「ただいまー。あれ?」
ポーに連絡を入れてから数日後。
もしかしたら、帰ったらポーがいるかもと密かに抱いていた期待は見事に打ち砕かれた。
かわりにリビングにいたのは、数ヵ月前にこの家を出ていったはずの弟キルアと、その友達(に数ヵ月前に認められた)のゴンだ。
二人は俺の姿を見るなり、オーラを高めて臨戦態勢をとった。
ふーん。
念、覚えたんだね。
「イル兄!!待ってたぞ!!」
「キル……お帰り。ずいぶん早かったねー、殺し屋稼業を継ぐ気になったの?」
「ならねーよ!」
「二日前に、ポーから電話があったんだ!イルミに呼び出されたからキルアの家に行きたいんだけど、勝手に行っても怒られないかなって!ねえ、どういうこと?ポーになにするつもりなんだよ!!」
「なにって、ポーが俺のところに嫁に来たいって言うから、じゃあ仕事が終わったら連絡するから来てもいいよって」
「………は?」
「………え?」
「それにしても、キルやゴンが戻って来るとはね。誤算だったよ。せっかくポーと二人っきりで、ゆっくり過ごせると思ってたのに」
「ち、ちょっと待ってくれ、イル兄!てことはなに、ポーってイル兄のことが好きなわけ??」
「うん」
「嘘だろ!!?」
「失礼だなー、キルは。ちゃんとポーから気持ちも聴いたよ、俺。脅しじゃなくて」
「そ、そういえばポーってさ、ハンター試験の間中、ずっとカタカタさんの近くにいたじゃない……?」
「あ――っ!!そうだ!しかも、軍艦島のホ、ホテルの部屋も一緒だった……!!」
「ゼビル島でのポーのターゲットもカタカタさんだった!!」
「晩餐会のときもいなかっただろ!!二人でナニしてたんだよ……!!」
「秘密。子供には言えないこと」
カチャーン!!
振り返って見ると、フリフリの黄色いゴシックドレスに身を包んだ母さんが、高そうなティーカップを粉々に握りつぶしていた。
わななく唇を白くなるほど噛みしめて、細い喉からふり絞られた言葉は一つ。
「……ダメよ」
「母さん、あのね。俺、実は好きな子が出来」
「ダメよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお―――――!!!!!!!」
キィン、と鼓膜が鳴る。
やれやれ。
やっかいなことになった。
「どこの馬の骨とも知らない泥棒猫がうちのイルミのことをすっ、すっ、好きですって!?しかも嫁に来るだなんて……キィ―――――――ッッ!!!!!!汚らわしいっ!!キルの家出につづいてイルミ!!あなたまで母さんを苦しませるなんて――なんて立派に育っ……じゃないわ!!そんなこといってる場合じゃないっ!!貴方!!イルミが!!イルミがああああああああああ―――っっ!!!!!」
バタバタバタバタバタバタ……。
「母さんてば、あの格好でよくあんなに速く走れるよねー」
「感心してる場合かよ!どうすんだよ!ババア大反対じゃん!!」
「なんとかなるよ」
「ならねーよ!ポーが来た途端、殺しにかかるぞ、あのババア!!」
「ねぇ、ポーを助けに行かないの?」
ゴンが、あのやけに光る目をしておれを見つめてくる。
なんだか少し、ポーに似ている気がした。
「行かない。行きたいけど、行ったらポーの気持ちや頑張りが無駄になる。だから、行かない」
「ポーが殺されそうになっても?」
「ポーは大丈夫だよ。殺されそうになる前に逃げる。それに、俺が助けに行くよりもはやく、ポーはここに来る」
「イルミはポーの力を信じてるんだね」
「まあね」
「そっか。ならいいや。俺もここでポーが来るのを待つ。でも、本当に危なくなったら助けに行くからね?俺はこの家の一員じゃないし、いいよね?」
「うん。頼んだよ」
「イル兄……」
もう、訳わかんねぇ~~!!
キルアが頭をかきむしったときだ。
キルアの携帯電話が鳴った。
「もしもし??……ポー!!!バカッ!お前今どこにいるんだよ!?――え、門の前??」
ヒュ、とその手から携帯電話を奪い取る。
すう、はあ。
よし。
「ポー、久しぶり。よく来たね」
***
……イルミだ。
「イ、イルミ……?」
『うん。俺』
「……久しぶり。元気だった?この前はいきなり無線に割り込んでくるからびっくりしたよ」
『だって、そう言えばポーの連絡先聞いてなかったからさ。どの船に乗ってどこにいるのか、探すの苦労したんだよー』
「あはは。まあ、いいや。ありがとう、連絡くれて。それよりさ、さっき執事室?の、ゴトーさんってひとにイルミに繋いで下さいって頼んだら断られちゃって。試しの門について聞きたいことかあったから、キルアに電話したんだけど……」
『俺が答えるよ。なに?』
***
「俺が答えるよ。なに?………え、ああ、うん。使っていいよ。は?全部開けたらなにかプレゼントでもあるのかって?暗殺料金の割引……してないよ、そんなの。そうだなー、物じゃないけど、7の扉まで開いて入ってきたものには、うちの親父とじいちゃんが直接会うことになってるけど……それなら全部開けるって?いいけど、出来るの?」
ふーん。
ピッ!
「勝手に切るなよ!!」
「イルミ、ポーはなんて言ってた?」
「今、試しの門の前にいるって。念を使ってもいいのかって聞いてきたから、いいよって答えた。そしたら、全部開けるってさ」
「全部!!?」
「それ、無理があるだろ!総重量256トン!俺だって五枚が限度だったし、強化系のゴンでさえ、六の扉の途中までしか開かなかったんだぜ?」
「でも、ポーは開けるって言ったら開けるからね」
「ゴンみたいなやつ……」
「ねぇ、ポーってなに系の念能力者なの?」
「特質系。その中でも珍しい能力だと思うよ。俺でもあんなの見たの初めてだし」
「前に、ヒソカと闘ったときにも使ってたんだよな……念能力。くっそお!スタートラインが違いすぎるって悔しいよな!」
悔しがるキルアの向こう……山の裾野を見渡せる窓の向こうで、なにかが動いた。とんでもない大きさのなにかが。
ズゥゥゥウウウン…………ッ!!!!
ズゥゥゥウウウン…………ッ!!!!
立て続けに、地響きがした。
「なんだアレ……なにか、風船みたいなものが膨れ上がってる!?」
「試しの門が――」
バン!
そのとき、リビングの扉が荒々しく開いて、親父が現れた。
俺を殴りにでも来たのかと思ったのだけれど、様子が違う。
「父さん。ただいま」
「ああ」
「母さんから話聴いた?」
「うむ。嫁を見つけたらしいな」
「うん。今、試しの門の前にいるんだけど、全部開けたら親父に会えるよって言ったら、全部開けるんだって頑張ってる最中」
「開くと思うのか?」
「どうだろうね。まともには無理だ。だから、なにか手を考えてくるんじゃないかな。ポーは試すのが好きだから」
「そうか」
と、言ったっきり、親父は筋肉隆々とした腕を組んだまま、獣のような鋭い眼差しで窓の外を見つめている。
バタバタバタバタドタドタドタドタ……。
「ミル、煩い」
汗だくになってリビングに転がり……駆け込んで来たのは次男のミルキだ。
あいかわらず、どこもかしこも太って丸い。ピンク色のワイシャツがいまにもはちきれそうで――実際、ボタンがいくつか弾けとんだ。
「あ、あ、あに、あに、兄貴、あれ……!!今、玄関のモニター見てたら……!!!!」
「ポーを見たのかよ、ミルキ!!」
「俺も見たい!ねえ、どんな念使ってた?」
「お前らの知り合いかよ!!!全くキルはろくな奴を連れてこないんだから厭になるよ!!ねえ、イルに……ひいっ!!?」
「…………………」
「ミルキ。ポーはイル兄の彼女だから、滅多なこと言わないほうがいいぜ~?」
「ぶはっ!!??ほ、ほ、ほ、ほんとなのかよ、それ!!」
「ねえねえ!どんな念!?どんな念なんだよ教えてよ!!」
「バーカ。ゴンならカメラじゃなくても肉眼で見れるだろ?」
「あ、そっか!」
「やれやれ、なんとも騒がしいの~。おや、イルミ。おかえり」
「ただいま」
ひょい、と顔を出したのはゼノじいちゃん。振り向くと、飛び出して行ったはずの母さんと末っ子のカルトもいる。
気づけばマハひいじいちゃんもお茶をすすってる。
総動員じゃないか。
やれやれ。
やっぱり、ポーはすごいな。
***
イルミがいる。
「うぎぎぎぎぎぎぎぎぎ……!!!」
イルミが、この門の向こうにいる。
ズゥゥゥウウウン……!!
イルミ……。
ズゥゥゥウウウン……!!
「うぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ……!!あ、あと一枚………!!!」
ゴウウウウウウウウウウウウン……!
イルミが……待ってる!!
「開けえ――――――っっ!!!!」
―――――………ッ
ザバ――――ンッッッ!!!!!
***
「あ」
「あ――っ!?」
「!」
開いた。
しかも、
「あーあ。あれ、壊れちゃったんじゃないかな」
やりすぎだよ。とぐちめくと、隣にいた親父が、ほう、と息をついた。
「なかなか骨のある嫁だな。いいだろう。資格は得た。俺が迎えに行こう」
「貴方ああああ――――!!!??」
「キキョウ。この家のしきたりだ。口を挟むな」
「………!」
ありがとう、父さん。
――て、言ってもいいかどうかはまだわからないけど。