「ヤだ」
「ヤだじゃない!!」
「だって、なんでここまで来て結婚するのが嫌だなんて言うの?ショックだなー俺。寝込んじゃうよ」
くりっ、と首を傾げるイルミ。
「嫌だとは言ってないでしょ!早すぎるって言ってるの!!再会して3日、好きだって気持ちを確認し合った次の日には結婚って、いくらなんでも電撃すぎるでしょうが!!?」
「ロマンチックだねー。おとぎ話みたい」
うふ。
いつぞやアニメで見たように、両手を合わせて傾げた首とは逆の方向に「くいっ」と曲げてみせるイルミ。
そ、それを可愛いと思ってるなら大間違いだからなあ――!!
バン!
このままではらちがあかない。
私は食卓を叩いて立ち上がった。
「とにかく、100歩譲って婚約まで!それ以上はまだダメ!!」
「えー」
無表情ながらも、非常に不満そうなイルミである。
いつもなら一番に平らげるはずのマグロのお刺身も、手つかずのままだ。
そういう私のステーキも、まだ一枚目のがそのまま残っている。
由々しき事態である。
他の皆は全員、デザートに突入しているというのに……。
「まだ文句言う……?希望としては恋人同士からはじめて欲しいんだよ。それを頑張って婚約者からって言ってるのに……!!」
「逆に聞くけどさ、なんで嫌なの?俺と今すぐ結婚できない理由でもあるわけ?」
ひょい、ぱく。
イルミがじいっとこっちを見つめたまま、ようやく一枚目のお刺身を口にする。
なーるほど、と、向かいに座ったミルキがニマニマしながら服毒ショートケーキのイチゴにフォークを突き刺した。
「再会するまでに半年もあったんだもんなあ~。ポー姉、見た目はそんなに悪くないし、恋人の一人や二人くらい――」
ゾン……ッ!!
そんな、音だったと思う。
ミルキの食べようとしていたケーキが一瞬で針山になった。
「~~~~っ!!?」
ひょい、ぱく。
平然と、二枚目のお刺身を食べるイルミ。
「で?」
「で、じゃない!!いないよそんな人!!……ただ、ミルキくんの言う通り、確かにその半年が原因かな。恋人が出来たってわけじゃないけど、恋をしたっていうのはあながち外れてないかも」
「…………………誰に?」
「深海に。そこに棲む生き物たちに、只今ぞっこん中」
「…………………」
「だって!!すごいんだよあいつら!!人間なんて全身の骨が粉になるわ、内臓破裂するわ脳みそ飛び出すわの大水圧の世界でゆうゆうと生きて泳いで食べてパートナーを見つけて交尾して子供産んで……すごい!!すごすぎるよ!もっと観察して研究したい!!」
「うん。わかった。研究は今まで通り続ければいいよ。ハンターとしての仕事もね。だから、ポーも俺と結婚して交尾して子供産もうか。見てるだけじゃダメだろ?研究者として」
「……」
「……」
「そんな手には乗らないよ!?」
「……チッ」
チッ、じゃないよ。
イルミめ、姑息な手を……!!
「あのねぇ、イルミの言う通りなの。結婚の次は出産、その次は子育てでしょ?子育てしながら深海に潜って生き物研究なんて無理だから!ここでしっかりブレーキかけとかないと、どこまでも突っ走っていきそうだからダメッ!!」
いい勘だな。
イルミの隣に座ったシルバさんが、食後のコーヒーを飲みながら深々と頷いている。
うーん。
きっと、この夫婦も色々あったんだろうな。
突っ走ったのはキキョウさんか……?
「無理だね」
「な、なにが?」
「もう手遅れだね。十回しようが、千回しようが、出来るときには出来るし、出来ないときには出来ない。ポーは生物学者なんだから、それくらいのことは知ってるよね」
「!!!??」
「じじじじゅ、十回っ!!?」
目の色を変えるミルキを触手で張り倒し、ゆらり、と立ち上がる。
いまだかつてない強力なオーラが渦のように身体を取り巻いた。
「イルミのバカ――――ッッ!!!」