8 ミケ捕獲大作戦!!

 

 

 

 

 

朝食後、ゴンとキルアはグリードアイランドの資金集めのために、私用艇にのってヨークシンへ行く準備を始めた。




ネットオークションでは、儲けても金額が小さすぎてらちがあかなくなっちゃったんだって。




ヨークシンにはたくさんの骨董市が開かれているし、二人は原作通り現場に行って、直接目利きする作戦に急遽変更することにしたらしい。




「ごめんね、ポー」



「なんかあったらすぐ飛んで帰るからな、ちゃんと連絡しろよ?」



「うん!こっちこそごめんね、色々気を使ってもらって。新しい能力も生まれたことだし、大丈夫だよ」



「うん!花嫁修業、がんばってね!」



「あはは……うん」



それにしても、目標が生き残るって……どんな花嫁なんだか。



リビンクのソファにこしかけつつ、ミルキ君にもらったお下がりのノートパソコンに“お魚の名医(ドクトルフィッシュ)”の能力特徴をパチパチまとめていると、イルミがやってきた。



こころなしか、青ざめた顔をしている。



「どうしたの?」



「罠だ」



「罠?」



「さっき親父に、次の仕事の依頼人とのコンタクトをとってくるように指示された」



「それ……なんか、急すぎねぇ?ミル兄から聞いたんだけどさ、イル兄、ポーが来る前に半年分くらいの暗殺依頼、いっきに片付けたんだろ?」




「……」



「……あ、ゴメ。もしかしてコレ内緒だった?」



ガシ!



「全く、キルはしょうがないねー」



ギリギリギリギリ!!



「ぎゃあああ!!ごめん!ごめんって、俺が悪かったよ!!!」



「イルミ……そうだったんだ」



それってまさか、私のために……?



もしもそうなら、そうなら……なんか。



嬉しいな……。



「えへへ」



「なに笑ってるの。そんな場合じゃないんだよ?俺がいない間になにされるかとか、不安じゃないの?」



「ん?そりゃ、怖いけど。試されるってことは、力を見たいってことでしょう?いきなり殺されるわけじゃないんだってわかってきたから、なんとか大丈夫だと思う。もちろん、イルミが側にいてくれたほうが安心だけどさ。仕事の邪魔にはなりたくないな」



「邪魔だなんて思ってないけど。……前から思ってたけど、ポーは怖がりなくせに、環境に順応するのが極端に早いよね。なんか、心配するだけ無駄になりそう」



「そ、そんなことないよう!」



「まあいいや。昨日教えた番号なら、いつかけても大丈夫だから、何かあったらすぐ連絡して。夕方までには戻るから」



「了解!お仕事がんばってね」



「うん。……ポー」



ちゅっ!



「!!!????」



「いっ……!!??」



「わあ………っ!!??」



耳まで真っ赤になったゴンとキルアを尻目に、イルミは屈めていた長身をすうッとのばして、いつもどおりの無表情で言った。



「死なないでね」



「……うん」











       ***












「うわあ~~!!ゴンとキルアに見~ら~れ~た~~っっ!!!」



バタバタバタバタバタバタ……!!



「もうだめだ人として生きていけないくらいはずかしい!!はっ!!?そうだ、ナマコになろう!!どっちが口だか肛門だか分かんなくなれば、イルミだってところ構わずあんなまねしてこなくなるはず!!!!」



「うるさいよもう!!今、めちゃくちゃ集中したいんだから出てけよっ!!なんのためにノーパソやったと思ってんだよ!!」



「ミルキ君、冷たいよ!もしかしたら私、ミルキ君のお姉ちゃんになるかもしれないのにさ!!」



「む、無理だね!確かに、ママも親父もじいちゃんたちも、ポーのことはそれなりに気に入ってたみたいだけど、腕のいい殺し屋ならいざ知らず、一般人がそう簡単にゾルディック家の嫁になんかなれないね!!!」



「えっ……そうなの?気に入られてたの?」



「まあ……ママが得意料理教えて、親父がイル兄の部屋で寝泊まりするのを許して、じいちゃんがとっておきの羊羮を茶菓子に出してくれる程度には、気に入られてるんじゃないの?」



それって………………どうなの。



「うーん。なんだか不安。食事や料理だけでも大変だったからなー、今度はなにを試されるんだろう」



頼みの綱のミルキ君は、ゴンの持ってきたメモリーカードのデータからグリードアイランドを復元するんだって躍起になってるから、これ以上彼の部屋に長居するのも気が引けた。



結局、誰もいなくなったリビンクに戻って、ごろごろしながら考える。



その他、現在この家にいる面子はというと……



シルバさん。



ゼノさん。



マハさん。



キキョウさん。



カルトちゃん。



うーん、どうしたもんか。



「……あ!あと一匹いた!」



そうだ!



そうだよ、ゾルディック家といえば、あのこがいるじゃん!



「そっかー、私は一応、正門を通ってきたからな。危ない危ない、あやうく会わずにスルーするところだった!」



試しの門を通らずに、ゾルディック家
に侵入しようとしたものを食い殺す、完璧な狩猟犬といえば!!



ミ~~ケ~~ゾ~~ルディ~~ック!



うわわわ怖い。



怖いけど、会いたいな~。



庭に……というか森か、森に行ったら会えるかな?



本邸を出るなとは、イルミにも言われていないし、なにより生物学者としては、漫画に書かれていた「機械のような」生き物って表現にすんごく興味があるのよ。



あの動物好きのゴンがびびってしまうくらいなのよ?



もう、すんごく興味あるね――!!



キキョウさんから、お昼御飯の準備を手伝うように言われてるけど、まだ二時間以上あるし……よし!



決定!!



「ミケに会いに行こうっ!」



やる気になった私は、リビングにある大きな窓を開け放った。



そうそう。



誰も見たことのないゾルディック家の本邸がどこにあるかというとね。



実は、誰もが見ている場所にあったんだ。



なんと、なんと、それはククルーマウンテンそのもの。



この一家、山肌に穴を穿って棲んでいるのである。



だから、なかには洞窟そのものって場所もある。



廊下とか、拷問部屋とか……これなら子供が増えても、いくらでも建て増し出来そうだ。



その点は便利かもね。



リビングの窓からは、森と、湖と、向こうの方には試しの門の先が見えた。



あ、だから私が来たときも、全部開けたってわかったんだな。



窓から地面まで、高さはかなりあるけど、問題はない。



「“驚愕の泡(アンビリーバブル)”!」



窓から外へ飛び降りるとともに、守りの泡を、クラゲのような、パラシュートみたいな形に開く。



こうすれば、風をうけてゆっくりと落下することができるのだ。



風の強い日はあぶないけど、幸い、今日はいい天気。



ふんわりと、上昇気流を捕まえて浮遊しながら、私はとってもいい気持ちだった。



「あ~!いい風!あれかな。こんな日はミケも日向ぼっこしてるんじゃないのかな?」



足元の湖が、鏡みたいに空を反射している。



その上を、さっと白い影が横切った……気がした瞬間。



ばっくり開いた獣の口が、落下地点に!!



『ガウガウガウガウ!!!!!』



「ギャアアアアアアア――――!!」



ばくん!



と噛みつかれた。



と、思ったときだ。



飛び退くようにミケが離れた。



そしてなんだか、非常に嫌な顔をされた。なんだろう……今、すんげー不味いもん食べました。ペッ!……みたいな。



し……失礼な!!



「ミケのバカッ!!食いついたのになんで離すわけ?なに、イカが不味いと言いたいの!?イカが不味いと言いたいのかあああ―――!!!??」



『クゥ――ン』



…………くりっ。



おおう!



そのうえ、仕草がイルミそっくりだ。



「だいたい、私はちゃんと正門を開いて入って来たでしょう!?昨日のことなのにもう忘れたの?ひどいよ!ミルキくんといいミケといい、この家のミのつくひとは皆冷たいんだから……!!」



触手を伸ばしてひし、と抱きつけば、



『キャンキャンキャンキャン!!ガルルルルウル……ガルルルウル……!』



「な……なに、その反抗的な反応は。犬や狼は陸上じゃ最も優れたハンターだっていうけど……さては海の捕食者を下に見てるな?むう……なんか腹立ってきた。こうなったら犬よりもイカの方が強いってこと、分からせてやるんだからっ!!」



ぬるぅり。



ミケの身体を縛りつけた触手を可視化させた途端、



『キャインキャインキャイン!??』



口から泡をふく勢いで暴れだした。



そして、触手にぬめりをつけすぎたのがいけなかったのだろうか。



「あっ!逃げた!!」



暴れるミケが触手の間から逃げ出した。



一目散に、森のなかに走っていく。



「逃がすか――――っっ!!!」



待てーい!!



「ふこふこさせろ―――っ!!!」











       ***












ピィ―――――――――ッ!!!



「……」



「おや?おかしいのう、ミケのやつ、いつもなら飯皿の前で待ち構えとるくらいなのに」



「……来たぞ。だが、様子がおかしい」



「ん?ほんとじゃの……侵入者を追いかけまわしておる……いや、なにかに追われと……る……?」



「待て待てミケ――――い!!!」










       ***











ガサガサッ!



森を抜けた先に、一瞬、シルバさんとゼノさんがいた……ような気がした、たぶん。



でもそんなの気にしてたらミケを逃がしてしまうのでスルー!!



流石、ゾルディック家の番犬!



最強の狩猟犬!!



こちらの動きを先読みして、地形を使って襲ってくる。



追ってるつもりが追い詰められてる。



すごいすごい!



普段は水の中でしか狩りなんてしないから、陸上でのおいかけっこはなんだか新鮮だ。



楽しい……なんか、ヒソカと闘ったときに似ている。



どうすれば捕まえられるのか、考えて、試して。



木の間をすり抜けるように走ると、その向こうは崖。



ミケはちゃんと心得ていて、助走を殺さずに飛び越えた。



「くっそ~、やっぱりスピードじゃ勝てないな。地形だってものにしてるし、ここだとミケの独壇場だな~」



「なにをしとるんじゃ、なにを」



「うわ!?ゼノさん!」



振り向いたらいる。



気配いっさいなし。



【生涯現役】の文字が眩しい……昨日はたしか、【一日一殺】だった。



「それが……私、なにもしてないのにミケに嫌われちゃって。いきなり噛みつかれたと思ったらペッて吐き出されちゃうし、ふこふこさせてくれないし、ミケはイカをバカにしてるんですよ!!これはもう、海と陸、どちらのハンターが優れているか、実践して検証して実力でふこふこ……ふこふこするしかないと思って!!」



「ふむ。つまり、ミケを捕まえて、ふこふこしてみたい、と」



「はいっ!!」



「ポーは、頭はいいがバカなところが珠に傷じゃのう」



な、なんとでも言うがいいさ!



「とにかく、逃げられっぱなしはくやしいので策を練ります!」



「ふむ。そう言えば、お前さんは幻獣ハンターだと言っておったのぅ」



「そうですよ。海洋生物専門の。普段は水の中でしか動いてないから、陸上の狩りがこんなに動きにくいなんて思わなかったですよ。ミケには悪いけど、いい練習になります」



「……」



「ゼノさん?」



「ダッハッハッハッ!!!そーかそーか、動きにくいか!」



ことさら楽しそうに膝を打って、ゼノさんはひょいっとたちあがった。



にやり、と、シルバさんにもキルアにも似た顔で笑う。



「ついてこい。ミケの捕まえかたを教えてやる」











       ***











ガサガサ……ザザザザッ!



つ、ついてこいと言われましてもですね……!



「ゼ、ゼノさん、速……速いですっ!!」



「なんじゃだらしないのう。そんなことではミケを捕まえるころには日が暮れとるぞ」



「だって~~!!」



も、もともと走るの苦手なんだもんっ!しかもこの森、罠だらけだし。



それなのにゼノさんは、まるでスケートを滑るような具合で景色をすり抜けていくのだ。



「水の中なら負けないのに……あ!そうだ!」



身体を覆う念の泡を、流線形に変化させた。



これなら空気抵抗を減らせる。



さらに、表面に鱗のような凹凸をつければ、推進力にも変えられる!!



「おおう!楽チン!!」



「ダッハッハッ!やるのう~~」



「でもゼノさん、ミケは見当たらないし、気配も消えちゃいましたよ?」



「昼飯前じゃったからな。体力消耗を避けて隠れとるんじゃろう。お主、円はどんなもんじゃ」



「円ですか?10メートルくらいですかね?あ、でも、ソナー型に改良した円なら、半径10キロ程度は調べられますよ」



「じゅ………?」



ゼノさんが振り向いて、くるくるっとバック宙。



あわててブレーキをかけた私の目の前に着地する。



足音、いっさいなし。



「これこれ、見えすいた嘘はいかんぞ。そんな巨大な念の球体を拵えるのに、いったいどれくらいのオーラを消耗すると思っとるんだ」



「だ、だからこそ改良したんじゃないですか。円はとかく燃費が悪いですからね。通常、纏と練の応用である円を、練と放出系の発を応用して行います。オーラをドームではなく、球体の膜を何重にも重ねたような形状に設計して、音波のように連続して放出するんです。私の念の性質上、相手のオーラに触れると跳ね返ります。ただ、10キロっていうのは水中での話で、陸上だと……どれくらいなのかな?」



言いながら、手のひらにオーラを集中。



探査用の念の球体を作り出す。



ゼノさんは、興味深そうに顎髭をなぞった。



「ダッハッハッ!なるほどのう~。円を改良する、か。ポーは本当に面白いことばかり思いつくのぅ」



「これ、技の名前は“千里の水の目(ウォーターマーク)”って言って、試験中にあみだした、私とイルミの合体技だったんです。最初は、放出したオーラを引き戻すのがどうしても上手くできなくて。操作系のイルミに手伝ってもらってたんですよね。そのときは、20キロ向こうの海底にある活断層を見つけ出しました」



「ほぉう、試験というのは、ハンター試験か。イルミのやつ、こんな嫁を一体どこで見つけてきたのかと思っておったが、世の中、なにがあるかわからんのぉ」



「あはは……そうですね」



それについては同意します。



「あれから、試行錯誤して、いまはなんとか一人でも出来るようになりました。そのかわり、ちょっと距離は縮まっちゃいますけどね。これ、すっごい便利なんですよー、魚群探知機がわりになるし。これを使えば、わざわざソナーのついた高い船をチャーターしなくてすむんです!!!」



「そこかい!全くイルミの言う通り、ポーは本当に殺し屋には向いとらんのー」



「い、いいですよ、向いてなくて……あ、出来ました!」



「ふむ。うーむ、見たところ銀色のボールに見えるな。これをどうするんじゃ?」



「割ります」



ポーン、と放り捨てる。



地面に落ちた念の球体は、まるで水滴を落としたように綺麗なミルククラウンをつくり、そして――



ワアン………ッ!!!!!!



「!!??」



「うわっ!?す、すごい念波……あーあ、こりゃ陸上じゃ使えないなあ。それ用に改良しないと」



「ミケの位置は?」



「こっちです。1キロくらい向こう……だけど、たぶんびっくりして逃げちゃったんじゃないかなぁ」



再び、走り出す。



なんの物音もしない森の中――所々、枝葉が折れていたり、地面がえぐれていることをのぞけば――ゼノさんは、ひょいひょいと、リスのような身軽さで木々や草の上を飛んでいく。



「どうじゃろな。1キロも離れれば、ミケも多少なりと安心しとる。こちらがなにかした、それは分かっても実害がなければそう遠くへは逃げまい。こっそり近づけば大丈夫じゃ」



「なるほど!」



「ポー、獲物を追うときに限らず、なにかと対峙するときには、相手の立場に立って思考することが最も大切じゃぞ。ミケはこのゾルディック家の敷地という環境の中では、生態系の頂点におる猛獣。わしら家族がミケを襲うことはまずないから、ミケにはそもそも【外敵】という認識がない。ポーの念のイカを見て逃げ出したのはそのせいじゃろう」



念のイカって。



「えっ!?でも、侵入者は――」



「あれも、餌かそうでないかを判断しとるだけじゃからのー。そりゃ、獲物に近づいてきたぞ。気配を消せ」



「はい!」



ゼノさんは葉擦れの音もなく、草影に潜んだ。



私も続く。



湖のほとりで、ミケは気持ち良さそうに日向ぼっこしていた。



「やった……!水辺にいる!!」



「追い詰めた、と思っとるなら間違いじゃぞ、ポー。ミケは泳ぐのも旨い。水中ではワニにもサメにも負けん」



「水の中なら絶対勝てます!!というか勝ちます…!!」



「わかったわかった。ポーは臆病なのか自信家なのかわからん性格をしとるのー」



「私は……怖いのが嫌いなだけです。水の中で怖いものなんて、ないですもん」



「ふふん。ならば行って仕留めてくるがよいわ。じゃが、油断するなよ」



キラリ、とりっぱな眉毛のしたで、ゼノさんの目が光った。



無言で頷いて、私は完全に絶の状態になる。



ゼノさん、さっき言ってくれたもの。獲物と対峙するときは、相手の立場に立って考えろって。



ミケはお腹が減っている。



昼御飯を食べそびれて気だってたってる。



例えば、そんなときに目の前に、美味しそうな餌が現れたら?



「うまくいく!絶対……!」











       ***













さあて、どうするかの。



「あのイルミが、わざわざわしらに会わせたがったおなごじゃからなー。ミケの昼飯にはしたくないが……ま、シルバのやつが相手をするよりはマシか」



それにしてもあの嬢ちゃん、自信があるだけあってやるもんじゃ。



なかなかの絶だと思ったが、水に入った途端、完全に気配を消しおった。



わしの円でもわからんくらいじゃなー。



どれ、今度水中戦にでも誘ってみるか。



そんなことを、面白半分に考えたとき。湖の水面がぐうっと競り上がった。



「なんじゃ……魚?」



ザパ――――――ン!!!



ピクッと、ミケが反応する。



湖面から飛び出したのは、巨大なアリゲーターフィッシュ。



空腹時のミケは何でも食らいつく。



たまに、正門から入ってきたものに襲いかかることもあるくらいだ。



この偶然に、ふと策略めいた臭いを感じた。



「……なるほどのぅ」










       ***













「獲ったど―――――っ!!!!」



『キャウンキャウンキャウンキャウン………!!!!』



ザパザパザパゴババゴババババ……。



湖に入る。



魚とる。



水面に放り投げる。



ミケ食らいつく。



捕獲。



「大成功!!観念しろー、ミケ!水の中じゃ絶対負けないもんねー!」



触手の滑りも、吸い付きも、動きの素早さもなめらかさも……陸上なんて比じゃないんだもの!



楽!



「あーもう、ここから出たくないっ!」



しばらくミケとじゃれていたら、湖の畔でゼノさんが手を振った。



「ポー、そのくらいにしておけ。ミケが溺れてしまうぞ」



「あ、そっか。はーい!」



嬉々として、ビッショビショになったミケと一緒に陸に上がって、当初の目的を思い出した。



「ミケの毛並みがぺっちゃんこに!!!これじゃあふこふこ出来ないじゃん!!!」



「ダッハッハッハ!!そもそもの目的を忘れてしまうとは、ハンターとしてもまだまだじゃの!」



「ううう……がんばったのにな~。あ!」



ブルルッと、ミケが豪快に水しぶきを飛ばした。とたん、ゴロンッと仰向けになる。



服従のポーズ?



「親父。こんなところにいたのか」



ガサガサと、木立の間から現れたのはあの人だ。



「シルバさん。そっか、どうりで」



ミケは賢いなあ。



のんきにそんなことを思っていたら、シルバさんが私の前にズンズンやってきて、ニヤッと意地悪そうに笑った。



「ポー、キキョウがカンカンだったぞ?」



「え……?」



「昼飯の支度をすっぽかしただろう」



「あ―――っ!!??」



忘れてたあ―――!!!



「どどどどどどうしよう!!謝りたいけど土下座しても許してくれる気がしない怖い!!」



「いい勘だ」



うん。



そんな、深々と頷かれましても!!



「うえ~ん、助けてシルバさ~~ん!!」



「俺に泣きつくな。ミケを追いかけ回して、時間を忘れたお前が悪い」



「それはそうなんですけど……!!」



「――が、条件によっては庇ってやらんこともない」



う。



嫌な予感しかしない。



「……なんですか?」



「俺と闘って一撃入れてみろ」



「謝ってきます」



 ビュン、と飛んでいこうとした首根っこをむんずと捕まれる。



ぬるん、と滑らしても先回りされてあっさり足払いされ、こかされてしまう。



「嫌です嫌です嫌ですぜ~~~~っったいに、嫌です!!!!」



「闘わなければイルミとの交際を認めないと言ったら?」



「もう、そもそもの条件から変わってるし……!!なんでですか!?弱いもの虐めして楽しいんですか!!?いい年こいて虐めっ子ですか!!??」



「虐めている気はないんだがな。第一、お前は弱くはない」



「そんなことないです……!だいたい私、ひとと闘うの嫌いですもん」



痛いし。



怖いし。



逃げたいし。



「だが、俺はお前の力が見たい。陸上戦が不得意なら、水中戦でも構わん」



「……水中……本当ですか?」



「ああ」



「じゃあ、水の中で闘って、シルバさんに一発でも私の攻撃が当たればいいんですね?」



「そうだ。なんだ、闘る気になったのか?」



「嫌ですけど……水の中なら、いいですよ……」



はうう……どうしてこんなことに。



お腹も空いたし、お腹も空いたし、怖いし嫌だし、お腹も空いたし……。



お腹も空いたし……。




『キャウンキャウン………!!』



「ん……?」



「なんじゃ、どうしたミケよ」



ミケが逃げ出した。



なんでだろ。



それにしてもお腹が空いた……。



でも、シルバさんはお構いなしにザブザブと湖の中に入っていく。



はあ~~……。



「ダッハッハッ!結局はこうなるか。なんとか助けてやろうと思っとったんだがのう」



「ゼノさん、もしかしてミケの捕まえ方を教えてくれたのって」



私をシルバさんから遠ざけるために?



「こうなってしまっては水の泡だがのう!ダッハッハッハ!!」



「……ありがとうございます」



「うむ。ところで、ポー、さっきわしが教えたことを覚えとるか」



「狩りに限らず、なにかと対峙するときは、相手の立場に立って思考することが一番大切ってやつですか?」



「そーじゃ。今も例外ではないぞ。シルバの立場に立って考えてみろ。お前が奴なら、お前をどう迎え撃つ?」



「……シルバさんは、私の力が見たいって言ってました。わざわざ、私にとって有利になる水の中を選んでまで
――そっか、じゃあ、きっと初めから本気で攻撃なんかしてこない。打たせるつもりでいるんだ。でも、打たれる価値のない攻撃なら、避ける」



「うむ。ポーは賢いの。前言撤回じゃ」



「ゼノさん、なら私、思いっきりシルバさんの胸、借りてきます!!」



「行ってこい行ってこい。じゃが、死ぬなよ……?」



「死にませんよーだ!」



絶……。



気配を消して、入水。



水中にいるシルバさんの位置はわかる。



潜む、隠れる、一撃必殺。



考えてみれば、私にとってこれ以上有利なシチュエーションってない。



私の力が見たい。



そのために、シルバさんはなにもかも分かった上で、自分を不利な立場に置いていてくれているのだとしたら――



だったら私は、全力で答えなきゃいけない。



この人の誠意に――









       ***











ポーが湖に入って三分後。



水面を突き抜けて、水柱とともに空に舞う、シルバの姿があったとかなかったとか。