7 暗殺一家の花嫁修業!!

 

 

 

 

 

「ポー」



うーん……。



「ポー、起きなって」



「……ん、ヤ……だ」



「また、襲っちゃうよ?」



ガバッ!!?



とんでもない台詞を囁かれ、冷や汗びっしょりで飛び起きる。



目の前には上半身裸のイルミ。



その向こうには、触手にす巻きにされてぐったりしているキキョウさんのお姿が。



……触手?



「うわお!!?す、すすすみませんすみませんキキョウさん!!」



「寝ぼけたポーは、本当にたちが悪いよねー。起きないから力づくで起こそうとしたらいきなり触手が飛び出してさ。母さんたら、手も足も出なかったよ。俺が起こしてもダメだったら、親父を呼びに行こうかなと思ってた」



「そんな危ない目覚ましやめてっ!!冗談じゃなく死んじゃうから!」



 「……………全く、手のかかる嫁だこと」



触手から解き放たれたキキョウさんは、衣服の乱れをサッと整え、ピシリと背筋を伸ばして言った。



「では、さっそく花嫁修業を始めましょう!顔を洗ったら厨房へいらっしゃい」









       ***











特にすることもないので食堂で待っていたら、キルアとゴンが先を争うように駆け込んできた。



「兄貴、おはよ!」



「おはようイルミ!ポーはまだ花嫁修業中?」



「ああ。さっきからこうして待ってるんだけどね。まだ一品の料理も運ばれてこない」



「うひょ~気になる~~!おい、ゴン!ちょっと厨房を覗きに行こうぜ!」



「うん!」



「やめといた方がいいよ。母さんにつまみ上げ出される。なあ、ミル」



「…………」



二人が視線を落とした先には、鞭跡だらけのミルキが無惨に転がっていた。



「し、仕方ない。おとなしく待ってるか……あ、親父にゼノじいちゃん。おはよう!」


「ああ」



「おはようさん、キル。なんじゃ、朝飯はまだ出来とらんのか?」



朝の鍛練を終えた二人が、さっぱりした顔をして席につく。



「……」



「妙だのう。ポーにはキキョウさんがついとるんだろう?」



「そうだけど。俺、やっぱりちょっと見てくるよ。今朝のこともあるし、なんだか心配になってきた」



「今朝?」



怪訝な顔で、父さんが問う。



「うん。ポーを起こしにきた母さんが、寝ぼけたポーに餌と間違われて襲われたんだ」



「……キキョウが?」



「ほほう!そりゃ本当か、イルミ」



「うん。俺も驚いたよ。念の基本の四大行をはじめ、ポーはもともと無意識にオーラを操ることが多かったけど、中でも食べることや眠ること……生命維持に係わることに関しては、個々の能力値が極限まで上昇するんじゃないかな?母さん、されるがままだったし」



「イルミ。ポーと闘ったことはあるのか」



「あるよ。ハンター試験中、ポーに体術訓練を頼まれたからね」



「腕は」



「悪い。いつまでたっても逃げ癖が直らないし、出来の悪い弟子だった」



「……」



食堂全体がなんとも言いがたい沈黙に包まれたとき、「おまたせ~!」と、能天気な声とともに、エプロン姿のポーが現れた。










       ***












「皆、遅くなってごめん!!ちょっと最後の調整に手間取っちゃってさ~」



「貴女が時間通りに起きていれば、ちゃんと間に合ったと思いますけれどね。ねぇ、カルトちゃん?」



「はい、お母様」



「それについては言い訳のしようがありません……」



寝ぼけた上に、あろうことかキキョウさんをす巻きにしてつるし上げるなんて……ううう!



しかも、キキョウさん何故か怒らないんだよ!


ゴーグルの緑のライトが逆に怖い!!



「……まあ、いいでしょう。皆様、なにかと不出来な嫁ですけれど、どうか許してやって下さいませね」



「キキョウさん……!!」



「罰としてポーは朝食抜きです」



「え―――っ!!!!」



そんなあ~~!!!



涙目でイルミを見る。



イルミを見る。



イルミを見る。



「いただきまーす」



この冷血鉄面皮!!!



「イルミのバカ――!!!」



「だって、ポーが悪いよ」



くりっ、と首を傾げて、イルミは待ちかねていたように目玉焼きにフォークを突き刺した。



「あっはっはっはっ!!ポーはほんとにバカだよなあ。いただきま~す!!」



焼きたてのトーストに、バターとジャムを山のように盛りつけ、ミルキがこれ見よがしにかぶりつく。



……いいもんねー。



好きなだけお食べなさい。



「ご、ごめんね、ポー」



「あとでこっそり、俺のチョコロボくん分けてかるからな!へへ、それにしても美味そう!ハンター試験のときにも思ったけど、ポーって料理上手いよな!」



「うん!あのとき食べたちらし寿司、とっても美味しかったよね!」



「おしいな~、俺があと10年早く生まれてたら絶対嫁にして……じ、冗談だって、イル兄!!」



「今回だけだよ。大目に見るのは」



あーあ。



イルミのフォークが折れちゃったよ。



さて。



もうそろそろ、効いてくるころか。



「……うっ!!?」



カチャーン!



「ゴン!?」



「ゆ、指が……う、動かな……!」



「どうして!お前、ちゃんと念でガードしてなかったのかよ!?」



「し、してるよ……っ!してるけど……ダメだ、身体が痺れて、動けないや」



「やっぱり、一番先に利き目が出たのはゴンか」



「やっぱりって……ポー!お前、知ってて何もいわなかったのか!」



キルアが、ゴンを抱えてシリアスに怒鳴るのだけれど。



「だ、だって……毒が入ってるのは分かってたじゃないの。大丈夫、呼吸器系には影響のない、ただの痺れ薬だから。それに、今回はデータをとりたかっただけだから、五分もすれば問題なく動けるようになるよ」



「そ、そりゃそうだけどさぁ。あのなあ、ゴンは毒慣れしてないんだから少しは手加減――」



バタ……!



「キルアのお皿には、眠り薬ね」



「キルア……!」



「キル」



「キル!!」



動けないゴンの上に、折り重なるように倒れたキルアを抱き起こす。



「脈拍正常、問題なし」



「順調ね。ああ……すばらしいわ、ポー!!」



キラキラ、キキョウさんのライトがきらめいている。



うーん。



嬉しくない。



「ごめんね~~、こっちも五分くらいで目が覚めるから」



「ひいいいいっ!!!??」



「ふーん。ポー、俺のには何が入ってるの?」



「イルミ、立ってみて」



「……!」



途端、イルミの黒目が真ん丸になる。




「どう?どう???」



「……びっくりしたー。足に力が入らないよ。こうなるまで全然気づかなかった。毒が効くなんてガキの頃以来だ。なんか新鮮」



「あ……兄貴まで……!!??お、俺のにはな、何を入れたんだよ!!答えろよ!!!」



脂汗を流しつつ、絶叫するミルキ。



「ミルキくんのには……」



「ごく……っ!」



「脂肪燃焼を促進する痩身剤!悪玉コレステロールをはじめ、体内の老廃物、むくみを徹底排除するデトックス効果!!さらに脂質、糖質、塩分、炭水化物を全70%カ――ット!!」



「なに勝手に痩せさせようとしてんだ――!!うおお!!もういやだ!食えるかこんなもん――」



ミルキが顔を真っ赤に、手に持ったトーストを床に投げ捨てようとする。



そこを、触手で取り押さえる。



「な……っ!?放せ、この――ひぃ……っ!!?」



「残すんだ?」



ズア………ッ!!



身体から無数の触手が吹き出すのが分かった。



怒ったぞ。



この甘ったれ次男坊め。



「あ……あ……」



「私が朝食抜きなのに……?早起きして頑張って作ったのに……?ミルキ君、知ってる?食べるっていうのは、生きるってことなんだよ?朝御飯は、その日一日を生きるための始まりの食事なんだよ?それを食べずに残すってことは、生命維持を放棄したものと見なしてもいいんだよね――」



「……………食べます」



「うん!いっぱい食べてね!お代わりあるから!!」



にっこり笑う私に、ミルキは青い顔をしたまま席についた。



パリ、と小さくトーストをかじる。



「ポーはほんと、怒ると怖いよねー」



「イ、イルミにだけは言われたくない……!」



「ハッハッハッハッ!!」



「ダッハッハッハッ!いやー、やられたのー」



「やはり、お前は面白い女だ。ポー、俺の皿にはなにを入れた?」



私たちがわちゃわちゃ騒いでいる間に、シルバさんとゼノさんはとっくに食事を終えていた。



痺れたゴンと、眠るキルアと、汗だくのミルキ。



さらに、下半身の動かないイルミが目の前にいるのにも関わらず、ズズズ……と、執事さんが運んできたコーヒーと緑茶をそれぞれ飲んでいる。



タフだなあ……精神的に。



「えっと、シルバさんとゼノさんのにも、キルアと同じ種類の睡眠薬が入ってるんですけど、たぶん、普通に盛っても効かないと思ったので――」



「ふむ」



「身体には無害なものだと認識させるために、睡眠導入剤のもととなる成分を分解して注入してみました。今、最後の成分が体内に入りましたから、脳内で合成が始まっているはずです。あと数秒したら変化があるかも!」



「……」



「……」



ぴた。



カップと湯飲みを持つ二人の手が止まった。



そのまま、ゆっくりと、前のめりになりかけて……。



「ぬん!」



「ハアッ!!」



バシュッ!



シルバさんとゼノさんの身体から、オーラがほとばしった。



あーあ、もうバレたか。



「うう……!苦労したのに、五秒ともたなかった~~!!」



うえ~~ん、とテーブルに泣き伏すと、めずらしくイルミがよしよししてくれた。



「なに言ってるの。二人の動きと思考を三秒鈍らせただけでも、ものすごいことだよ。ねぇ、父さんにじいちゃん」



「ダッハッハッ!何十年ぶりかのう!わしもまだまだ鍛えが足りんわい」



「……キキョウ」



「はい、貴方」



「ポーの分の食事を用意してやれ」



「やった――!!シルバさん大好き!!!」



ゴホンッ、と咳払いひとつ。



残りのコーヒーをちゃんと飲んでくれるシルバさん……かっこいいなあ。



「親父、ポーに甘いんだね」



「この俺の命をとる隙を作り出した。充分合格点だろう」



「そうだね。念のために言っておくけど、ポーは俺のだからね」



「イ、イルミ!?」



「貴方ああああああ!!!??わた、わたくしというものがありながら、若い女にうつつを抜かすなんてえ―――!!!しかも、何ですか!ゾルディック家の当主ともあろうものが、花嫁候補の毒料理なんかにくらくらと……!!!キイ――!!ちょっと!奥でお話があります!!!」



ライトを真っ赤に、キキョウさんはシルバさんの首根っこをひっつかむなりズルズル引きずっていく。



バタン!



「いつものことだから」



淡々と、イルミ。



ゆったりと足を組んで、砂糖とミルクをたっぷり入れたコーヒーを飲む。



あ、もう動かせるようになったんだ。



「ふあ~~……あれ?俺、どうしたんだ?親父とババアは?」



「キルア、おはよう!ポーの入れた眠り薬が効いてたんだよ」



「ええ!?まじかよ、なんで!?俺の身体、大概の毒には耐性あるぜ?」



「普通の毒だけならね」



にんまり笑うと、ゼノさんがダッハッハッハッ!と豪快に背をそらして、聞いてきた。



「普通の毒、か。お主、念を使ったの。恐らくは昨夜、毒のフルコースを食べるために編み出した微細な念の泡……そのひとつひとつに毒を含ませ、わしらの体内にある抗体を攻撃させ、注入した。違うか?」



「ゼノさん、すごい!」



「ダッハッハッハッ!!」



「ああ、そうか。さっき、親父とじいちゃんは練をして体内にあるポーの念を吹っ飛ばしたんだね」



「そういうことじゃ。ふふん、ポーの能力は単純型ゆえに、応用力に優れておるのぅ。いや、一本とられたわい」



「ありがとうございます。でも、まだまだ改良点は多いですね。もっと、個体の身体特徴に合わせた毒成分の合成を短時間で行えるようにならないと――」



くいくい、と、小さな手に袖を引かれた。見ると、心配そうな目をしたゴンが。



「ポーは、この能力をどうするの?」



「どうって?」



「毒を盛れるようになって、どうするの?ひとを殺すの?」



「ええ!?そんなことしないよ。他にもいっぱい使い道があるじゃない。例えばさ、超大型の海洋生物を捕獲するとき、麻酔弾なんかで傷つけなくても脳に睡眠薬を送り込むだけで安全かつ確実に眠らせることが出来るし、投与すれば副作用が出るような薬でも、この方法なら効かせたいところにだけ作用させることが可能かもしれないし……そっか、ドクトル。お前はやっぱり、医者に向いてるよね」



シュル、と、ゴンの口から透明な煙が吐き出された。皆の口や、お皿についた食べかすからも、ミクロのサイズの念の泡が集結し、魚の姿を形作る。



「流石、“お魚の名医”!ねえ、レオリオが見たら羨ましがると思わない?」



「思う思う!そっか、念は使い方次第だもんね!ごめんね、変なこと聞いちゃった」



「ううん。私こそ、皆の身体で勝手に試すような真似しちゃってごめん。やっぱり、キキョウさんには悪いけど、次からは断ることにするよ」



「えっ!」



「なんで?俺は別にいいよ。毒が入ってるのはいつものことだし、気にすることじゃない」



「イルミ……」



「俺の修業にもなるし。ミルキのダイエットにもなるしさ」



「いらないよ!それは!!」



「俺も、ポーがさっき言ったようなつもりなら、なんにも止めたりしない。イルミと一緒で、念の修業にもなるから、やめたりしないでいいよ」



「ゴン」



「俺も右に同じ!だいたい、ババアの作るのより、ポーの料理の方がよっぽど美味――いてっ!」



「お母さんの手料理を悪く言うな!贅沢者!!」



「わ、悪かったよ!」



私たち五人がわいわい騒いでいる様子を、ゼノさんはデザートに羊羮を食べながら、微笑ましそうに眺めていた。