「やりすぎた―――――――っっ!!!」
「泣くな。全く、お前のそれはなんなんだ。うちの玄関をぶっ壊したときもビービーと……」
「だって……だって……!!」
天空闘技場からの帰り道――といっても、空の上。
ゾルディック家専用飛空艇にて、それぞれの治療を行い、シャワーを浴びて、血まみれの戦闘服から洗いたての普段着に着替えた私とイルミ。
とてもじゃないけど飛行艇の中とは思えないような、広々としたリビングに集まっております。
ソファの上にはまだ少し青い顔をしたキキョウさん(包帯、ゴーグル仕様)がぐったりしていて、その様子をカルトちゃんと、心なしか心配そうな表情でシルバさん(渋い方)が見つめている。
そしてなにより、ミルキくんが大爆笑しながら開いているパソコン画面!!
そこに映しだされた天空闘技場が……!!
「真っ二つだなんて……っ!!ミルキくん、死傷者は!?一体、何人の人たちが今回の事件の犠牲に……!?」
「そおだな~、ま、軽ーく見積もっても数千人、いや、数万人。ポー姉、ついに史上最多の大量殺人犯になっちまったなあ、コフ……いでええええ――っ!!!ちょっとイル兄!!今ほんとに針刺しただろ!?」
「当たり前だろ。俺の奥さん泣かせるなんていい度胸してるよね。死にたいんならそう言ってくれればいいのに。ポー、大丈夫だよ。折れたといっても、190階以上だから先っぽだけだ。闘技場の耐震強度にはもともと問題があったらしいし、内部の老朽化もかなりすすんでたって、ニュースで問題視されてるのはこの点だけ。だいたい、うちに不利な証拠になりそうな映像データは、すでにミルキがハッキングして盗んだし、観客が撮影したり、ダフ屋が扱ってる写真とビデオテープはゴトー達が回収済み。それでもまだ心配なら、あの場にいた人間全員、俺が始末してもいいけど。有料で」
「……じゃあ、10回払いで」
「分かった」
「冗談だってば!!真顔で頷かないでー!!」
「泣かないで。俺も冗談。それに、この事故じゃ一人も死んでないよ」
「へ……?」
「ほんと。ちゃんとニュース見て。一人も死んでないから」
イルミに言われ、涙を拭いて慌ててパソコン画面を見る。
「ほんとだ!!塔の中にいた人も、周辺の人の中にも、死者は奇跡的に一人も出てないって……でも、どうして?」
「企業秘密」
チョン、とイルミの人差し指に唇をつっつかれたとき、飛行船のハッチが開く音がした。
「ここ、高度1000メートルの空の上なんですけど!一体誰が――」
「爺ちゃんたちだよ。おかえりー」
イルミの言葉通り、リビングに現れたのはゼノさんとマハさんの二人だった。
額の汗を拭き拭き、二人とも、なんだか大仕事を終えてきたという雰囲気だ。
ソファに腰掛けていたシルバさんが立ち上がる。
「悪いな、親父に爺さん。手間をかけさせた」
「全くじゃい。有料だぞ、シルバ」
こっくり、頷くマハさん。
「え?え?」
死者が一人もでていない?
疲れて帰ってきたゼノさんにマハさん。
わかんない!!と首をひねる私に、イルミがくりっと首を傾げて。
「言っちゃおうか?答え」
「待って!考えるから待って!!」
うーん、うーんと頭を抱えて唸る私をよそに、ゼノさんはシャワー室から身支度を終えて出てきたウィングさんとズシくん相手に話をしている。
「お前さん達、念は心源流を学んどるんじゃったな。わしの茶飲み友達に、詳しい人間が一人おる。天空闘技場が再建するまで、そやつに面倒をみてもらえるよう話をつけてやろう」
……え。
ゼノさん?
それって、もしかしなくてもまさかあの人のことではまさか。
「ありがとうございます。しかし、その方とは一体」
「ネテロじゃ。お前さんも、名前くらいは聞いたことがあるじゃろ?」
「!!?」
やっぱり……がんばれ、ズシくん。
でもよかった。ネテロ会長がズシくんの面倒を見てくれるんなら、少なくとも修行が中断されるってことはなくなる。
これで、困る人はいなくなった、と。
「――はっ!?まだいた!!あの人のことを忘れてた!!」
「誰?」
「ヒソカさん!!天空闘技場が営業停止になったって知ったら、きっと困るよ!フロアマスターなのに!!」
「……あ、ほんとだね。確かに、ヒソカは天空闘技場が第二の家みたいなもんだからねー。2つにポッキリなんて話を聞いたら、怒るだろうねー」
「どどどどどどどどど!!!」
「どうしようもこうしようもないじゃない。折れちゃったものは、立て直すしかないだろ?て言うか、もう言っちゃうけど、アレはポーのせいじゃないし」
「へ……?」
「塔を内部から支えてる支柱を、ズッパリ切っちゃったのは父さん。ポーは、そこに与えちゃいけない振動を与えちゃっただけ。だから、遅かれ早かれ、いずれはこうなってたよ」
なんですとー!!
「ちょ……!?シシシシシルバさん!?はっ、もしかしてあの時ですか!?私の腕が折れなくてイラッときて、本気でぶち殺そうと爪を伸ばして手刀を振り下ろしてきた、あのとき!!」
切れたのはリングだけだと思ってたのに……!!
それほどまでに深い斬撃だっただなんて。
ほ、ほんとに一人も死んでないんだろうか?
「ミルキくん!!突然身体が半分に割れて死んじゃった人がいないか、検索かけて!!」
「だ、大丈夫だってコフー!親父が殺してないって言ったら、それは絶対殺してないぜ?」
「殺してないんですか!?」
「殺していない。俺は親父と一緒で、タダ働きはゴメンだ」
「……その割には、私をぶっ殺そうと生き生きしてたじゃないですか」
じとっと睨みつけると、シルバさんは飄々とした態度でしれっととんでもないことを言ってのけた。
「ああ。殺しても殺せない相手は初めてだったから、楽しくてな」
「はい……?」
「――やっぱり。父さん、リングを切ったときにポーのことも一緒に切ったんだろ。俺の目にも、ポーは上手く避けたように見えたけど。いや、待って。もしかして、その後に何度か気づかれないように切った?」
「リングを切ったときを含めて二回。ニ度とも手首だ。二度目は、実は首を狙ったんだが。死ぬ危険性の高い部位だからか、泡の守りが強固だった。両手とも切るには切ったが、切断面が離れる前にすぐに再生したぞ」
「な」
なんですとお――――っっ!!!
「シルバさんの馬鹿――――!!!イルミと付き合っていいって認めて下さったくせに、なんでそういう怖いことを平然とやってのけるんですか―――っ!?」
「ポー、ごめん。うちの馬鹿な父さんが馬鹿な真似して。今すぐぶっ殺してあげるから、泣かないで」
「シルバさん!!次にやるときは、私にちゃんと断ってからやってください!!そんな貴重なデータ、取らなきゃ勿体無いでしょ痛たたたたたたたたたイルミ痛い!!」
「もう、突っ込むのも馬鹿らしくなってきたんだけど。なんでもかんでも研究に結びつけるの、止めてよね」
ぱっちん、と摘んでいたほっぺたを離して、イルミはゼノさんに向き直る。
「で、爺ちゃんたちは、その尻拭いをしてくれたってわけ。ポー、なんで一人も死人が出なかったか、分かった?」
「うえ?あ、そ、そうだった……えーっと、えーっと、ね、念を使った……」
「うん。当たり。どんな念?」
「あの場にいた全員を助けだすっていうのは、無理でしょ?だったら、えっと……ああ――っ!!分かった!!周だ!!建物と、建物に触れてる人たち全部を念で強化して、皆が怪我するのを防い…………」
「……」
ゼノさんを見る。
マハさんを見る。
「で、出来るんですかそんなこと」
「馬鹿ったれ。出来るに決まっとろうが、ワシらを誰だと思っとるんじゃ」
「ゼノさんっ!!マハさんっ!!」
ぎゅうっと、私は嬉しさのあまり、ゾルディック家御大のお二人に触手で抱きついた。
「ありがとうございました――!!!」
「わ、わかったから離せ、ポー。イルミも殺気立つな」
さて。
死傷者が出なかったことにホッとした私。
執事さんが淹れてくれたミルクティーを飲みつつ、お菓子でも……と思ったとき、ソファに突っ伏していたキキョウさんがむくりと起き上がった。
「やっと起きたね。母さん、約束だよ。どうしてこんな真似したのか教えてよ。今回のこと、生きてリングを降りられたら話すっていったよね」
「……」
「言うつもりがないなら、それなりの聞き方するけど、いいの?」
パキパキ、とイルミが指を鳴らしながら言う。
「イルミ、キキョウさんは平気そうな態度とってるけどフラフラなんだよ?そんな物騒な訪ね方しないでっ!」
「あ、ちょっとポー。触手はなしだって」
そのとき不意に、キキョウさんが身を起こした。
ため息をつきながら、何かを左手の薬指から抜き取り、イルミに手渡す。
それは、白銀と漆黒、二匹のドラゴンが絡みあった指輪だった。
「え……、母さん、何これ」
「ポーの指に嵌めなさい」
「嫌だ。先にこれが何なのか話して」
「いいから嵌めなさい」
「……」
くりっと、困った風に私を見る。
ううーん、不安。
でもまあ、死ぬことはなさそうだし、話せないのにも、なにか理由がありそうだ。
「いいよ、嵌めて?」
「わかった。じゃあ、左手出して」
「うん」
迷わず薬指に指輪を嵌めようとしたイルミだけど、直前に動きを止める。
「どうしたの?」
「ポー、今すぐにじゃなくていいけどさ。その時が来たら、俺と結婚してくれる?」
「――えっ」
不意打ちのような言葉だった。
今!!!?
今ここで聞くの!!?
ゾルディック家の皆さんが、見つめておられるこの状況で!!
「ポー?」
うう、恥ずかしい……。
恥ずかしすぎるぅぅぅぅぅ~~!!
頬も耳もたぶん真っ赤だ。
イルミに握られている指の先まで熱い。
あんまり緊張したせいで、なかなか思うように言葉が出てこない。
けれど、イルミはじっと私を見つめながら、黙って待ってくれた。
「……うん」
「ありがとう」
キスをされて、すっと、薬指の根本まで指輪が嵌められる。
そこに生まれた重みが、愛おしかった。
「ポー!イルミ!!今回の戦い、わたくしはどうにも納得がいきませんでしたわ!!よって、やはり今は訪ねてもなにも答える気はありませんっ!ただ、然るべきときのために、その指輪を預けておきます。いいですね!!」
キィン、と耳を劈くキキョウさん。
カルトくんの目を塞いでいたシルバさんと、ズシくんの目を塞いでいたウィングさんがちょっと気の毒……って、え、預ける?
「えー、くれるんじゃないの?」
「今はまだダメです」
「えー」
「イルミ……何か事情があるんだよ、きっと。キキョウさん、分かりました。お預かりします」
ぴったりと吸い付くようにその場所に収まった指輪。
銀と黒、二匹のドラゴンがお互いを見つめ合うように向かい合ったそのデザインは、どことなく、試しの門を彷彿とさせる。
なんとも、ゾルディック家らしい指輪だ。
なんだろ、とイルミを見つめても、さあ、と首を傾げられるばかりである。
うーん、怪しすぎる。
……。
えいっ!
「うわああああああああ!!抜けないし!!念!?ちょっとキキョウさん!一体この指輪にどんな念を込めたんですか!?」
「お―――――っほほほほほ!!!!ノーコメントです!!!!」
「ゴトー、奥の訓練場に、ポーが修行に使ってた拷問道具がまだ置いてあるはずだから、今すぐ持ってきて」
「だから、物騒な訪き方しないでってば――!!」
このあと、ねちっこいイルミがいくら粘着質に脅……訪ねても、キキョウさんが事の真相を明かしてくれることはついになかった。
なにはともあれ、ゾルディック家総動員で押し寄せた天空闘技場の大騒動は、一応、これで重い幕を閉じたのであります。
めでたしめでたし?