「ポーは俺の部屋で寝ようね?」
「うええええ!!!??」
お風呂に入って(これがまた、どこかの温泉みたいに広々した洞窟風呂で……というか、ククルーマウンテンって、一応火山だから……まぎれもなく天然の温泉だった。お肌ツルツル……)
歯を磨いて、さあ寝ましょう。
という間際。
イルミの爆弾発言に、すぐそこまでやって来ていた眠気が綺麗さっぱり吹き飛んだ。
「ちょ、ちょっと待てよイル兄!!」
「一緒に寝るって、一緒に寝るって……!!」
「バリボリバリバリボリポリ!!」
「ミル兄も菓子食ってごまかしてないで止めてくれよ!!」
青くなったり赤くなったりする私。
大慌てで止めに入る皆。
言ったご本人は、いたって平然と私を見下ろしておられる……。
「なに驚いてるの?ポーは俺のお嫁さんになるんでしょ?夫婦は一緒に寝ないとおかしいよね?」
くりっ。
いや、そんな、可愛く首を傾げられましても。
「ねぇ、母さん」
「……(チラ……ポッ)」
「父さん」
「ゴホンッ!」
「ゼノじいちゃん」
「ダッハッハッハッ!!若いのう!」
「ポーは?」
「よーし!ゴン、キルア!部屋で枕投げしよっか―!!」
「……」
ガシッ!
「じゃあ皆、お休みなさい」
「ぅいやああああああああああああああああああああああああああああああああああ~~~~~~!!!」
イルミのバカ力あああ―――っ!!
バタン。
***
「あああ……ごめん、ポー……俺、ポーのこと助けられなかった……」
「仕方ないよキルア、こればっかりはさぁ」
はあ~~……。
***
「イ、イルミ、待って!!私、ま、まだ心の準備が……!!」
首根っこをひっつかまれ、ズリズリと引きずられてきたのは、屋敷内でもかなり奥まった場所だった。
ミルキやキルアの部屋の並んだ廊下を、さらに複雑に突き進んだところに、真っ黒なドアがひとつ。
こ、ここがイルミの……!?
ガチャ。
「どうぞ」
「ちょ、ち、ちょっと待ってってばイル……!?」
「……」
イルミの部屋はまっくらだった。
有無を言わさず引きずり込まれ、ドアが閉まると完全な暗闇に包まれる。
「ポー」
ぎゅう、と抱きすくめられ、心臓が止まるかと思った。
イルミの体温。
イルミの匂い。
サラサラ、癖のない髪が私の両肩に滑り落ちる。
ゆっくりと、鼻先が触れあう。
……ちゅっ。
「ん……っ」
激しいキスじゃなかった。
まるで、軽い挨拶でも交わすようなバードキス。
懐かしい。
そう言えば、イルミと初めてキスをしたのも、こんな暗闇の中だったな。
軍艦島のホテルが最初だとばかり思ってたんだけど、実はそうじゃない。
ファーストキスは、トリックタワーの落とし穴。
あのときは、真っ暗な場所に落ちたショックで、なにが起こったのかわかってなかったんだけど。
唇になにかが触れた感触……あれがイルミからのキスだったんだと気がついたのは、試験が終わって、彼と別れた後のことだった。
そうとわかったときにはもう、全身から火が吹き出すかと思ったよ。
なんてことを考えていたら、イルミの唇がもう一度降りてきた。
二度目のキスは、さっきよりも、少しだけ深い。
「イルミ……」
「ポー。なんで嫌がるの?俺と寝るのが、そんなに嫌?」
「そうじゃないけど……」
「けど」
「……は、はず、恥ずかしかったから!!だって、みんな見てたじゃない!!なにも、あんなところで言わなくったって――」
「なーんだ」
ドン!
「うわっ!?」
どさ、と、押し倒されたのはベッドの上。
それも、いつだったかイルミが「うちのベッドはこのサイズ」と言っていたキングサイズのベッドだ。
シーツはおそらく黒いシルクで、スベスベでふかふかでいいにおいがして……。
「気持ちいい~~!!こんなベッドで毎晩寝てるんだ。いいなあ~~!!」
「毎晩じゃないけど。仕事のない夜だけね」
バサッ!
絹すれの音。
手探りでベッドサイドのスイッチを見つけ、パチンと点けて、絶句する。
「…………あの、イルミさん」
「なに?」
「なんで服脱いでるの……!?」
逃げよう。
ぬるりとかわしてするりと逃げよう。
いくらなんでも心の準備が出来てなさすぎる……!!!
ベッドのすみっこへジリジリ後退する私に、イルミは心底不思議そうな目をした。
「なんでって、俺、いつもこうだけど?」
さ……さいですか。
「ポーは服着たまま寝るの?」
「うん!寒いの嫌いだからね!!」
「そうなんだ」
くりっ。
うおおおおう!!
そんなムキムキした身体してるくせに、かわいいことすんなっ!
しっかり割れている腹筋とか。
上はがっしり筋肉質なのに、腰のところはするっと細まって、綺麗に括れていたりとか。
なんかもう目のやり場に困りすぎた私は、灯りを消すなりシーツの海深く潜りこんだ。
無理無理無理!!
眠れない!絶対眠れっこない!!
ギュッと瞼を閉じていると、イルミもベッドに入ってきた。
なんだか、見られている気配。
目を開けると、シーツの間からイルミの顔が覗いていた。
「明日は、4時に起きて花嫁修業だっけ」
「う、うん。キキョウさん曰くね。まあ、こんな機会なかなかないだろうし、がんばってみるよ」
「うん。がんばれ。お休み、ポー」
「……お休み」
ほっ。
なんだ、イルミも普通に一緒に寝るだけのつもりだったんだ。
よかった……。
「今はね」
「!!!!????」
「なんて顔してるの。この際だから聞くけど、ポーは、俺とキス以上のことするのは嫌?」
「い、嫌じゃないけど……」
「けど」
「早すぎるよ!!心の準備が出来てないよ!!」
「そうなんだ。俺はバッチリなのに」
なにがバッチリか!!
人の気もしらないで……いきなり嫁にこいって言ったまま、半年間もほったらかしにしてたくせに!!
流石にムカッときて怒鳴り付けようとした、その直前。
イルミの手が頬に触れた。
「ちゃんと待つよ。だから、そんな顔しないでね」
「……いいの?」
「うん。色々と無茶させてるのは分かってるから。とりあえず、今はポーが俺の側にいてくれるだけで、満足する」
「そっか。……ごめんね」
「謝ることじゃないよ。ポー、あのさ、本当にもう寝ちゃうの?半年ぶりに会えたから、俺、もう少しこうやって、ポーと話しがしたいんだけど」
「えっ」
「また今度にしようか。母さん、時間には厳しいから。寝坊しちゃったらうるさいだろうしね」
「す、少し話すくらいなら、大丈夫だよ。なに?」
もそもそ、シーツから顔を出す。
夜目がきいてきたからか、さっきよりも暗闇がましに思えた。
イルミの白い顔が、枕の上に乗っている。
私の分はないので、そのまま転がっていたら、イルミが片腕を伸ばした。
「はい、腕枕」
「え、でも」
「大丈夫。痺れたりしないし。俺」
「ありがとう……」
「それは俺のセリフ。ポーがすぐに来てくれてよかったよ。いい加減、我慢がきかなくなっちゃうところだったからね」
「が、我慢って」
「これでも、会いたかったんだよ?俺さ、仕事中は仕事用の俺に切り替えるから、今まで、殺し以外のことは考えたことがなかったんだ。でも、この半年の間はまるでダメだった」
「イルミ」
「ターゲットの囲ってる女とか、一緒のベッドで眠ってる愛人とか、ポーと同じような東洋人で、髪型とか似てると、つい確かめたくなっちゃって……淡い茶色の、セミロングのウェーブって結構いるんだよね」
「いないから!!なにをどう間違ったらそんなところに私がいるの……!?」
「わかってるよ。わかってるけど、ダメだったんだから仕方ないだろ。しまいには親父にも、なにかあったのかって勘づかれるしさ。もー、焦ったよ。ハンター試験の関係者を脅して吐かせるなんて、親父になら造作もないことだろうし。俺の仕事が片付くまでに、ポーのことがバレて殺されちゃったらどうしようって、そんなことばっかり考えてた。だから、本当に会えてよかったよ」
淡々とした声。
イルミは静かに私を見つめたまま、眉ひとつ動かさない。
でも、行動は違う。
腕枕をされていたはずなのに、気がついたら彼の腕に抱き締められていた。
頬や、鼻や、唇に。
裸の胸が押しつけられる。
どちらのものともつかない、高鳴る鼓動が不思議と心地よかった。
作り物めいて見えるのに、イルミの腕の中は、彼の手のひらと同じように温かかい。
「会いたかったよ」
自分に言い聞かせるように、イルミは繰り返す。
「ポー、会いたかった」
「……私も」
離れている間、私は、数えきれないほどイルミのことを考えた。
初めて会ったときのこと。
ジョギングをしながら、纏と絶の手解きを受けたこと。
霧の中で弟子入りしたこと。
二次試験で、せっかく作ったカツ丼を食べられちゃったこと。
飛行船では、半ば強制的に、好きだと言わされてしまったっけ。
それから、
それから……。
「会いたかったよ……イルミ」
腕を伸ばして、私は目の前の身体を抱きしめる。
ここにいる。
夢でも幻でもない。
現実なんだ。
ちゃんといるんだ……。
気持ちよさのあまり、うっとりとイルミの胸にすり寄ると、
「ポー」
「イルミ……なに、この手」
ガシッ。
ぐいっ。
腕枕になっているのと逆の手が、私の両腕を掴み上げた。
「待つって言ったじゃん!!」
「だって。今のはポーが悪いよ?」
くりっ。
かかかか、可愛く首を傾げて誤魔化すなああっ!!
するっ、と、腕枕が消えた次の瞬間。
「きゃ――っ!!いやあああ――っ!!イルミの嘘つき―――っっ!!!」
標高3700メートルのククルーマウンテンの山頂に、私の悲鳴が響き渡ったのは言うまでもない。