「だから、ダメだって言ってるじゃない」
これで30回目、と、俺は心の中でカウントする。
返ってくるのはキンキンと、耳をつんざく金切り声。
――そう。
例の魔の悪い電話の主は、あろうことか母さんだったのだ。
超音波級の高音を要訳するに、俺とポーがゾルディック家を去った後、更なる暗殺依頼が執事室に殺到したらしく、普段はめったに仕事になんか出ないマハひいひいじいちゃんまでが加勢して、家族全員、総出がかりの大繁盛の真っ盛り。
それだけやっても、まだ人出が足りないという。
しかも、その依頼された仕事の大半が、今、俺のイルここ……ヨークシンシティ。
要は、オークションに出品されるとある競売品を巡って、早くもマフィア同士の間で小競り合いが起こっており、ついには暗殺依頼をする馬鹿さえ現れた、というわけ。
で、当然ながらヨークシンにいる俺にも白羽の矢が立ちました、と。
ちゃんちゃん。
『イル!! お願いだから、これ以上ママを困らせないで頂戴! どの依頼主も常連様ばかりだから、断れないのよ。勿論、ママも頑張るし、お父様とお祖父様にも寝る間も惜しんでぶっ殺してもらうつもりでいるけれど』
「ヤダ。母さん、一体どれだけ俺とポーのデートを邪魔すれば気が済むの? 天空闘技場の件もしかり、この前の依頼ラッシュだって、母さんがポーをぶっ殺そうと暗殺令嬢たちを100人もけしかけるから起こった事じゃないか。俺、嫌々ながらも手伝ったよね。俺のノルマはもう終わってるはずだよね。もう何があってもこれ以上、一切追加しない。その条件で契約したノルマだったよね」
『イル……!』
「大体さ、今回のその依頼、受けちゃっていいの? 要はマフィアの常連同士の殺し合いってことだろ。そんな依頼、全部受けたら依頼元が激減しちゃうじゃない。 揃いも揃って馬鹿だよねー。依頼主も、うちの家族も」
全く、なんでそんな馬鹿に、俺と海月のデートを邪魔されなければならないのか。
俺には理解できない。
『……っ!? そ、それは……』
「とにかく、そんな馬鹿達の馬鹿な話にこれ以上俺達を巻き込まないでよね。じゃ、バイバイ」
『ま、待ちなさい! 話はまだ終わってないのよ、イル――』
――ピッ!
……。
……切っちゃった。
ごめんね、母さん。
これまでずっと、プライベートが楽しいなんて思ったことなかったから、休み中に仕事が入っても気にせず請け負ってきた俺だけど。
もうそれ、無理だから。
悪いけど、諦めてね。
「あーあ、耳がキンキンする。母さんのせいで、せっかくのデートが台無しじゃないか」
これはもう、契約違反につき罰則金を支払ってもらうしかないよねー。
通話を切ったついでに画面を見てみれば、時刻は1時をとっくに回っていた。
海月の元を離れてから、かれこれ30分以上も母さんに捕まっていたことになる。
全く……これも追加罰則金として請求しないとね。
重い息を吐き出して、海月の元に戻ろうとした、その時だ。
先程とは違った着信音で、携帯が鳴った。
「……今度はヒソカか」
全く、次から次へと忌々しい。
よほど携帯をへし曲げてやろうかと思ったが、相手が相手である。
ここで無視をしても、今度はもっといやらしい時間帯にかけ直してくることは明白だ。
ならば、むしろ、こちらの邪魔はしないほうが身のためだと早めに釘を打っておく方がいい――
ピッ!
「はい、俺だけど」
『やあ、イルミ☆ やっと出てくれたね~、待ちくたびれちゃったよ☆』
「用があるならさっさと言いなよ。俺、今かなり忙しいんだよね。お前に構っている時間なんてないくらいに」
『相変わらず冷たいなあ……まあ、そこがいいんだけど☆』
「切るよー」
『ああっ! ちょっと待っておくれよ~! 全く……友人思いのこの僕が、わざわざ君達のことを心配して、連絡を入れてあげたっていうのに★』
「心配?」
『そ☆』
「君達って、俺とポーの事?」
『その通り☆ まぁ、僕の取り越し苦労だったらいいんだけどねぇ……イルミ。君、ひょっとして今、ポーと一緒にヨークシンシティにいないかい?』
「いないよ」
『そう☆ それはよかった。それじゃあ、心配ない。邪魔してすまなかった。話はそれだけ――』
「仮に、いたとしたらどうなの?」
しばしの沈黙。
次に返って来たのは、性悪ピエロの意地の悪い笑い声だった。
『クックックッ!☆ 可能性のない場合の話を聞きたがるなんて、珍しいじゃないか。イルミ』
「ポーがオークションに参加したがってるんだ。急に行くことにならないとも限らないだろ」
『クックックッ!☆……まあ、いいけどねぇ。実は、ボクの所属している、とあるチームのリーダーが、ヨークシンオークションのお宝目当てにひと暴れ目論んでるらしくってね。9月1日にシティで落ち合う予定なのさ☆だから、ボクも向かってる最中なんだけど……』
「ふーん。つまり、クロロ率いる蜘蛛がヨークシンシティに集結するってことか。それは危ないね。ポーをつっこめば、厄介事に巻き込まれないはずがない」
『そういうこと☆それに、団長は珍しい物好きだからねぇ。彼女の能力を見たら、確実に欲しがるだろう★だから、しばらくシティには近づかない方がいい』
「ご忠告どうも。参考にさせてもらうよ」
『クックックッ!☆どういたしまして。ところでイルミ、ポーが近くにいるなら、替わってもらえないかなぁ。君抜きで、彼女に話したいことが』
ピッ!
携帯を切って、直ちに歩き出す。
急く足取りは、次第に駆け足になってゆく。
どうしようもないほどに、早まる鼓動が抑えられない。
まずい、まずい。
はやく、ポーをつれてこの街を離れなければ――