11 地上100階、朝ごはん!!

 

 

 

 

 

時刻は六時。



天空闘技場、100階テラスにて、イルミと二人、早々と朝食をとっている。



利用者のほとんどが格闘家、ということもあって、こんなに早い時間だというのにわりと客入りがいい。



広々としたテラス席には円いテーブルとパラソル。



薄水色の空の隅に、遠くの山嶺が天辺だけ覗いていて、山の端は徐々に金色に縁取られ、やがて朝日が射しこんだ。



地上100階の日の出……。



でも、目の前にいる婚約者の表情は、そんなロマンチックな景色にはおよそ似つかわしくはない。



ぐさり。



深々とフォークを突き立てられたウィンナーが、他人事とは思えなかった。



「――で、ポーはそのウィングって男に会って、念を教わりたいって言うんだね?」



「う……はい」



焼きたてのクロワッサンサンドイッチにかぶりつく私に、イルミは見るからに不機嫌満点のオーラを遠慮なく発している。



「そいつってさ、昨日の騒動の最後に、俺とシロガネの間に割って入ってきたメガネの男だよね。どうして俺じゃダメなの?今までずっと、ポーに念を教えてきたのは俺なのに」



「うん……ご、ごめんね」



そうなのだ。



昨日、あろうことかシロガネさんに、首筋へのキスを許してしまった私。



必死のビンタでなんとか彼のたくましい腕から逃れたものの、その直後にイルミがキレた。



それはもう、プッツリと。



あんなイルミ、見たことない。



あんなに冷たい表情が出来ることも、あんなに恐ろしいオーラを発せることも……知らなかった。



止める間もなく、彼が念能力を使おうとしたときだ。



“やめなさい!!!”



それはもう、ものっすごい声だった。



あの場に居合わせた人達の半数が気を失ってしまうほどの迫力で、止めに入ってきた好青年がいたのだ。



黒髪、メガネ、片方の裾だけ、だらしなくズボンの中につっこんだ、その人は――








心源流師範代、ウィングさん!!











足元でガタガタ震えてたけど、一緒にズシもいたんだよ!



ちっちゃくて、太い眉毛とくりくりした目が可愛かった―!!



これはもう、きっとそういう運命なんだと思ったね!!



ゴンとキルアが彼に念の基礎を教わったように、私も教わりたい!



クロワッサンをきっちり胃に納め、背筋をぴんと伸ばしてイルミに向き直った。



「イルミ……私は、イルミにずっと念を教わってきたよね。実践の中で、必要なものを必要なだけ、私に合った適格な技と知識を、イルミは与えてくれた。私はそれをもとに、自分が直面した状況に応じて使い方を工夫して、なんとか今ある形にしてきたの。だからこそ、私の念は様々な多様性をもって進化できたんだと思う」



「間違ってないよ。それで?」



「うん。それでね、じゃあ、逆に基礎の方はどうかなって考えたら……不充分じゃないかなって。だって、ハンター試験中はとにかく早く念を実践で使えるようにならないといけなかったでしょ?だから、纏、絶、練、凝なんて、ほぼ一日で詰めこんじゃったじゃない。粗があると思うんだよねー、絶対!」



「まあね。それは、俺も気になってたけど……」



ぷつん。



潰れた目玉焼きからとろん、と黄身が流れ出す。



涙のように……。



「イ、イルミ、もしかして自分が頼りにされてないって思ってる!?落ちこんでる!?」



「当たり前だろ。ポーだって大学では人にものを教えてる立場なんだから、弟子に浮気される俺の気持ちが分からない?」



「う、浮気って……しないよ、そんなこと!わがままを言っちゃえば、イルミにも私の修業に付き合って欲しいなって思ってるし」



「俺も修業するの?今更だな~」



「でもさ、ウィングさんはゴンとキルアに念を教えた人でもあるんだよ?どんな人だか、興味ない?」



「え。それ、ほんと?」



ぴくん、と、イルミの前髪が動いた。



よーし、釣れた!



「うん!ゴンとキルアが念を覚えたのは、この天空闘技場だからね。200階クラスに上がるために、心源流格闘術師範代のウィングさんに、弟子入りしたんだよ!」



「ふーん。それは確かに興味あるね。分かった。浮気防止も兼ねて、俺も修業につき合ってあげる」



「う、浮気なんかしないってば!」



「ポーにその気がなくても、相手がどうかはわからないだろ?シロガネとのことがいい薬だよ」



「う……」



それを言われると、返す言葉がございません。



「とにかく!そうと決まったら善は急げ!ごはん食べ終わったら、早速ウィングさんを探しに行こう!」



えいえいおーとばかりに、私はデザートのイチゴヨーグルトをかきこんだ。










       ***










「あっ!ズシだ!!ついに200階まで上がれたんだ、すごーいっ!!」



フロントで天空闘技場全体の対戦リストボードを調べていた私は、そこにあった最年少の男の子の顔写真に歓声を上げた。



すごいよすごい!!



ゴンとキルアと別れてから、まだそんなに間がないのに!



100階クラスを抜け出して、ついに200階の大台に乗ったんだ!



がんばったねー!



えらいえらい!!



なんかこう、自分の子供が受験に合格したときって、こういう心境なんだろうなー。



嬉しいよ、すっごく!!

 

 

 

「あ、じゃあいよいよ本格的に念の修行にも入ってるのかなー」

 

 


「ズシって誰?」



ぬ、と隣から長身を屈ませるイルミ。



「ウィングさんの弟子で、彼の秘蔵っ子!この天空闘技場に実際登録してるのはズシで、ウィングさんは保護者役なんだ。この子も、ゴンやキルアと一緒に、念の修業をしてたんだよ?」



「ふーん。十歳、ね。キルより二つ年下か……」



珍しく興味深く、ズシのプロフィールに目を通すイルミに、嫌な予感がした。



「イルミ。まさかとは思うけど、キルアよりズシの方が早く念を修得してるからって、やきもちとか妬かないでね」



「やかないよ?でも、生意気だと思わない?」



「思わない!それがやきもちだって言ってるの!もう、しばらくの間は兄弟子になる子なんだから、仲良くしなきゃダメだよ?」



「ならないよ。俺は、ポーの念の修業につき合うとは言ったけど、一緒に弟子入りするとは言ってないからね。あくまで観察役。ウィングって奴と同じ、ポーの保護者ってとこ」



「ええ~!」



今更~!!



ぶーたれる私に、けれどイルミは動じない。



腰に左手。モデルのように美しく立ち、ピッと右の人差し指を、廊下の先へ向けた。



「頬っぺた膨らませてないで、ほら。ポーのお目当ての彼だよ」



「え……!あっ、ほんとだ!」



まだ、人もまばらな100階クラスのフロントに現れたメガネ兄さん!



そして、胴着姿の小柄な男の子、ズシ!



アニメや漫画、そのまんまの彼らの姿に、私の感動は最高潮に!



だからついつい、初対面も同然だということも忘れて、駆け寄ってしまった。



「ウィングさん!ズシくん!!おはようございます!!」



「あなたは……たしか、昨日の」



メガネのレンズ越しに、ウィングさんの目が見開かれ、にわかに険しくなる。



あれれ?



「私たちに、なにかご用ですか?」



「え……と」



うひゃあ!



練だ!



練されてる!



ズシもウィングさんの後ろに隠れちゃうし、お、思いっきり警戒されまくってるのはなんで!?



は。



も、もしかして……。



くるっと、後ろを振り向いて、



「イルミ!?なに怖いオーラ出してるの!ひっこめてっ、絶っ!!」



「チェッ。バレちゃった」



「当たり前でしょ!?もー。すみません、悪気はないんです。ただ、ちょっとやきもち焼きなだけで……あの、私はポー、こっちは私のパートナーのイルミと言います。ゴンとキルアから、貴方にここで念の手解きを受けたと話を聞きました。それで、その……ちょっと相談に乗っていただけだらなって、思いまして」



「あなたがポーさんだったっすか!!ゴンさんとキルアさんからお話はうかがってたっす!なんでも、ハンター試験中に念を習得したかもしれないって……本当なんっすか!?」



ズシが、ぱっと前に飛び出した。



黒いくりくりの目をキラキラさせて、私を見上げているよう……!!



う~!



可愛い!!



「うん、ほんとだよ!私もゴンやキルアから、ズシくんの話はたくさん聞いたんだ。三人で念修業したんだよね。すごいね、もう200階まで上がれちゃったなんて!」



「そ、それほどでもないっす!ゴンさんやキルアさんの成長の早さに比べたら、自分はまだまだっす」



「ふーん。君、なかなか素直でいい子だね」



「あ、兄バカなんだから……イルミは。キルアが誉められたのが嬉しいの?」



「うん。嬉しいよ?」



くりっと、首を傾げるイルミに、ウィングさんはようやく警戒を解き、ああ、と手のひらに拳を打った。



「あなたがキルアくんのお兄さんですか。彼から話は聞いていますよ。相当腕の立つ念能力者だとか。昨日、あなたのオーラを実際に肌で感じましたが、確かに、彼の言葉に偽りはなかったようです」



それから、またちょっと厳しい顔つきに戻り、



「ここは天空闘技場。世界中の実力ある格闘家たちが集い、自らの技や肉体を磨きあい、高め合う場所。故に、試合以外の私闘はご法度。ここでの平和は、互いの秩序ある行動やモラルに委ねられています。力のあるものは、同時に相応の責任を負わねばなりません。ああいったいさかいは、二度と起こすことのないように。いいですね」



「うん。わかった。あの時は、ちょっと抑えがきかなくてね。止めに入ってくれてありがとう」



おお!



素直ないい子じゃないか、イルミ。



ウィングさんも、わかっていただければそれでいいですよって、笑ってくれてるし。



「ポーさん。私にご相談があるのでしたね。ここでは人目につきますから、もし都合がよろしければ、一緒に私の道場へ来ませんか?この数日、ズシは少し無理をしたもので、数週間は試合を休ませ、念の修業に専念させようと考えていたのです」



「はい!ぜひぜひ!!」



きゃー、渡りに船とはこのことだ!



よかったよかった!



と、思っていたら。



「それはいいけど。ウィングだっけ。君、うちのキルアの精孔を勝手に開いて、念を教えたんだってね。こんなに短期間でってことは、もしかして、無理矢理開いたの?後遺症とかなかった?ゴンと比べて、キルの素質や成長速度はどうだったの……?」



「……ええと」



「こらイルミ。怖いからやめなさいって」

 

 

 

イ、イルミの兄バカ……ッ!!