13 家族会議だよ、全員集合!!

 

 

 

 

 

“海月、起きた?



君に手紙を書いたんだ。



また会えるか、わかったもんじゃないからね。



まず始めに、君に伝えたい。



なんてことをしてくれたんだって。



この家で作られた、ただの殺人人形でしかなかった俺を。



君がこんなにも変えてしまったんだ。



恨むよ。



なんてね。



本当はお礼が言いたいんだよ。



ありがとう。



おかげで俺、今すごく楽しい。



でも、責任をとれ何てことは言わない。


ただ、ひとつだけ頼みたいことがあるんだ。



もし、また会えたら。




――俺の側で生きて。”










       ***














「父さん、来たよ」



「入れ」



重い扉の向こうには、親父と母さん。



ゼノじいちゃんとマハひいひいじいちゃんがいた。



いつもは奥のカウチに腰かけていることが多い親父をふくめ、全員が椅子にかけている。



俺のための席もあった。



なんだか、これって面接みたいなセッティングだ。



重厚な木製の脚部が、まるで襲いかかる前の獣のよう。



黒くて丸いベルベットの腰掛けが、じっとこちらをにらんでいる。



「座れ」



「うん。話ってなに?」



仕事?



なんて、すっとぼけるのはやめにした。



白々しい。



要件はもう分かってる。



ポーのことだ。



実は、彼女にちゃんと伝えていなかったことがあった。



この“花嫁修業”、合格しなかった場合、ポーは親父に殺されることになっている。



この先ゾルディック家で生きていけないと判断された時点で、門外不出のこの家の情報を知りすぎるほど知ってしまったポーは、邪魔物にしかならないからだ。



このことは、ポーには一切伝えていない。



けれど、キルアにゴン、ミルキ、そしてなぜか急に力になりたいと言ってきたカルト。



この四人は、それぞれ事情を承知している。



そして、皆が俺の側についている。



俺がこうして、今晩、親父に呼び出されていることを彼らは知っており、万が一、ポーが不合格の判断を下された場合に備えて、すみやかに彼女を逃がすよう指示してある。



だから大丈夫だ。



君は、俺が守るから。



「イルミ」



「なに」



「お前もそんな目をするんだな」



「別に、いつもと変わらないと思うけど」



「そうか?」



「そうさ」



「そうか……ずいぶんと反抗的な目つきだ」



「……用はなに?」



逃げ出したい。



生まれたときから、絶えず身体に刻み込まれた殺し屋としての俺が叫んでる。



親父の、いや。



ゾルディック家の下す決断に、俺は真っ向から逆らおうとしているんだ。



弟たちの力を借り、かつて命を狙いさえもしたゴンの力を借り。



そして――絶対に借りなんて作ってはいけない相手に、助力さえ求めた。



反乱だ。



これはもう、すでにりっぱな反乱だ。



「ポーのことだが」



「……」



「どこに惚れた?顔か?能力か?」



「全部だけど。あえて挙げるなら言葉かな」



「言葉」



「うん。ものの考え方っていうのかなー、俺の仕事に対しても、文句を言ったり怖がったりするどころか説教するんだ。驚いたね」



「ほう、どんなふうにじゃ?」



「ポーと俺はハンター試験中に出会ったんだけど、試験のひとつに、お互いに決められたナンバーのプレートを取り合うっていうのがあってね。そのときに俺、川の中に潜んで、岸辺にきたやつらを殺そうとしたんだ。プレートを奪うために」



「……」



「そしたら、同じように川に潜んでたポーが、触手を使って先にそいつらのプレートを奪ってさ。俺に寄越して、怒ったんだ。『イルミは【殺し屋】でしょ。【人殺し】じゃないよね。あの三人の暗殺を依頼されてるわけでも、あの三人に命を狙われたわけでもないよね。イルミなら殺さなくてもプレートは奪えたよね。それだけの実力差はあるのに、どうして殺そうと思ったの』って」



「なんて答えた」



「ごめんって。……なんでかな。俺、なんだか自分がものすごく悪いことをしようとしていたような気がしたんだ。面倒くさいって理由で、ひとを殺しちゃいけないって、ポーは言うんだ。俺がひとを殺して生きてるってことは、そのひとに生かされてるってことなんだから。自分が生きるためでもないのに、命を奪っちゃいけないってさ」



自然と、ため息が漏れる。



まったく、殺し屋に言う台詞じゃない。



ひとを殺すのは悪いことだとか、どうしてひとを殺すんだとか、そういう正義じみた言葉は、聴いてもうんざりするだけなのに。



海に生きる者たちを、あの強い瞳でまっすぐに見つめ続けてきたポーの言葉は、乾いた砂地にこぼれ落ちる水のように、深くまで染み透る。



「……殺し屋と生物学者とは、また妙な組み合わせだとは思ったが。殺したそいつに生かされている、か。なかなか面白いことを言うもんだ」



「ふむ。やはり、ポーは賢い。自分の身の程を知り、能力を見つめ、その上で可能性を見いだしてくる。まるで、過酷な環境の中で生き抜く生き物のような、しなやかなで柔軟な強さじゃ。わしらにはないものをポーは持っとる。もちろん、殺し屋には向いとらんがな」



「……」



そのときだ。



それまで眠るように動かなかったマハひいひいじいちゃんが目を開けて、俺を映した。



それが再び、すうっと糸みたいにほそまったのが、笑ったように見えた。



イルミ、と、親父が呼ぶ。



「なに」



「イルミ。お前はポーが好きなのか?」



「うん」



「そうか。なら、好きにしろ」



「……いいの?」



「俺は文句はない。親父は……?」



「ダッハッハッハ!!お前になくてわしにある文句はそうそうないぞ!」



「キキョウ」



「わたくしは、ゾルディックの決定に従います」



「ごちゃごちゃ言わずに意見を聴かせろ。嫁に入れたあとでイビられちゃかなわん」



「……あの娘は物覚えが悪すぎます。毒についても、生物に絡ませなければまるで頭に入らないんですのよ?」



「そう言えば、あの朝食に仕込んだ念の毒は、お前の入れ知恵だったのか?」



「まさか。あれは、あの娘が勝手にしたことです。身体を毒に慣らすのが目的なのに、『効かないなら入れても意味がない。入れるからには効くようにちゃんと工夫しないと』なんて、偉そうに……!」



「ふむ。で、その成果については」



「素晴らしいですわっ!!」



「なら、お前も文句はねぇな。そういうことだ、イルミ。扉の向こうにいる奴らを下がらせろ」



……バレてたか。



でも、変だ。



あいつらにはポーを無事に逃がしてって、頼んだはずなのに。



「あのさー。俺、父さんたちを力づくでどうこうしろなんて、一言も言ってないんだけど」



なかば呆れて扉を開くと、そこには緊張した面持ちのゴンとキルア。



臨戦態勢満々のド派手なピエロがニタニタしていた。



「イル兄、大丈夫か!?」



「ポーは!?ポーは合格したの??」



はあ~~、と、深いため息。



「したよ。満場一致の大合格。俺も平気。ポーを信じてたからね。それよりも、打ち合わせとずいぶん違うじゃない。ポーの側で彼女を守ってくれるんじゃなかったの?なんでお前までこの家にいるんだよ、ヒソカ」



「クックックッ!いつも言ってるじゃないか、奇術師に不可能はないのそれに……」



ピッ!と、喉元にトランプを突きつけられる。



薄く笑った唇が、俺だけに聞こえる声で囁いた。



「嘘はイケないなぁ……確信なんかなかったクセに本当にそう思っていたなら、ボクの助けなんて断ったはずだろ?捨て身なんてキミらしくもないイルミとは、いつか本気で闘りたいんだから、そんな勿体ないことさせないよ



それに、と、ヒソカはうって変わって朗々と、扉の向こうに控える家の家族全員に聞こえるように言った。



「友達を見捨てるなんて、できないだろ?



「……面倒だなー。やっぱり、殺し屋に友達なんて必要ないね」



「そんなことないやい!イルミはほんっと素直じゃないんだから。キルアそっくりだよ」



「はあ!?イル兄より俺のほうがよっぽど素直で可愛いだろ!!」



「うん。それについては否定しないな



「「ヒソカには聞いてない!!」」



「……で、ポーは」



「手筈通りさ。ミルキとカルトが飛行船で――」



「ここにいる」



いきなりだった。



するはずもない声がした。



瞬間的に振り向いた俺の目の前に――つまり、俺がさっきまで座らされていた椅子の前に、ポーが立っていたのだ。



ありえない。



この場に居合わせた全員が、おそらく同じ気持ちで、同じ視線で、ポーを見つめていたに違いない。



唖然。



俺、親父やじいちゃんたちがこんな顔するの、初めて見たよ。



「いつから……」



親父が尋ねかけ、次ぐ言葉を飲み込んだ。



かつて、感じたことのないほどの強力なオーラがポーから放たれている。



ポーの目は濡れていた。



きっと、泣き腫らしたんだろうと思った。



ぷっくりと赤くなった目尻から、涙が一粒、光って落ちる。



……手紙。



込み上げる嗚咽が、何度もポーの言葉の邪魔をした。それでも、彼女は必死で声を絞り出した。



「手紙……読んだよ。カルトくんが、飛行船の中で、渡してくれた……ほんとは、着いてからしか渡しちゃダメだって言われてたから……ごめんってさ」



「そう」



「嬉しかった、ありがとう……でも」



「……」



「許せない……!!イルミのしようとしていたこと……イルミの側でい、生きてって、いうなら、……しぬ、ときも、しぬときも、イルミの側にいさせてよ……!!」



堪らなくなって、目の前の身体を引き寄せ、抱き締める。



腕の中に閉じ込めたポーが、息を詰めるのがわかった。



それまで張りつめていた緊張が一気に解けたのだろう。



わんわんと、小さな子供のように嗚咽を上げて泣き出す。



困ったな。



こんなとき、どんな顔をしたらいいのかわからない。



「イルミのバカ―――ッ!!!」



「うん。ゴメンね」



「ゴメンねじゃないよ!!いつもいつも、私には黙って危ないことするなって怒るくせに……!!」



「でも、ポーはその約束を守らないだろ。だから、俺のことも許してよ」



ね、と、顔をのぞきこむと。



ポーは涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げて、ぽかんと俺を見つめた。



けれど、すぐに仏頂面になる。



「ヤだ!!だって、軍艦島でイルミ、私のこと許してくれなかったもん……!!」



「許すよ。だから、これであいこ」



「そんなのズルい!!」



「うん。ズルいね。ポーはさ、こんなにズルい俺のことは、嫌い?」



「……」



「……」



「そーいうところがズルいって言ってるの!!!もういい!!イルミのことなんて嫌いになってやる……!!」



「えー、それは困るな。俺はこんなにポーのことが好きなのに」



「……!?」



ちゅ。



しょっぱい唇にキスをして、



「じゃ、ポーのことは好きにするからね」



総勢七名のお邪魔虫たちの前から、ポーを連れ去ることにする。



全く、なんて顔をするの。



こんなの、他のやつらになんて絶対に見せられない。