「イ、イルミ……」
「なに?」
「な、にじゃ、なくって……っあ……で、電気消してってば……ぁ」
「駄目」
消したら見えなくなるだろ、とイルミ。
シーツの上に仰向けに寝転がった彼の上へ、私は騎乗位の体勢で座らされていた。
もちろん、強制的に――シャツや下着は早々と取り除かれ、上半身を隠すものは何もない。
いつもなら薄闇の中にある裸が、室内灯の明かりの中に晒される羞恥に、肌がもう、燃えるように熱かった。
ぎゅっと瞼を瞑って顔を背ける私に、イルミは笑って手のひらを這わせてくる。
滑らかで靭やかな指が、優しく頬を撫で、首筋を通って、鎖骨をなぞる。
そして、そっと右の胸を包まれた。
「あ……っ」
「海月。ちゃんと目を開いて、俺を見て?」
瞼の裏の暗闇に、イルミの声が響く。
私は、慌てて首を振った。
「――っ、む、りだよ……! イルミ……一週間我慢して、やっと会えたんだよ? 私、イルミが帰ってくるの、楽しみに待ってたんだから。こんな意地悪するのやめてよぅ……」
「意地悪じゃないよ」
心外だなーと、イルミ。彼は寝転んだ体勢のまま、長い腕を伸ばして、私の両胸を包み込むように揉みしだいた。
その手の平の熱に、少しずつ快感が目覚めていく。
気持ちいいようで、むず痒いようで、恥ずかしい。
背筋を羽根でくすぐられているような、ゾクゾクした感じ。
「……んっ、ふ……う」
「会えるのを楽しみにしてたのは、俺も同じ。だから、意地悪するつもりなんてないよ。ただ、海月の感じてる姿をちゃんと見たいだけ」
「あ……っ、は、恥ずかしいってば……! もう、電気消すからね?」
聞き分けのないイルミにしびれを切らした私は、壁にあるスイッチに向かって念の触手をのばそうとした。
けれど、
「やっ!? やあっ、イ、ルミ……! そ、な、揉まな、で……ぇ、嫌あ……!」
それまで、ゆるゆると撫でるだけだった手の平に、乱暴なほどに揉みしだかれ、悲鳴が漏れた。
イルミはちょっと手を止めて、間延びした口調で言う。
「消すのは駄目だって、言ってるだろ。どうして恥ずかしがるの? お互いの裸なんて、もう何度も見てるじゃない」
「だからって、恥ずかしくなくなるわけじゃないもん……!」
「そうかもしれないけど。海月は見たくないの?」
「え……?」
「俺の裸」
いいながら、イルミはすごく艶かしい手つきで、シャツのボタンをひとつ、またひとつと外していく――
「――っ!! え、ええええ遠慮しときますぅっ! そんなの見たら、出血多量で死んじゃうもん、私っ!!」
「見たくないの?」
「見……っ、たくないわけではないけどっ!」
「そう。じゃあ、海月が脱がせて」
はい、と両手を掴まれ、彼の胸元へ。
「――っ!!?」
「海月。俺におねだりするんだよね? だったらもっと頑張らないと。あんまりわがままばっかり言ってると、オークションに連れてってあげないよ」
「……っ、だ、だったら、もういいもんオークションは。久しぶりにジャポンにでも行って、温泉でも入ってのんびり――」
「駄目。ジャポンは駄目。絶対駄目。海月、いい忘れてたけど、この休暇が終わっても、当分の間、ジャポンには渡航禁止だからね」
「えっ!? ど、どうして……?」
「どうしても。理由を上げるなら、俺がついさっきまで潜伏してた国だから。あの国には今、俺を付け狙ってたものすごく粘着質でやっかいな奴がいるから、近づいちゃ駄目」
「そ、そうなの? わかった……じゃあ、やっぱりヨークシンに行く」
「うん。――さ、もうそろそろ素直になってよ」
お願い、と、腕を引かれ、彼の胸に倒れこむ格好になった私を、イルミは抱きしめてくる。
はだけたシャツから除いた肌が、私の身体と密着して、溶けそうなくらい熱かった。
「……イル、ミ」
「服、脱がせて」
早く、と、耳朶に囁かれる声に導かれるまま、シャツのボタンに手を伸ばす。
緊張のためか、小さなボタンが汗ですべって、なかなか上手く外せない。
それでも、イルミは文句も言わずにじっと待ってくれた。
ときおり、がんばれというように、手の平で頭を撫でてくれる。
時間をかけて、残るボタンを全て外し終えると、明るい電光の下、抜けるような白さのイルミの素肌が顕になった。
「……綺麗」
「そう? 仕事続きで生傷だらけなんだけど」
「怪我したの?」
「怪我っていうか、針跡が酷くてさ。潜伏中はずっと変装を解かないだろ。長時間刺しっぱなしだから、跡が残っちゃうんだよね」
ほら、ここ。
指差された胸の辺りに、注射を打った跡のような、小さな穴があった。
注意して見ると、そんな跡が身体のあちこちにある。
「……痛い?」
「ううん。慣れてるし平気。昔は二、三日は痛くてしょうがなかったけど、今はちょっと気だるいだけ。筋肉痛より、よっぽど軽いよ」
「そっか」
「海月……?」
イルミが、いつも身体に刺している、変装と攻撃用を兼ねた暗器。
刺しているんだから、その跡が残らないはずがないのに。
いままでもずっと、イルミの身体はこうであったはずなのに。
ちっとも、気がついていなかった――
「……泣かないで」
「う、ん。ごめん……なんか、見てたら勝手に涙が出てきて、ごめん」
「電気、やっぱり消そうか?」
くりっと、困った様子で首を傾げるイルミの顔が愛おしかった。
「いいよ、消さなくても」
「……!」
針跡のひとつひとつに、キスを落としていく。
胸元、首筋、両肩にも、たくさんある。
続けていたら、アーモンド色をしたイルミの乳首が尖ってきたので、そこにも触れてみる。
キスをして、唇で挟んだり、舐めたりしていると、イルミが小さく息を詰めるのがわかった。
気持ち、いいのかな……?
「イルミ、こんなので、大丈夫? ちゃんと気持ちいい?」
「……」
「……やっぱり、くすぐったいだけかなぁ。ごめんね、上手じゃなくて」
「……」
「イルミ、お仕事お疲れ様。今回も、無理して早めに終わらせてくれたんだよね? ありがとう……」
イルミは何も答えてくれなかった。
もしかしたら、がっかりされたのかもしれないけど、テクニックなんて持っていないのはキスの一件で充分わかっているはずだ。
それに、大事なのは気持ちだと、ほかならぬ彼自身が言っていたんだから。だから、手技がおぼつかなくても、丁寧に、気持ちだけはせいいっぱい込めて、愛撫してみる。
最後は左胸。
心臓の上に。
ちゅっと吸い付けば、紅い跡が残った。
「キスマークついちゃった。イルミは色が白いからなぁ、これ、なかなか消えないかも……イルミ?」
「…………」
なんだかさっきから様子がおかしい。
不機嫌な沈黙とはまた違う。
つん、と頬を突っつけば、イルミが固まっていた。
瞬きはおろか、呼吸さえしているかどうか怪しい。
「ちょ、ちょっとイルミ! 大丈――ひゃああああああっ!?」
「大丈夫じゃない」
くるり、と攻守交代。
仰向けになった私をイルミは見下ろして、
「今のは反則。もう、どんなわがまま言われても、今の俺なら許してしまえそうで怖いよ」
「ほんとに!? じゃあ、ヨークシン、連れてってくれる??」
「いいよ。あと、金も俺が全部出してあげるから」
「そ、そそそそそれはいいよ!! なんか悪いよ!!」
「駄目。もう決めたから。海月、今夜は気を失うまで抱き合って、目が覚めたらヨークシンに行こう。大丈夫、例え海月が足腰立たなくなっても俺、だっこしてつれてってあげるから。大サービス」
「そんなサービスいらないから……!! ちょ、ちょっと待って、待ってイルミ……!!」
いーやあああああああああああああああああああああああああっ!!
夜半過ぎ。
標高3370メートルのククルーマウンテンに響き渡った二度目の悲鳴に、ようやく寝付いたばかりだったシルバさんが「……マジでうるせぇな」と思ったとか思わなかったとか。