21 幕間4 その夜、例のあの人達は……?

 

 

 

 

 

「じゃ、久々の再会を祝して、かんぱーい!」

 

 

 

 

 

 

「かんぱーい!」

 

 

 

 

 

 

その夜、ヨークシンの蜘蛛の借宿にて、団員達によるささやかな宴会が開かれていた。

 

 

 

 

 

 

乾杯の音頭を取るのはもっぱらシャルナークと決まっている。

 

 

 

 

 

 

クロロはといえば、普段は寡黙なくせに、乾杯の挨拶などを始めると無意味に長いので、暗黙の了解で振らないようにしている団員達である。

 

 

 

 

 

 

宴会といっても内容は自由なもので、各自がアルコールを片手に、盗んできた食料を囲んでわいわいやるだけだ。

 

 

 

 

 

 

本日の夕飯調達組は、ウボォーギンとフィンクスの強化系コンビ。

 

 

 

 

 

 

こいつは人選を間違えたんじゃあないだろうか……と、誰しもの胸に過ぎった悪い予感を、裏切ることなく的中させる結果となった。

 

 

 

 

 

 

「ウボォー! フィンクス! 確かに今夜は飲み会だって言ったけど、なんで酒しか盗んでこないんだよ!! っていうか、何で酒屋のトラックごと盗んでくるの!? いくらなんでも飲みきれないだろ!!」

 

 

 

 

 

 

「んな、怒んなよシャル! 食料だって、ちゃんとギッてきたろ?」

 

 

 

 

 

 

「ほおーう……生米と、醤油と、みりんと、塩と砂糖? これ、米以外は調味料だよね!? てか、米も炊かなきゃ食えないし――っ!! しかも、俺ジャポン人じゃないから、炊き方知らないしっ!!」

 

 

 

 

 

 

「仕方ねーだろ! その辺走ってたスーパーのトラック、適当に奪ってきたんだからよ!」

 

 

 

 

 

 

「だから何でトラックごと盗むの!? せめてちゃんと中身を確認して!!」

 

 

 

 

 

 

ぜいぜい、ハアハアと肩で息をしながら、つっこみと説教を巧みにこなしていくシャルナークは、流石であると他の団員達は見守っていた。

 

 

 

 

 

 

「もう!! 次からはアンテナぶっ刺すからね!」

 

 

 

 

 

 

「へいへいへいへい」

 

 

 

 

 

 

「あー、悪かった悪かった!」

 

 

 

 

 

 

ぶーたれる強化系二人がとりあえず謝ったところに、彼等の尻ぬぐいをさせられたフェイタンとシズクが帰還した。

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

 

 

 

 

 

「またく、アホの後始末は大変ね」

 

 

 

 

 

 

「誰がアホだコラ!」

 

 

 

 

 

 

「お前よ、フィン。文句言うならお前には喰わせないね」

 

 

 

 

 

 

「ぐ……っ!」

 

 

 

 

 

 

「――で、なに盗ってきたんだ? シズク」

 

 

 

 

 

 

俺もうはらぺこでよう、と悪びれのないウボォーに、シズクは仕方ないなあと嘆息しつつ念能力を発動する。

 

 

 

 

 

 

「いでよ、デメちゃん! 食料をはき出せ!」

 

 

 

 

 

 

『ギョギョイッ!』

 

 

 

 

 

半機半獣、ちょっぴり不気味でキュートな赤い掃除機、デメちゃん。

 

 

 

 

 

びっしりと歯の生えそろった吸い込み口からは、最後に飲み込んだもののみ、取り出すことが可能だ。

 

 

 

 

 

そのため、二人は大量の食料をロープで縛り上げ、ひとくくりにしてデメちゃんに吸わせたらしい。

 

 

 

 

 

 

アイデア的には100点満点だ。

 

 

 

 

 

 

だがしかし。

 

 

 

 

 

 

「なんで亀甲縛りだよ! しかも、全部コンビニ飯かぁ?」

 

 

 

 

 

 

「文句言うなら喰わせない言てるね、フィン!」

 

 

 

 

 

 

「ここのコンビニのプリン、団長が好きだって言ってたから。はい、団長。ごはんが来ましたよー……団長?」

 

 

 

 

 

 

自分の分にはふわふわオムライス弁当。そして、団長用にプリンとチーズデミグラスハンバーグ弁当を手に、ててっと駆け寄るシズク。

 

 

 

 

 

 

団長はいつもどおり、皆から少し離れた位置に静かに座って本を読んでいたのだが……その傍らに、見慣れないモノが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

念の泡の球体である。

 

 

 

 

 

中に水でも含んでいるのか、ふよふよと揺れている。

 

 

 

 

 

 

なんだか、似たものを前にも見た――シズクの双眸が、一変して厳しくなる。

 

 

 

 

 

 

「団長、危ない。これ、あの子の念能力ですよ。今日の昼に団長を襲って、溺れさせたやつ」

 

 

 

 

 

「ああ、そうだが。問題ない」

 

 

 

 

 

 

ありがとう、とプリンと弁当を受け取るクロロ・ルシルフル。

 

 

 

 

 

 

「問題ないって、一体、何なんですかコレ?」

 

 

 

 

 

 

「エコ・スフィア……という言葉を聞いたことはあるか?」

 

 

 

 

 

 

「いいえ……ないです」

 

 

 

 

 

「密閉されたガラス球の中に、空気と水草と水、そして小エビを入れ、外部から差し込む光だけを頼りに個々の生命を維持し、成長を続けさせる装置のことだ。生態球とも呼ばれているな。これは、ポーが作った念の泡の生態球だ。『悠々自適の水族館(プライベートアクアリウム)』というらしい」

 

 

 

 

 

 

「ポーの能力……?」

 

 

 

 

 

 

「ほう、流石団長ね。何だかんだ言いつつ、あの女から奪たか」

 

 

 

 

 

 

辛さ控えめ麻婆丼のパッケージを開けつつ、フェイタンが目を細める。しかし、団長は静かに首を振った。

 

 

 

 

 

「いいや。これはポーに渡されたものだ。触手を植え付けるのが嫌なら、ちょっとこれを育ててみて欲しいとな」

 

 

 

 

 

「なっ!? 罠ね、団長! また今日の昼のように襲われるよ!!」

 

 

 

 

 

「そうかもしれないが、その時はまあ、その時だ。そんなことよりも、俺はこの能力の発想に興味があってな……この泡は、無数の念の泡のバクテリアで出来ている。その中に、水見式の要領でオーラを含ませた水と、数種類の異なる特製を持った念のバクテリアを入れ、バランス良く育てていくというものだ。この場合、全ての生命を維持するために必要となるのは光ではなく、外から与えられる酸素や有機物やオーラだ。中の生命を維持するのに必要なオーラが足りなくなると、外側を包む念の泡のバクテリアの捕食能力が高まり、触手化する」

 

 

 

 

 

「へー!」

 

 

 

 

 

「昼間、俺がこいつに襲われたのは、ポーがわざとバランスを崩した状態でこれを生みだし、俺を餌として喰わせたからだ。そして、急に割れたのは、俺が無意識のうちにオーラを吸い取られまいと絶を行ったからだろう。膨れあがった生態球は、自らを維持できるほどのオーラを得ることが出来ず、結果として破裂してしまったと考えられる」

 

 

 

 

 

 

「なるほどー」

 

 

 

 

 

 

「それで? その生態球と団長のオーラと、何の関係があるか」

 

 

 

 

 

 

「まあ聞け。ポーは、この生態球を世界中の海の、あらゆる深度に実験用サンプルとして設置し、育成している。その海の環境、海水温、水圧に適応したバクテリアを生み出すと同時に、それらをどのようなバランスで体内に繁殖させれば、その環境に適応できるのかを知ることができる。さらに面白いのは、この方法をとれば、念を発動させるためのオーラを念能力自体に自給自足させることが出来る、という点だ。実に興味深いとは思わないか?」

 

 

 

 

 

 

「え―? 難しくてよくわからないです」

 

 

 

 

 

 

きっぱり答えるシズクに対し、近くで話を聞いていたシャルナークが助け船を出した。ちなみに、彼のコンビニでのお気に入りはエビ入りグラタン弁当である。

 

 

 

 

 

 

「要するに、その方法なら念能力者がどれだけ離れていても、問題なく念能力を発動できるってことさ。これって画期的だよ? 例えば、シズクの能力である掃除機のデメちゃんは具現化系だから、基本的にはシズクが手に持っていないと使えないけど、ポーの能力のようにオーラの自給自足が出来るようになれば、デメちゃんに命令するだけで、どこのどんな掃除も自動的にやってくれるようになる」

 

 

 

 

 

「つまり?」

 

 

 

 

 

「つまり……デメちゃんがルンバになるっていうことかな」

 

 

 

 

 

 

「すごい!!」

 

 

 

 

 

すごーい! と、シズク。

 

 

 

 

 

「ポーって頭良い子なんだね。ちょっとポーっとしてるけど……あれ? そう言えば、ポーはどこに行ったんですか?」 

 

 

 

 

 

「部屋を与えた。明日まで大人しく休むように言ってある。無事に飯が届いたことだし、持って行ってやるか……こいつは、どうやら駄目なようだな」

 

 

 

 

 

クロロ団長の見つめる先で、念の泡が不格好に膨れあがり……かと思えば、見る間に縮んで消えてしまった。

 

 

 

 

 

「俺のオーラに上手く適応して育てることが出来れば、そうして生み出したバクテリアを体内に離すだけで勝手に増えていくはずだと言っていたんだが。生き物を育てるのは趣味じゃない」

 

 

 

 

 

「たしかに、団長はそういうの苦手そうですよね」

 

 

 

 

 

 

「縁日の金魚もすぐ殺しそうね」

 

 

 

 

 

 

「お前達……少しはフォローしてくれ」

 

 

 

 

 

 

こころなしか、肩を落としたクロロ・ルシルフル。やれやれと立ち上がり、ポーの服の入った紙袋と、コンビニ弁当の山から適当に二、三箱手にとって、部屋の外へ向かおうとする。

 

 

 

 

 

 

「油断するなね、団長。相手はゾルディクの婚約者よ」

 

 

 

 

 

 

「わかってる。何と言ってもイルミの女だ。丁重に扱うさ」

 

 

 

 

 

 

フェイタンの忠告にひらひらと手を振って、団長は部屋を後にする。

 

 

 

 

 

 

残された団員達はちょっと顔を見合わせて、一斉にため息をついた。

 

 

 

 

 

 

「……本当にわかってんのか? あの人」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                 ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あうう……どうしよう。

 

 

 

 

 

 

廃ビルの一室。

 

 

 

 

 

 

もともとホテルか何かであったのか、簡易なベッドと古びた椅子だけが無造作に置かれているだけの部屋で、私は改めて自分の置かれた状況を整理していた。

 

 

 

 

 

 

ひょんなことから蜘蛛に捕らえられ、入団を断るために入団試験を志望するなんて……。

 

 

 

 

 

 

全く、無茶をするにもほどがある。

 

 

 

 

 

 

この場にイルミがいたならば、今頃こっぴどく叱られているところだ。 

 

 

 

 

 

 

でも、今、イルミはいない。

 

 

 

 

 

 

いないのならば、自分の力で何とかするしかない。

 

 

 

 

 

 

何とか……なったと言えるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

命を奪われることと、念能力を奪われることは回避したわけだけど。

 

 

 

 

 

 

あと奪われそうな物と言えば携帯と作業着くらいだし、なんとか及第点を頂きたいものである。

 

 

 

 

 

……イルミなら、何て言ってくれるかな。

 

 

 

 

 

 

なんとなく、天井を見上げたとき。

 

 

 

 

 

 

暗い部屋に、さあっと、一筋の光が差し込んだ。

 

 

 

 

 

 

見ると、壁に入った大きな亀裂の合間から月が覗いている。

 

 

 

 

 

 

その丸い形が、イルミの瞳に似ていると思った。

 

 

 

 

 

 

どんなに暗い闇の中にいても、けして濁りを見せないその瞳が私は好きだ。

 

 

 

 

 

 

イルミ……。

 

 

 

 

 

 

胸の内の、その呟きに応えるように、コンコンとノックの音。

 

 

 

 

 

 

「イルミ……!?」

 

 

 

 

 

 

弾かれたように扉を開ける――しかし、 もしかしたらイルミが迎えに来てくれたのかもしなない、という僅かな希望は、一瞬で打ち砕かれた。

 

 

 

 

 

 

「やあ」

 

 

 

 

 

 

「……クロロ団長さん。どうしたんですか、こんな夜分に」

 

 

 

 

 

 

安定の素肌に黒コート。

 

 

 

 

 

 

幻影旅団団長、クロロ・ルシルフルその人である。

 

 

 

 

 

 

さっき別れた所だというのに、一体、何をしに来たのだろう。

 

 

 

 

 

 

ま、まさか、さっきの入団試験のことだが、やっぱりめんどくさくなったので無しの方向で――とか。

 

 

 

 

 

 

ま、まずい……!

 

 

 

 

 

 

「い、い今更試験は中止だなんて言っても駄目ですよ!? 嘘つきにはテンタ君千本飲ませるんですから!!」

 

 

 

 

 

 

「テンタ君はやめろ。別に、誰も試験を取りやめるとは言っていない。ただ盗むのも面白くないからな。暇つぶしにはちょうど良いさ」

 

 

 

 

 

 

「はあ……」

 

 

 

 

 

 

だったら何をしに、という視線で見つめていると、クロロ団長はちょっと肩をすくめて、

 

 

 

 

 

 

「ほら」

 

 

 

 

 

 

と、手に持っていた荷物を差しだした。

 

 

 

 

 

 

「え、これって……、お、おおおおおおお弁当!!」

 

 

 

 

 

 

しかも、デラックスミックスフライ弁当と焼き肉カルビ弁当と大盛りエビチリ弁当だ!!

 

 

 

 

 

 

どいつもこいつもボリューム満点!

 

 

 

 

 

 

わかっていらっしゃる!!

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございます!! もう私、お腹空いてお腹空いてお腹空いて!!」

 

 

 

 

 

 

 

「また仲間を喰われる訳にはいかないからな……」

 

 

 

 

 

 

「いっただっきまーす!!」

 

 

 

 

 

 

「待て。一緒にこれも渡しておく」

 

 

 

 

 

 

ドサ、と渡されたのは、紙袋に入った私の作業着だ。

 

 

 

 

 

 

「い、いいんですか? 返して貰っちゃって」

 

 

 

 

 

 

「ああ。いつまでもそんな格好でいられるわけにもいかないからな」

 

 

 

 

 

 

そう言いながら、何故かバスローブ姿の私を凝視するクロロ団長である。

 

 

 

 

 

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 

 

 

 

「ちなみに、こいつは頂いておくぞ。受験料、といったところだ」

 

 

 

 

 

コートの下からちらりと覗かせたのは、蚤の市で買ったあのベンズナイフだった。

 

 

 

 

 

初めて抜き放ったときよりも、ナイフの纏うオーラが随分と落ち着いている。

 

 

 

 

 

きっと、このナイフはこの人が持っているべきなのだと思った。

 

 

 

 

 

「構いませんよ。義父さんにはまた別のお土産を考えます」

 

 

 

 

 

「そうか」

 

 

 

 

 

ふむ、と頷くクロロ団長に、少しの違和感。そう言えば、さっきくっつけさせてもらった『悠々自適の水族館(プライベートアクアリウム)』の気配がない。

 

 

 

 

 

「あ。あれ、やっぱり駄目でしたか。流石にちょっと内向的過ぎたかな……じゃあ次は、クロロ団長さんの生体オーラの特性に合わせて、もっと捕食能力の高いバクテリアを多めにして」

 

 

 

 

 

「いや、いい。やってみて確信したが、生き物を育てるのは性に合わないようだ」

 

 

 

 

 

「そうですか……ちょっと残念です」

 

 

 

 

 

せっかく観察できるチャンスだと思ったのになー。

 

 

 

 

 

クロロ団長のような特質系の能力者の生体オーラは珍しいから。

 

 

 

 

 

手渡されたお弁当を開けて、次から次へとかき込む私をじいっと見つめるクロロ団長。

 

 

 

 

 

ま、まだ何かあるんだろうか。

 

 

 

 

 

ミックス弁当のエビフライを口いっぱいにほおばりつつ、くりっと首を傾げてみる。

 

 

 

 

 

「ふぁははひはひょうははふんへふか?」

 

 

 

 

 

「喰いながら喋るな。用か……そうだな。ちょっと聞いてみたい事はある」

 

 

 

 

 

「はんへふ……ごくんっ! なんですか? 聞いてみたい事って」

 

 

 

 

 

「ああ……ポーは何故、深海に拘る?」

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

「何がある? 海の底には、そんなにも興味を惹かれる物があるのか」

 

 

 

 

 

「ありますよ! なんといっても、そこに棲んでいる生き物たちがとにかくすごいんです!! 深海ってほら、とにかく水圧が高いので、生き物たちは潰されまいと自らの生体オーラを利用して様々な工夫をしているわけですが――」

 

 

 

 

 

「……生体オーラ、か。そう言えば、さっきもそんなことを言っていたな。それは何だ。俺達が念に使用しているオーラとは別の物か」

 

 

 

 

 

「いいえ。いわば、その元となるオーラです。オーラはもともと、生きる物全てに存在する生命エネルギーそのものの事でしょう? 生命を維持するために、もともと身体の中で働いている……例えば、骨を作ったり、細胞を生んだりする具現化系の特徴を持ったオーラ。肝臓が有毒な物質を無毒な物質に変える変化系のオーラ。脳が身体を動かす操作系のオーラ、体温を一定に保つため、発汗する放出系のオーラ。本人の念属性に関わらない、こうした働きを持つ生命エネルギーを私達生物学者は生体オーラと呼んで、念を使用するために意図的に増幅したオーラとは区別して認識しています」

 

 

 

 

 

「ほう……」

 

 

 

 

 

「念能力者は一般の人間とは異なり、自ら増幅したオーラで身体能力を向上させたり、また、様々な特性を持たせ、発、つまり念能力として利用することができます。これと同じようなことを、海の生物たちも行っています。特に、深海に棲む生き物は顕著でして、彼等はわざと浅い場所で産卵を行い、卵はゆっくりと沈みながら、水圧による加圧に合わせて生体オーラを高めていきます。これが、纏の状態によく似ています。最終的に、3000メートルから6000メートル級の大水圧に耐えうるほどの力を得る頃には、卵の中で成長した稚魚の精孔は開き、人で言うところの、念が使える状態にまで成長しています――ここまでは、大丈夫ですか?」

 

 

 

 

 

 

「ああ。続けてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

「つまるところ、深海の生物たちは高めた生体オーラを念に近い状態で利用して生きているわけです。そうでなければ、あんな低水温、低酸素、高水圧の環境で生き抜けるはずがないんです。また、深海の生き物たちの場合、常に高い密度のオーラで水圧から身を守っていなくてはならないため、精孔が独自に発達し、身体的な器官として組み込まれているのです。オーラの増幅装置の役割をも果たすその器官があれば、少量のオーラで高い防御力を持続することが可能です。そして、残ったオーラを捕食のために転用することも可能です。そして、それらは遺伝情報にまで影響を及ぼします。自分の念能力を、次世代に受け継がせることが出来るわけですね」

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

 

「人とは全く異なる条件で精孔を開き、それらを発達させることで、深海の生き物たちは私達では想像もつかないようなオーラの使い方を生みだし、何万年もの間受け継いで、洗練させている。それらは心源流や、四大業という概念に捕らわれない自由な発想と工夫に溢れています。彼等と同じ土俵に立ち、彼等を見つめ、観察し、説き明かしていくことが楽しくて仕方ないんです。だから、私は深海が好きなんです。けして、奇をてらわないあの世界が好きです」

 

 

 

 

 

 

「……そうか」

 

 

 

 

 

 

なるほど、と頷いたまま、クロロ団長は顎に指を当てて黙り込んでしまった。

 

 

 

 

 

 

まっ黒な瞳をぴんと張り詰めて、微動だにしない。

 

 

 

 

 

 

そして、私がデラックスミックスフライ弁当を平らげ、焼き肉カルビ弁当を平らげ、最後の大盛りエビチリ弁当を平らげる頃、ようやく次の言葉を発した。

 

 

 

 

 

 

「……ふう。何とか整理がついた。ポーが話すことはどれも、今までの俺の理解や認識とは全く別の場所にあるものばかりで手こずるな」

 

 

 

 

 

 

「す、すみません……ややこしいことを一気に話しちゃって。好きなことを話し始めると、自分ではなかなか止められなくて」

 

 

 

 

 

 

「いや、構わない。実に興味深い講義だった――しかし、ふむ……なるほどな」

 

 

 

 

 

 

にやり、と、ふいに悪い笑みを口の端に浮かべるクロロ団長。

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 

 

 

 

 

ごくん、と口の中のエビチリを飲み込んだ、次の瞬間。

 

 

 

 

 

 

何故か、彼の顔が間近にあった。

 

 

 

 

 

 

「講義の礼に、お前を浚った一番の理由を教えてやろう――あのイルミが惹かれた女が、一体どんな人間なのか。俺はそれに興味があった」

 

 

 

 

 

 

「ええっ!? え……っと、こんな人間ですけど……た、大した事なくて誠に申し訳アリマセン……」

 

 

 

 

 

 

「逆だ。むしろ、大いに納得している。種類は違えど、お前とイルミは底の見えない闇を好み、そこで生きることを選んだ者同士、というわけか」

 

 

 

 

 

 

「へ!? あ、ああ、そういえば、そうですね……あはは、私は殺し屋さんじゃなくて、捕食者(ハンター)ですけどね」

 

 

 

 

 

 

「そうか……ますます気に入った」

 

 

 

 

 

 

黒目がちな双眸が間近で細まる。

 

 

 

 

 

 

い、いつの間にやら手に持っていたエビチリ弁当は取り上げられ、後ずさりしようにも、すぐ後ろにはベッドがあったり……って、なにこれ!!

 

 

 

 

 

 

なにこの状況!!

 

 

 

 

 

 

「ちょっ!? ちょちょちょちょーっと待って下さいっ!!」

 

 

 

 

 

 

「待つ? 何をだ」

 

 

 

 

 

 

深まる笑み。

 

 

 

 

 

怪しげに底光りする双眸。

 

 

 

 

 

その身からじわりじわりと染み出すオーラが、見えない圧力となって私にのしかかる。

 

 

 

 

 

でも、のがれようと少しでも身を引けば、そこはベッドの上――

 

 

 

 

 

こ……んの、確信犯め!!

 

 

 

 

 

「そう怖い目で睨むな。ここまで俺の興味を惹いたお前にも相応の責任がある……そうは思わないか?

 

 

 

 

 

「思いません!!

 

 

 

 

 

 

「そうか、残念だ。だが、俺は一度欲しいと思った物はとことん奪う主義でね」

 

 

 

 

 

「――!」

 

 

 

 

 

のしかかる圧力が更に増す。

 

 

 

 

 

後ろ手をついてそれに耐えるものの、ついにはゆっくりとベッドに倒されてしまう。

 

 

 

 

 

クロロ団長の手のひらは、あくまでソフトに私の肩に添えられているだけ。

 

 

 

 

 

 

それが、するりと胸元へ滑り込もうとした――瞬間、プチン、と頭の中で何かが切れた。

 

 

 

 

 

 

「やめて下さいって言ってるでしょうが―――――っ!!!」

 

 

 

 

 

 

「ぐほあああああああああああああ!!」

 

 

 

 

 

 

飛び出したのは、無数の触手の嵐である。

 

 

 

 

 

 

思い起こせばハンター試験三次試験の船の中、突然キスをしてきたイルミにぶちかましたあのビンタ――暗殺者である彼が、避けることも出来なかったあの触手が、今回は数十本一気に飛びだし、クロロ団長の顔面一点に集中して放たれたのだ。

 

 

 

 

 

今まさにイヤらしいことをしようとしていた矢先である。

 

 

 

 

 

ろくな防御態勢もとれなかったクロロ団長は、バットで打たれたボールのように部屋の外へ吹っ飛び、倒壊しかけのビルの壁をズガガガ――――ンッ!! と二、三枚ぶち抜いた。

 

 

 

 

 

「はあ、はあ、は……」

 

 

 

 

 

押しつぶされるかと思った……クロロ団長の圧力から解放された私は、震えの残る脚をなんとか動かして廊下に出た。

 

 

 

 

 

団長は、おそらく壁に開いた穴の向こうだ。

 

 

 

 

 

い、生きてるだろうか。

 

 

 

 

 

どうしよう、勢いとはいえ、こんな事が他の団員達にバレたら今度こそ殺される……!!

 

 

 

 

 

じわあっと視界を曇らせる涙をどうにもできず、一人でおたおたしていた所に、数人の足音が近づいてきた。

 

 

 

 

 

駄目だ、逃げようにも、もう間に合わない……!

 

 

 

 

 

「団長、何があった!!」

 

 

 

 

 

「さっきの派手な音は一体――団長っ!?」

 

 

 

 

 

「おい、大丈夫かクロロ!」

 

 

 

 

 

真っ先に駆けつけたノブナガさん、ウボォーさん、フィンクスさんの三人が、現場の状況を見るなり私に殺意を向ける。

 

 

 

 

 

「てめぇ……やりやがったな」

 

 

 

 

 

「団長をぶっとばして逃げようとしても、そうはいかねーぞ。嬢ちゃん」

 

 

 

 

 

「ち、違――っ!」

 

 

 

 

 

スウッ、と喉元にあてがわれた仕込み刀が言葉を奪う。

 

 

 

 

 

無言の殺気はフェイタンさんだ。

 

 

 

 

 

少し遅れて、シャルナークさんや女性陣、他の団員達も駆けつける。

 

 

 

 

 

狭い廊下に、蜘蛛11人。

 

 

 

 

 

もう、どうにもならない……。

 

 

 

 

 

「さて、これってどういう状況かな?」

 

 

 

 

 

にっこりと笑って尋ねるシャルナークさん。

 

 

 

 

 

「たぶん、君の語る最後の言葉になると思うから、聞いてあげてもいいよ? でも、出来るだけ手短にね」

 

 

 

 

 

その裏に潜む殺意が、今ははっきりと感じることが出来る。

 

 

 

 

 

この場にいる全員が私の敵だ。

 

 

 

 

 

何の言い逃れも、通用しない……。

 

 

 

 

 

イルミ……ごめん。

 

 

 

 

 

無事では会えないかも知れないけれど――どんな形になっても私、必ず生きて、貴方に会いに行くから。

 

 

 

 

 

「ク、ロロ団長さんが……お弁当を持ってきてくれたんですけど……グスッ! そ、そのまま、ベッドに押し倒されそうになって……!」

 

 

 

 

 

「え」

 

 

 

 

 

「服を、脱がされそうになったので……びっくりして、そしたら、勝手に身体から触手が飛びだして……! 本当なんです、わざとじゃなかったんです……!!」

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

緊張と恐怖に、込み上げる気持ちを抑えきれなくて、わんわん泣き出してしまった私。

 

 

 

 

 

団員達はそんな私をどんな目で見つめていたのかは分からないけれど、次に感じたのは、頭に乗せられた柔らかい手のひらだった。

 

 

 

 

 

顔を上げると、

 

 

 

 

 

「パ……クノダ、さん」

 

 

 

 

 

「団長になにをされたのか、もう一度教えてくれる?」

 

 

 

 

 

言葉とともに、手のひらから頭の中へとオーラが流れ込んでくる。

 

 

 

 

 

それらは細胞と細胞の間をすり抜けて、私の能の、記憶部位を探っているようだった。

 

 

 

 

 

私はさっき言ったことをもう一度繰り返し伝え、パクノダさんは黙ってそれを聞いていた。

 

 

 

 

 

それから、静かに踵を返して団長の元へ。

 

 

 

 

 

頭から瓦礫に埋まっていた彼を、片腕一本で引きずり出した。

 

 

 

 

 

「……団長? 大丈夫ですか」

 

 

 

 

 

「ああ……まあ、わざと殴られてやったわけだが」

 

 

 

 

 

「そうですか。では――ちょっと向こうでお話ししたいことがあります」

 

 

 

 

 

「!?」

 

 

 

 

 

 

ゴウッ!! と、遠目にも分かるほど強力なオーラが、パクノダさんから噴き出した。

 

 

 

 

 

 

「マチ、シズク。一緒に来て……」

 

 

 

 

 

「ああ、分かった」

 

 

 

 

 

「デメちゃん、団長の眉毛を全部吸い取れ」

 

 

 

 

 

『ギョイギョイ!』

 

 

 

 

 

叫ぶ団長をずりずりと引きずって、この場を立ち去る女性陣。

 

 

 

 

 

 

残された男性メンバーは、おのおの深いため息を落とした後、

 

 

 

 

 

 

「もう泣くんじゃないね」

 

 

 

 

 

 

「団長は見張っててやるから、さっさと寝ろ」

 

 

 

 

 

 

「いきなり怒鳴って悪かったな」

 

 

 

 

 

 

「ユダはお前じゃなかったな……」

 

 

 

 

 

 

「あったかくして寝ろよ」

 

 

 

 

 

 

「次にまた同じようなことしてきたら、遠慮無くぶっとばしていいからねー」

 

 

 

 

 

 

「ほーんと……団長にも困ったもんだよねー……」

 

 

 

 

 

 

ぽんぽん、と頭を撫でて去って行くフェイタンさん、フィンクスさん、ノブナガさん、ウボォーさん、フランクリンさん、シャルナークさん、コルトピさん。

 

 

 

 

 

 

そして最後に、ボノレノフさんが無言で拳を突き出してきたので、私もグーでタッチした。

 

 

 

 

 

 

……な、なんかわかんないけど、皆さん、分かって下さったみたいだ!!

 

 

 

 

 

 

よかった……。

 

 

 

 

 

 

どやどやと、廊下の向こうへ去って行く蜘蛛の団員達を見送った後、私は部屋のベッドに倒れこんだ。

 

 

 

 

 

そこからのことはもう、何も覚えていない。

 

 

 

 

 

それくらい、深い深い夢の中へと落っこちていった。