7 幕間2 その頃、例のあの人たちは……

 

 

 

 

 

ヨークシン繁華街の一角に佇む、有名老舗洋菓子店、“ガレット・デ・ロワ”。

 

 

 

 

 

店内に立ち込める甘いスィーツの香り。それに惹かれてやってくる、様々な年代の乙女たち。

 

 

 

 

笑顔あふれるこの店内で、ただ一席。苦虫を噛み潰したような仏頂面を突き合わせている二人の少女がいた。

 

 

 

 

 

一人は、ラフなジャージにTシャツ姿の、紫髪の美人。

 

 

 

 

 

もう一人は、晩夏には少々暑苦しそうな、黒のタートルネックの眼鏡っ娘。

 

 

 

 

 

傍若無人の幻影旅団メンバー、マチと、シズクの二人である。

 

 

 

 

 

双方の手元には山積みのケーキ皿と、薄くなったメモ帳。

 

 

 

 

 

ボールペンが一本。

 

 

 

 

 

皿の上に残ったショコラケーキを一口、喉に押し込んだマチの口から漏れたのは、もう何度目かとも知れない、イラツキの混じった溜息だった。

 

 

 

 

 

「わざわざジャポンまで行って、手ぶらで戻ってくるなんて……全く。うちの団長の気まぐれにも、困ったもんだね」

 

 

 

 

 

「ほんとだよ。せっかく仕事が終わったら、ジャポンの温泉宿で豪遊しようと思ってたのに。あのエロオヤジ」

 

 

 

 

 

グッサリと、最後まで残しておいたショートケーキのいちごにフォークを突き刺し、シズクが無慈悲に爆弾を投下する。

 

 

 

 

 

険悪なオーラを漂わせる二人の元へ、なぜか、頭にたんこぶを沢山つくった好青年――シャルナークが、山盛りのケーキ類とメモを手に戻ってきた。

 

 

 

 

 

「ま……まあまあ、マチもシズクも、いい加減に機嫌を直してよ。団長だって、下心だけで起こした気まぐれってわけじゃないんだからさ。勿論、俺もね」

 

 

 

 

 

「どうだか。下心が全くないって言い切らない辺り、信用出来ないね」

 

 

 

 

 

「右に同じ」

 

 

 

 

 

「……大変申し訳ございません」

 

 

 

 

 

どうやら、山盛りのケーキ第三弾を献上しても、お二人のご機嫌は完全に斜めらしい。

 

 

 

 

 

傾斜角度20度の激坂らしい。

 

 

 

 

 

ちなみに、この店に入ってかかる金額の全てがシャルナークの奢りであった。

 

 

 

 

 

しかも、それは「二人の機嫌を直せ」という、理不尽極まりない団長命令の賜物なのであった。

 

 

 

 

 

「もう、どうにでもしてくれ……」

 

 

 

 

 

力なくテーブルに腰かけ、非暴力不服従の姿勢を貫くシャルナークの前に、ご立腹の二人からは新たな注文メモが一枚、また一枚と重ねられていく。

 

 

 

 

 

いざとなったらハンターライセンスをオークションにでもかけようか、と、シャルナークは本気で思った。

 

 

 

 

 

「……ま、本音を言うとさ。アタシもシズクも、下心のあるなしで怒ってるわけじゃないんだよ。ただ、目の前にあるお宝より、たかが女を重視した。その行動が、蜘蛛の手足としてどうしても許せない……それだけさ」

 

 

 

 

 

「右に同じ」

 

 

 

 

 

「ゾルディックに嫁ごうって女は、ただの女じゃないよ? 他の暗殺名家を抑えて、その頂点に立った、超一流の暗殺者だ。上手くいけば、俺達の戦力にだってなるかもしれない。宝は愛でて売り払っちゃえばそれまでだけどさ、優秀な人材はそうじゃない。団長は長い目で見て、蜘蛛のためになる選択肢を選んだんだと、俺は思うな」

 

 

 

 

 

推測だけど、と苦笑しつつ、シャルナークは自分用にとってきたパンケーキを口に放り込んだ。

 

 

 

 

 

飾り付けはたっぷりの生クリームとベリー。

 

 

 

 

 

この乙女男子、とシズクが毒を吐く。

 

 

 

 

 

しかし、ナプキンで口元を吹き終えたシャルナークの顔は、蜘蛛だった。

 

 

 

 

 

「俺の調べでは、ゾルディックと婚約者の女はすでにこのヨークシンにいる。目的は不明だけど、呑気に婚前旅行に来たとはとても思えない。恐らくは暗殺関係か、マフィアの護衛関係の仕事だろう。後者なら、俺達の盗みの邪魔になるかもしれない」

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

「そこで俺達には、ヨークシンオークションが始まる前に、この婚約者の女を捕獲してアジトに連れてこいとの命令が下った。その後の処分は団長次第……彼女がゾルディックに嫁ぐことが、蜘蛛の害になるならその場での殺害もありうる。二人とも、異論は?」

 

 

 

 

 

「ないね。分かった。この山を食べ終えたら、探してやるよ」

 

 

 

 

 

「右に同じ。暗殺者かー。でもさ、団長、仲間にはしないんじゃないかな? うちにはもう、フェイがいるし」

 

 

 

 

 

「拷問好きが二人か。いや、案外、趣味が合って仲良くなるかもしれないね」

 

 

 

 

 

「そっか。もしかして、そのままフェイとくっついたりして」

 

 

 

 

 

「相当のキワモノ好きだね」

 

 

 

 

 

「ぶはっ!? な、ないない! フェイタンに限ってそれだけはないよ!?」

 

 

 

 

 

「シャル、汚い」

 

 

 

 

 

「クリーム飛ばさないでください。ただの冗談なのに……あ」

 

 

 

 

 

キワモノ好き、発見。

 

 

 

 

 

そんな呟きとともに、シズクがすっと、店内後方を指さす。

 

 

 

 

 

瞬間、開いた扉から入ってきた二人組の異様な姿に、マチは飲み込もうとしていたシフォンケーキを喉に詰め、シャルナークはフォークを床に滑らせた。

 

 

 

 

 

三方、視線を合わせて三秒後。

 

 

 

 

 

「な、ななななんだい、あのエノキだらけのモヒカン男は……!?」

 

 

 

 

 

「女の子の方はともかく、男はキワモノそのものだよね。ロックなのかな? ソウルなのかな? ヨークシンではああいうのが流行ってるのかな?」

 

 

 

 

 

「ま、まさか。首から下は、わりとまともな滑降してるし、ロックだとしても間違ってるよ。カタカタいってるし……不気味だな」

 

 

 

 

 

「別の意味で怪しい奴らだね」

 

 

 

 

 

「無視しましょう」

 

 

 

 

 

うん、と頷き合う三人の囁きは、幸か不幸か、当の二人には全く届いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

                     ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カタカタカタカタ……(あっ! 秋限定のロイヤルモンブランが出てる。海月、俺、これ二つね)」

 

 

 

 

 

「う、うん……」

 

 

 

 

 

「カタカタカタカタ……(あと、定番のロイヤルショートケーキと、ロイヤルベリーチーズケーキと、ロイヤルガトーショコラ。それから、ロイヤルパンケーキも、焼きたてで注文して)」

 

 

 

 

 

「うん……それはいいけどさ、イルむぐっ!?」

 

 

 

 

 

「カタカタカタカタ……(ギタラクル。ダメだよ、海月。仕事場が近いんだから。ヨークシンには同業者も多いしさ、どこでどんな奴に合うか分からないんだから)」

 

 

 

 

 

内緒、と実に可愛く人差し指を立て、しーっとジェスチャーするイルミ……改め、ギタラクルさんである。

 

 

 

 

 

お久しぶりです……ハンター試験以来ですね。

 

 

 

 

 

よもや、貴方が真っ赤ないちごの乗ったショートケーキを手に、嬉しそうにカタカタしているお姿を、間近で目にすることがあろうとは思いませんでした。

 

 

 

 

 

「ずるい……! こんなのってないよ……! イルミとデートしたかったのに……!!」

 

 

 

 

 

「カタカタカタ……(してるじゃない。ショッピングして、ケーキ屋さんでお茶してさ。これぞデートの王道じゃない)」

 

 

 

 

 

「そうだけど……! ビジュアル的なものが色々と問題だらけなんですううううっ!」

 

 

 

 

 

「カタカタカタカタ……(ワガママ言わないの。街中でいきなり戦闘になったり、復讐に巻き込まれたらデートが台無しになるだろ? さっきみたいに、人混みに入ったら変装を解いてあげるからさ。我慢して)」

 

 

 

 

 

「うう……! イルミとのデートが……ううっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

                      ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ」

 

 

 

 

 

「どうした、シズク」

 

 

 

 

 

「さっきのモヒカン組、席についたけど。女の子の方が泣いてるみたい」

 

 

 

 

 

「そりゃあ泣くよ! あの見てくれじゃさあ」

 

 

 

 

 

「シャルは黙ってな。男ってのは、顔じゃないんだよ」

 

 

 

 

 

「顔も性格も財力も、全部揃ってないと話しになりませんもんね。……もしかして、モヒカンに別れ話を切りだされてるのかな」

 

 

 

 

 

「ふん……なにも、こんな昼下がりに、こんな場所で言わなくったっていいだろうに。酷い男だね」

 

 

 

 

 

「右に同じ……あっ」

 

 

 

 

 

「どうした、シズク」

 

 

 

 

 

「なだめていたモヒカンが、ふいに女の子を引き寄せて、キスしました」

 

 

 

 

 

「ちょっ!? 嘘っ!!」

 

 

 

 

 

「シャルは黙ってな! ……ふっ。やるじゃないか、あのモヒカン野郎。冷たくあしらわれたあと、ふいに優しくされると惚れなおすってもんさ。女心ってやつをよく解ってるね」

 

 

 

 

 

「相当の手だれですね……あっ」

 

 

 

 

 

「どうした、シズク」

 

 

 

 

 

「女の子が、モヒカンに頭を撫でられて泣きながら笑ってます」

 

 

 

 

 

「どうやら、ヨリが戻ったようだね」

 

 

 

 

 

「よかったですね。何故だろう、女がブサイクで男がイケメンのカップルはぶち殺したくなるのに、逆だと、なぜか純粋に応援したくなります」

 

 

 

 

 

「そうかい? アタシは違うけどね」

 

 

 

 

 

「え、どうして?」

 

 

 

 

 

「あのモヒカン野郎、身につけている物が相当いいよ。服も、時計も、靴までブランド品。顔目当てでないなら、金目当てだろ

 

 

 

 

 

「うわあ、騙された。相当な雌豚ですね」

 

 

 

 

 

「ああ、全くだね」

 

 

 

 

 

「こら! よしなよ、女の子が雌豚なんて言うのは。いいじゃないか、色んな恋愛の形があってもさ」

 

 

 

 

 

「ふん。もっともらしいこと言うじゃないか、シャルナーク。……話を戻すけどさ、そのゾルディック家の婚約者の女は、間違いなく金と、権力と、暗殺者としての地位が欲しいがためにあの家に嫁ごうとしてる。捕まえることには賛成だけど、そんな女を仲間にすることには、反対だね」

 

 

 

 

 

「右に同じ。大体、本人が拒否するのが目に見えてるし。暗殺者なら、あっさり自殺しちゃうかもしれないよ?」

 

 

 

 

 

「あ、そうか! それは盲点だったな。捕まえるときは、しっかり気を失わせないと」

 

 

 

 

 

パンケーキ片手に、うん、と笑顔で頷くシャルナークに対し、シズクが冷静に毒を刺した。

 

 

 

 

 

「シャルの鬼畜乙女男子」