「お腹いた~~い~~!!!」
ゴロゴロゴロ……。
「食べ過ぎだよ」
「ポーはバカだな……」
ゴロゴロゴロ……。
広間の絨毯の上をのたうち回る私に、イルミル兄弟の冷たい視線がつきささる。
ううっ!薄情者たちめっ!!
「だって……!あんな美味しいステーキ、これを逃したらもう一生食べれないと思って……!!!」
「だからって、七枚は食べ過ぎだよ?」
くりっ、と首をかしげるイルミ。
ポーはバカなの?バカなの??
とでも言いたそうだ。
「うう……苦しい……は!?きっと毒が回ってきたに違いない!イルミ~~!!」
「だから、ただの食べ過ぎだよ。もし本当に毒が回っていたら、動けないししゃべれないし息できないし、今の自分の状況も理解できないくらいに苦しいよ?」
……そ、そんな毒が今、身体の中に?
「うええ……!!なんか、それ聞いたら余計に気分が悪くなってきた……」
「トイレで吐けよ!!」
「吐かないよ!!もったいない!!キキョウさんが焼いてくれたステーキだよ!死んでも吐くわけないでしょ!!もうなんかミルキくんのその発想が金持ち過ぎて腹立つわ!!!」
キュイイイン……!
あれ、気のせいか今、奥にいるキキョウさんのゴーグルが緑になったような。
「じゃあどうするの?」
「うん……体内の毒素は全部吸いとったはずだから、あとはこれをひとつにまとめて――!!?」
グリュウウウ………!!!
「ポー?」
「………っ、あ、うあああ………!」
なに、これ……!!
腸がよじれる……胃が……!
「ポー、どうしたの」
前のめりになる身体を、イルミが支えてくれる。
あ、なんか、いつもより……優しい気がする。
グリュウウウ………!!
「っうああああ……!!!」
「ポー……!!」
「ど、どうしよう……あっ、ママ!」
「どきなさい、イルミ」
「嫌だ」
「どきなさい。わたくしが診ます」
「え……」
イルミの手のひらのかわりに、別の手のひらが額に当てられた。
なんだろ……いい匂い。
薄い、シルクの手袋ごしの、細い指先。
「……毒が回っているのではないわね」
キュイイイン……。
緑色の光。
あ、何かと思ったらキキョウさんか……。
「胃から内臓にかけて、激しい痙攣がみられるわ。“ポー”、構わないからミルの言うように吐き出しておしまいなさい」
「……イヤですよぅ」
「それでもあくまでステーキをとるんだ。殺し屋以前に、人に向いてないよ、ポーは。いっそ深海魚にでもなったら?」
オニボウズギス先生のことかあ……!!
「全く……食い意地の張った嫁だこと。食べたければ、また今度焼いてあげます。もっと毒の効いた美味しいステーキを」
「!」
「……ぜ、絶対ですよ!!約束ですからね……!!」
グリュウウウ……!!
ううううう……!!
き、気持ち悪……もうダメだ、限界……!!
「うええ……っ!!」
ズルルン!!
前屈みになったとたん、喉の奥から固体とも、液体ともつかない生暖かいものが競り上がり、床に滑り落ちた。
「ギャ―――――ッ!!??」
「な……!?」
「なんだ、これ!!」
バタバタバタバタバタバタバタバタバタバタ……!
騒ぎを聞きつけたゴンとキルアが、血相を変えて駆け込んでくる。
「ポー!!」
「今、ポーの叫び声が……な、なんだこいつ!?」
それは、ガラスのように透明な生き物だった。
シャンデリアの光を受けて、わずかに輪郭が分かるくらいの。
クラゲ……みたいだけど、また違う形状だ。薄くて、ヒラヒラしてて、お腹や背中に試験管みたいな管をいっぱいつけている。
よく見ると、中で液体が揺らいでいた。
フワアアアア………。
「おー……飛んだ……!!」
「魚……?魚なのか、これ……」
「念の魚か。念魚っていうのを、俺の知り合いが持ってるけど、それに似てるね。具現化系の能力だよ」
「魚……いや、これ、形は魚だけど、“驚愕の泡(アンビリーバブル)”の集合体のはずだよ?」
「それって、ポーの身体の中にいた、バクテリア?」
「うん、そう……それがまさか、こんな生き物になって出てくるとは」
それにしても、長い身体だ。
深海に、リュウグウノツカイって魚がいるけど、それにも似ている。
空中を泳ぐ姿が綺麗で、しばらくみんなで床に座ったまま眺めていた。
「なあ、あの管みたいなやつ、なんなわけ?」
「……さあ?なんだろう……浮き袋かな?ちょっと、おいでおいで~~」
「来たし!」
「当たり前だろ。ポーの念魚なんだから」
魚には背鰭と胸びれがなく、その代わりにいくつもの管がならんでいる。
管と魚は、細い糸のようなものでつながっている。
そのひとつを、ぷちんと千切ってみた。
「なんだろ、これ……」
「貸して」
瞬間、イルミの手が見えないはやさで管を奪い取った。
ごく微量を嘗めとり、
「液状化したテトロドトキシンだ。普通は、白色固体のはず。なのに液状化している……?嘗めてみたところ、水で薄めている濃度ではないみたいだね」
「常温で液状化ですって……あり得ないわ!!」
「この念魚の能力じゃないのかな。きっとこいつは、ポーが食べた毒を吸いとって、こうして身体の一部に蓄えているんだ。携帯できる見えない毒薬庫。いいな。便利だなー、これ」
「テトロドトキシンか……フグやヒョウモンダコ、アカハライモリを代表格に、自然界でも多くの生き物が利用している毒成分だね」
「おいババア!!これの致死量は1~2ミリリットルのはずだろ!なんだよ、この量!!七倍どころの話じゃねーだろ!!」
「いいえ、キル。我がゾルディック家の成人男性の平均的な想定致死量の約七倍です」
そんなことだろうと思った……。
「へー、人の身体から毒を吸いとってくれるのか。ならこの念能力の名前は“お魚の名医(ドクトルフィッシュ)”!」
「またダジャレ……」
「ダジャレって言うな!!」
「毒を吸いとる?いいえ、違うわ」
プルプル……キキョウさんが震えている。
イルミルキルゴンがさっと耳を塞いだので、私もならった。
「イルの言う通り、これは人の目に見えない念の毒薬庫!!いいえ!!この念魚自体に人体への毒の注入方を仕込めば……!!!ポー!!貴女、本気で殺し屋を目指すつもりはなくって!!???」
「ありませんよぅ!私は生物学者なんです!いかに殺すかじゃなくて、いかに生きているのかを調べるのが仕事なんです!!」
「そう考えると、ポーと俺の仕事って正反対だよねー」
「だいたい、気づかれずに注入して殺すなら、わざわざ証拠の残る毒なんか使わなくっても、血管に空気でも入れときゃいいじゃないですか!!」
「!!!??」
「あー、低コストでいいね、それ」
ソファに腰掛け、まったり答えるイルミ。それまでゴンと念の魚をつっついていたキルアは、ちょっと青い顔になった。
「ポーってさ、ほんっっとーに人殺したことないんだよな!!?」
「ないよ。人なんか殺したって食べれないでしょ?」
「……」
「だからさー。食べれるかどうかで判断するの、やめなってば」
「痛い痛い痛いイルミ!!なんでつねるの!!?」
「なんとなく。ポーがまだ人間だって確かめたくてさ。イカじゃなくて」
「だれがイカだあ!!」
「いいでしょう」
すっく、と立ち上がったキキョウさん。
「あくまで殺し屋にならないというつもりなら、構いません。ですが、この家に嫁ぐつもりがあるのなら、料理に使用するありとあらゆる毒薬に関する知識が絶対不可欠です。ポー、貴女、毒物には詳しくて?」
「えっ!?いえ……海にある毒ならたいがいわかりますけど、陸のことはなんとも」
「問題外ですわね!これは、一からしつけなくては!!さっそく、明日の朝から花嫁修業を始めましょう。ポー、明日は四時から、朝食の下拵えを手伝っていただきますからね」
「え―――っっ!!!」
「がんばってねー」
なんでそういう流れになるの……!!
「ヤですよ!四時になんて~~!!」
「出来がよければステーキを焼いてあげます」
「がんばります!」
うしろでずっこけるキルイルミルゴンは気にしない。
「やったー!朝からお肉だー!!」
「食えんのかよ!?朝から致死量七倍のステーキ!!」
「楽勝!ていうか、それくらいがっつり食べないともたなくてさ~」
「だろうね」
ふう、とため息をついてイルミ。
「ポーは、消耗したオーラを食べることで補ってるんだ。普通は、ゆっくりと身体を休めることによって回復する量を、補食することで短時間で取り戻してる。いいことかどうかは分からないけど」
「えっ!イルミたちは違うの!?」
「違わないけど、例えば、オーラが底をついたとき、ポーはステーキを食べれば生命エネルギーが飛躍的に回復するけど、俺はそこまではいかない。寝たほうが効率いいよ」
「ふーん」
念っておもしろいなー。
まだまだ色んな進化の可能性が見つかりそうだ。
今朝、この家に来たときはどうなることかと思ったけど……。
なんだか、楽しくなってきたかも!