふう。



これでひとまずは落ち着くかな。



「じゃあ、俺は部屋に戻るよ」



「そうしてくれると助かる。おやすみ、兄貴」



「おやすみ」



しかし、部屋を出ようとしたとき、ミルキがあっと声を上げた。



「なに?」



「いや……兄貴さあ、明日の朝のこと、ポーに伝えてあるのか?その、朝の日課のこと」



「……」



「……」



「伝えてない」



「……だよなぁ」










       ***












もうなんか勢いでキキョウさんに泣きついた私。



てっきり、「知りません」と冷たくぽいされるものかと思いきや。



わりと親身になだめられ、うるせぇまだピーピー泣いてやがるのかと顔を出したシルバさんもついでに引きずりこんで泣きついて、ようやく落ち着いた次第である。



あとから冷静になって気がついたんだけど、ここ、シルバさんとキキョウさんの寝室だ……ははは。



キキョウさんの淹れてくれた、(たぶん毒入り)紅茶を頂きつつ思う。



よく殺されなかったよな……。



「ポー姉さま」



「あっ!カルトくん、おかえり!どうだった?イルミはなんて――」



【勝訴!!】



目の前に突き付けられた半紙。



そこに印された二文字を、カルトくんごと抱きしめた。



「よかった~~!!今回ばかりは折れてくれないと思ってた……!!」



「やれやれ……これでようやく安眠できる。これ以上かかるようなら、お前ら二人まとめて始末しちまおうかと真面目に考えてたところだ」



「ひとを目覚ましぶっ壊すみたいに言わないでください!!」



「それにしても、イルったら優しい子……こんな出来の悪い花嫁候補ふぜいの戯言を聞き入れるなんて!!ポー!イルに感謝なさいね!!」




「はいはい……そうしときます。え、どうしたのカルトくん」



「全面享受の条件に、今夜はイルミ兄さまの部屋で一緒に寝て欲しいそうです」



「……そうきたか。くそう、敵は既成事実を狙っているに違いない。子供ができたんならこれはもう結婚するしかないよね?とか言うに違いない!さらに一人産まれたら最後、三人も五人も一緒じゃない?とか言うに違いない……汚い……汚いぞイルミ!!」



「いかがされますか」



「受けてたとう」



「……大丈夫ですか?」



「暗闇に隠れたり、逃げ回るのは得意だからね。ほら、こうやって……」



「!!?」



すうっと、足元から消えてなくなったであろう私に、カルトくんは大きな猫目をいっぱいに見開いた。



ほう、便利だな、とシルバさん。



なにに便利かはあえて聞くまい。



「開発中の新技です!その名も“嘘つきな隠れ蓑(ギミックミミック)”!守りの泡を可視化させて、まわりの景色と同化させて見えなくさせてます。タコやイカ、ヒラメ、カレイなどなど、色素細胞を発達させた海の生き物の十八番ですね」



「昨日、お前があの場に急に現れたように見えたカラクリがこれか」



「ご名答!」



気を抜けば……もとの透明な泡に戻る。



実はこれ、結構神経を使うんだよね。
私の念は、見えにくいオーラを使うから、逆に見えるようにするには集中力がいる。



「すごいです、ポー姉さま。これならターゲットに気づかれることなく近づいて――」



「うん!ぱっくり食べることができる!」



「……た、食べるのですか?」



「うん。あ、捕まえるだけのこともあるけど」



「……」



スカーンッ!



痛い!!なんか飛んできたと思ったら……。



「ナナナナイフとかやめてくださいませんかシルバさん!!?」



「ちゃんと柄の方が当たるように投げてやっただろうが。カルトに妙な考えを吹き込むな」



「本当にその通りだわ、全く!!カルトちゃん!!こっそり近づいてざっくり殺す!それ以外なくってよ!!」



「ははは……」



なんか、近いようでいて遠いなあ。



ま、いいや。



「じゃあ、無事に停戦したことだし、部屋に戻ります。お休みなさい!」



「ああ」



「お休みなさいませ、ポー姉さま」



「何度も言いますが明日は4時、4時起床ですからねっ!?ああ、それから、朝食の準備を終えたら、食事の前の鍛練にも参加させるつもりでいますから、動きやすい格好で……今日のように、パジャマなんかで来たらその場で血祭りにあげますからねっ!!!」



「わ、わかりましたってば……!でも、訓練ってなんの?」



くりっ、と首を傾げる私に、シルバさんとキキョウさん、カルトくんは顔を見合わせて、



「明日になれば分かる」



と言い切った。



……なんか、嫌な予感。