「ただの腕相撲、というのでは面白くない。そうだな……勝った方が好きな相手と寝る、というのはどうだ?」
ぴくり、とイルミの方眉が上がる。
事が起きたのは、なんだかんだで行われることになった幻影旅団名物、アームレスリングの最中。
マズイ、と思った時には既に遅く、イルミの右腕は倍ほどの太さに膨れ上がり、対戦相手であるクロロ団長の手の甲をテーブルに叩きつけ、これをブチ割っていた。
木っ端と化した元テーブルが宙を舞う。
さらに、イルミは体制を崩して前のめりになった団長の右腕を、彼の背中側に回しながら床に組み伏せ、見事なまでの関節技をもキメてみせたのである。
まるで、ワルツでも踊るがごとく――流れるようにスムーズな、一瞬の出来事だった。
「ちょっとちょっと! イルミ、ストップストップ!! 勝負はもう着いたでしょうが、腕へし折ろうとしないの!」
「最初は指だよ。軽~く爪剥ぐだけ」
「フェイタンさんみたいなこと言わないの!!」
「ワタシ、そんなコト言てないね……」という、背後からの静かな突っ込みをスルーしつつ、渋るイルミをクロロ団長から引っぺがす。
「喧嘩しないでって約束でしょ? ゾルディックの殺し屋さんが、あんな安っぽい挑発に乗らないの」
「ちぇ、分かったよ。――クロロ、勝負に勝ったのは俺だから。俺がポーと一緒の部屋で寝るってことでいいんだよね。最初に断っておくけど、5メートル以内に近づいたら無条件で殺すから」
分かった? と、双眸を真円に念を押すイルミに、団長はやれやれと身を起こす。
「……三階の一番奥の部屋を使え。ただし、仕事前だ。離れていた間の時間を埋めるのもいいが、ほどほどにしておけ」
「へっ!?」
「大きなお世話。いくよ、ポー」
ぐい、とイルミの手に腕を引かれてようやく、自分の置かれている状況に気が付く私である。
イルミと同室。
このまま連行されていったなら、行きつく場所はただ一つ。
「い、いやいやいやいや!! おかしい、おかしいですってクロロ団長!! そこは団長としてきちんと止めといてくださいっ!!」
「ん? なんだ、イルミと同室は嫌なのか。ならやはり、俺が一緒に」
「いやそれは全力で遠慮させて頂きますけどーーって、ぎゃあああああ無理矢理引きずっていこうとしないでイルミ!! 助けて!! ゴン!! キルアアアーーっ!!」
問答無用の強引さで強制退場を試みるイルミに抵抗しつつ、別のテーブルで白熱した腕相撲を続けるつんつん頭達に手を伸ばす。
ーーが。
「あーっ!! くっそおおおおおっ!! また負けたああああああっ!!」
「これで20戦20敗だぜ? オッサンはまだまだ全っ然スタミナ落ちてねーし。そろそろ諦めろよなー、ゴン」
「嫌だ!! もう一回勝負だっ、ウボォーギン!!」
「おお、いいぜ! いくらでもかかってきな!!」
「だーっはっはっはっ! 諦めるのはお前ぇだぜ、キルア。強化系に理屈は通用しねぇ。ウボォーが眠気でブッ倒れるか、ゴンが音を上げるか、決着がつくまで一歩も引きゃあしねーわな」
ダッハッハーと大口を開けるノブナガさん。
あの四人、いつの間にやらあんなに仲良くなって……っ!!
ゴンもキルアも勝負に夢中で、私の叫び声なんかてんで届いてないしっ!
他の団員達は見て見ぬふりを決め込んでるみたいだし、ええい、こうなったら残るはーー
「ヒソカさ」
「おや☆ ボクに助けを求めるつもりかい? ん~、手を貸してあげてもいいけど、その代わり、今夜はボクと一緒に」
「いえ、何でもないです。おやすみなさい」
「★」
ドナドナドナ~っと、連れられて行くしかない私。
やっぱりこうなるか……いや、分かってはいたんだけどね。
状況が状況だけに、自制してくれるんじゃあないかって……ちょっと、ほんのちょこっとだけ、期待してたりなんかしちゃってたりして……!!
「何ぶつぶつ言ってるの。着いたよ、この部屋だろ」
「う……うん」
キイ、とイルミが扉を開く。昨日、私が休んだのと同じ部屋だった。
あの時、ドアは開いていたから壊れなくてすんだ。でも、部屋の向かいの壁には大穴が空き、崩れた瓦礫はそのままになっている。
倒壊させた犯人は他でもない私で―—その原因となった出来事を、まだイルミには話せていない。
伝えておくべきだろうか。
でも、そんなことをしたら今度こそ、クロロ団長の寝首を取りに行くのではないか。
立ち止まったまま悩んでいると、海月、とイルミが私を呼んだ。
「どうする? 嫌ならこのまま、俺と逃げる?」
「えっ!?」
「入団試験なんて、どうせクロロの暇つぶしなんだからさ。海月が嫌なら無理に付き合う必要はないよ。後をつけられてはいないみたいだし、このままトンズラかますのも有りだ」
「な、無しだよ! だって、下にゴンとキルアを残したままなんだよ、もし逃げたりしたら、二人が人質に」
「大丈夫。そのときはヒソカが大暴れする算段だから。それに、キルなら余裕で逃げ切れる。ついでにゴンも」
「……」
それまで一方的に捕まれているだけだった掌を、ぎゅっと握り返す。見上げたイルミの表情は、深夜の廊下の闇に紛れてよく分からなかった。
ふうっと、暗がりからため息が降る。
「なんてね。本当はこれ以上、あいつに関わらせたくないだけなんだけど」
「イルミ」
「ねえ、怒らないって約束するから。教えてくれる?」
なにを、とは問い返さなかった。
勘のいい彼のことだ。おそらく、なんとなく勘づいているのだろうと思った。
「クロロと何かあったんだね」
「ないよ」
「……嘘」
「ホント。正確には、ギリギリで反撃できたから未遂だった。その後は、旅団の皆が―—特に、マチさん達女性陣が牽制してくれてたから、さすがのクロロ団長もそれ以上手を出してはこなかったよ。だから、安心して」
「未遂って、何の」
注がれる視線に、少しだけ不穏な気配が混じった。
気が付けば、いつの間にかイルミの手は私の掌を離れ、腰に回されていた。
両腕で包み込まれ、それだけで身動きが取れなくなる。
イルミの視線から、眼が離せない。
「……お、」
「聞こえない」
「押し……倒されそうになったんだけど、テンタくんが反応してくれてね。イルミがいつも避けられないあのビンタをコンボで繰り出してくれて、団長がふっとばされて……ほら、そこに大穴が空いてるでしょ? ドアは開けっ放しだったから、壊れなくてよかったんだけど、派手にやっちゃったもんだからーーうわっ!!」
突然、遠慮のない力で腕を引かれ、部屋の中へと引きずり込まれた。
無言のまま、イルミはベッドへと足を向ける。
怒っている。
言葉はなくても、闇の中で立ち上るオーラが彼の怒りをはっきりと示している。
トン、と突き飛ばされた先は、ベッドの上。
「イルミ! 怒らないって、約束したじゃない」
「うん。別に、海月に対して怒ってるわけじゃないよ。すぐに助けに来られなかった俺自身の不甲斐なさと、助兵衛なあいつに対する怒りを、八つ当たりしてるだけ」
理不尽!!
「酷いよ! さっきだって、キルアと一緒になって怒るしさ。そりゃあ、後から考えたら滅茶苦茶したこともあるけど。私、今回は本当に頑張ったのに。幻影旅団に攫われた時も、イルミに会うまでは絶対に殺されちゃいけないと思って必死だったんだよ? なのに、全然、褒めてくれないし……」
「……褒める?」
くり、と、イルミが首をかしげたのが分かった。私の身体をシーツに縫い留め、四つん這いになる格好で覆いかぶさってくる。
長い髪が肩から零れ、耳元でサラサラと鳴った。
頬に触れるそれは絹のように滑らかで、微かに薄い花の香りがする。
イルミだ。
イルミの匂い。
「海月は俺に、褒めて欲しいの?」
「……う、ん」
頷くと同時に、かあっと目頭が熱くなった。
こみ上げる嗚咽が、堰を切って溢れ出す。
「ぐっ……ひっく……イ、ルミ……!」
会いたかった。
会いたかった、ずっと。
「海月……」
「イルミの馬鹿……! なんでいつも、私に黙って大事なこと全部決めちゃうの……!? イルミの家に初めて行った時だって、シルバさんに認められなかったら殺されるってこと、黙ってたんじゃない。それを回避するために、危ない取引をしようとしてた。今回だってそう。私を助けるためだってことは分かってる。でも、そのために無理してお仕事になんか行ってほしくないよ……! 傍にいて欲しかった。イルミと一緒だったら、こうやって蜘蛛に攫われることだってなかったじゃない……!!」
「……」
「傍にいてよ……! そうでなくったって、いつも仕事でなかなか会えないんだから、一緒にいられる時くらい、ずっと傍にいて……!」
イルミは何も言わなかった。代わりに、大きな腕が私を包み込む。
強く強く、抱きしめられる。
海月、と名前を呼ばれた。
「な、に? ーーっ!」
唇が、降りてくる。
優しく触れるだけだと思ったそれは、瞬く間に深い口づけに変わった。
舌が、吐息が、粘膜が。
ーー熱い。
触れ合うところから、どろどろに溶けていってしまうかのような錯覚。
「嫌ならそう、言ってくれたらよかったのに。デート中に電話がかかって来たときも、出ないでって、我儘言ってもいいんだよ……物わかりのいいふりなんて、海月らしくない」
「イルミ……イル、ミ……ィ……でも、困らせたくもなくて……」
「分かってる……っ、海月、抱くよ」
ギシ、と返事の代わりにベッドが軋んだ。
「う……ん、あ、ちょっと待って……」
「待たない」
「ちょっとだけ待ってってば。ごめんね、流石に他人に聞かせる趣味はないからさ……」
肌を合わせようとするイルミを押しとどめ、眼を閉じてオーラを増幅させる。
『驚愕の泡』発動。
直径は3メートルほど。私とイルミをベッドごと包み込み、持続させるためのオーラを補充する。
更に、足りなくなったときは私やイルミのオーラを補えるように微調整。
「これは……」
「『悠々自適の水族館(プライベート・アクアリウム)』っていうの。新技というか、守りの泡の応用技だけど。中にいる私たちのオーラを少しずつ吸い取ることで
長時間発動出来る。本当は、中に水を入れて水槽代わりにするんだけど。今は必要ないから、泡には防音や防振の効果しか与えてないよ」
「ふぅん。つまり、透明なラブホテルってこと」
「違う!! ひっ、人の能力をそんないかがわしい言い方ーーっんう」
「ごめん」
チュ、とわざとリップ音を立てて、イルミ。
「海月がいつになくその気だから、嬉しくてさ。いつも、恥ずかしがって逃げ回ってばかりだから」
「だって……だって、今回は私、本当に」
「うん」
「もう駄目かもって、思った……」
イルミの首に腕を回して、抱き寄せる。
肩口に顔をうずめて、思い切り息を吸い込むと、イルミの匂いがした。
「会いたかった……会いたかったよ、イルミ」
「うん。俺もだよ」
イルミの掌が頭に触れて、ぽんぽん、と撫でていく。
ハンター試験で、いつでもそうしてくれたように。
「よく無事だったね。偉い、偉い」
「ーーっ!? ちょ……っ、それ、は、反則だか……らぁっ」
耳元にリップ音。ねっとりと耳朶を舐め上げて、イルミはゆっくりと私の首筋を愛撫していく。
「ーーっ、ひゃっ、あ……!」
「海月はほんと、耳から首の後ろを攻められるのに弱いよね……急所、だからかな」
「きゃう……っ!」
噛みつくようにうなじを吸われ、悲鳴が漏れた。
「だ……め……っ、それ……ゾクゾク、する……っ、やだぁ……!」
「なんで? ここを舐めると、触るところ全部が気持ちよくなるのに……?」
「ーーっ!?」
するりと、イルミの指が服の上から胸を撫でる。
いつの間にか、私はベッドの上に胡坐をかいたイルミに、後ろから抱きかかえられる格好で座らされていた。
ねえ、と耳元に声。
「脱いで、海月」
「……っ、」
「海月の気持ちいところ、たくさん触ってあげるから……」
うなじにキスを落とされるたびに、ぞくぞくとした痺れにも似た感覚が背筋を這い上がる。
早く、と促すイルミの声音がいつもより優しくてーーだからだろうか。いつもなら羞恥心が先に立って思うように動かない指が、素直に前をはだけていく。
触れて欲しい。
イルミが、確かにここにいると。
私の傍にいると、分からせてほしい。
下着を取り除くと、イルミの掌が私の胸を包み込んだ。
「……っふ、あう……、イルミ……気持ち、いいよ……ぉ」
「ーーっ、海月……ほんとに、今夜はどうしたの。そんなに寂しかった?」
「だって、イルミの手……あったかくて……好き」
「ーーっ!?」
背中越しに触れているイルミの身体がビクッと跳ねた。
「イルミ?」
「それ……わざとだよね。煽ってるつもり?」
「なんのこ—ーわっ!?」
のし、と、後ろから組み伏せざま、イルミは私の首筋に思い切り噛みついた。
「痛……ぁっ!?」
「血が出ちゃった……でも、これくらいの傷ならすぐに塞がるよね」
言いながら、イルミは赤く染まった唇の端をぺろりと舐めた。
呼吸が、いつもよりもずっと荒い。
興奮……してるのかな。
「……治る、けどっ、傷のとこズキズキする……っぅああっ!」
「大丈夫……全部悦くしてあげるから」
左手で胸を揉みしだきながら、イルミは空いた手で残りの衣服を取り払っていく。
いつもなら、焦らして焦らして、やっと脱がされるショーツもあっさりと足から抜き取られーー
「やうっ!」
「凄い……舌で慣らさなくても、こんなにトロトロになってる」
「い、言わないで、そんなこと……っ」
「どうして。どうせ、海月の泡のおかげで何を言ったってあいつらには聞こえないんだから、いいじゃない」
「よくなーーひううっ!?」
剥き出しにされた秘所へ、イルミの中指が根元まで押し込まれる。イルミの言う通りだ。ろくに触られていなかったにもかかわらず、そこはぬるついた澱に覆われていて、指を飲み込むのに何の抵抗もない。
「もう一本増やしてみようか……」
「ひゃあああっ!!」
狭まろうとする内壁を無理矢理に割って、新たな指が入ってくる。肉が引きつるような僅かな痛みを、快楽の波が一掃した。
「あと、指を入れられながらここをいじられるのも、好きだよね……」
「あああああっ!!」
塗り変えられる。
首筋に疼く小さな痛みも、挿入の苦痛も、全て。
「ーーっ、き、もちいいよぉっ、イルミ……ッ!!」
眩暈がするような快感と熱に変えられていく。
「海月、挿入れるよ」
「く……ぅっ」
頷いた瞬間、奥まで蹂躙していた指が引き抜かれ、代わりに、それを遥かに凌駕する熱量が押し入ってくる。
「は……ああああっ!!」
「……、キツ」
は、と、イルミが息を吐きだした。
「イルミ……?」
触れ合わせた肌が熱い。肩越しに見ると、白い額に玉のような汗が浮かんでいた。
苦しそうに潜めた眉根、少しだけ赤く染まった眦。
いつもなら形よく結ばれているはずの唇から、熱を帯びた吐息がひっきりなしにもれている。唾液のせいか、濡れて光っている様が酷く煽情的だった。
そういえば、いつもはイルミの様子まで見る余裕がなかったから気づいてなかった。
イルミは私を抱くとき、こんな表情をしてたんだーー
「ーーっ!!」
「ん……、そんなにキツクしないで、海月」
……ど、しよう。
可愛い……イルミが可愛い。
なんでだろう、今までこんなこと、気がつきもしなかったのに。
いつもはーー
「海月、辛くない? ゆっくり動くからね……」
そ、そうか……いつもは私のことなんか構わずに、マイペースに事を進めちゃうから、そんな余裕がなかったんだ。
でも、今日はお仕置きでもなんでもないし、私が素直だったからか、なんだかイルミが優しくて……!
しかも、泡の中にいるせいで、イルミの生体情報が全部私の頭の中に流れ込んでくるううううう……!!
イルミったら、心拍数高すぎ……!
しかも脳内のテストステロン、アドレナリン、ドーパミン値が急激に上昇していくっ!!
「ダメ……! そんなに、そんなにたくさん出したら、だめえっ!!」
「え。やだなー、海月。まだ俺、終わってないよ?」
これからじゃない、とイルミ。
「んん……っ、ち、違、今のはーーああっ!!」
深く、突き入れられ、それまで考えていたことが、ドロドロに溶けていきそうになる。
でも……でも、分かる。
イルミの精巣で作られた精子が蠕動運動によって精管を通って前立腺へ運ばれ、精嚢の分泌液と混ぜられて精液となり、外尿道括約筋が収縮して、前立腺内の尿道内圧を高めていくのがーー
「せ、赤裸々に分かりすぎていやああああああ……!!」
「み、つき……?」
分かる、分かってしまう。イルミのその、普段の涼しげな表情の裏に隠されていた劣情も、羞恥も、なにもかも。
「イルミ……イルミ……好き……っ」
「……っ、は……ッ」
同時に、イルミが果てた。
屹立が最奥を裂き、それまで彼の中で押しとどめられていた熱が注ぎ込まれる。
「ーーっ、あ、あつい……よぉっ!」
「海月……愛してる」
ぎゅうっと、抱きしめられ。
押し寄せる快感の波と幸福感に、なにも考えられなくなる。
イルミだ。
イルミがいる。
私の中に—ー
***
「ったく、ようやっと寝つきやがったか。このやんちゃ坊主共」
「おめーもとことんまで付き合いすぎなんだよ、ウボォー」
ガキか、とからかいつつ、ノブナガはその辺に丸まっていた毛布を二枚、ウボォーに向かって放り投げてやった。
宴もたけなわ。
結局あの後、その場にいた団員達全員を巻き込んでの腕相撲大会が幕を開け、ヒソカが団長に勝ったら退団を取り消せだの、すったもんだもあり、大変だった。
ウボォーはといえば、負かしても負かしても諦めずに挑んでくるゴンの相手を続けていた。いくらでもかかってこいと意気込んだものの、正直、子どものスタミナの底のなさに後悔すら感じ始めた頃ーーその隙を見計らったかのように、ゴンが仕掛けてきたのだ。
その結果。
「くっくっくっく! それにしても、今夜はいいモンが拝めたぜ」
「うるせー、ノブナガ!」
549戦、548勝ーー1敗。
つまり、そういうことである。
オーラも体力も尽きて倒れこむように寝いてしまったゴン。そんな彼を見守り、深夜を過ぎてもずっと助言をし続けたキルア。
二人の生意気な少年たちを、強化系二人の大人たちはなんだかんだで気に入ってしまったらしい。
大の字に寝そべった二人の身体にぎこちなく毛布を置きながら、「団長よぅ」とウボォーギン。
他の団員達はそれぞれの部屋に引き上げたり、てんでに床に転がったり、好きに過ごしている—ーその中で、クロロはいつもの場所に腰かけて、いつものように読書に耽っていた。
呼びかけに、視線を投げてよこす。
「なんだ、ウボォー」
「邪魔はさせねぇ。だから、生かして帰してやってくれ」
「ほう」
「頼むぜ、クロロ」
嘆息交じりに名を呼ぶと、黒髪の青年はパタン、と本を閉じ軽快に笑った。
「そんなにそいつらが気に入ったんですか、ウボォーさん」
「だって面白れぇガキ共だろぉ? 俺達を前にビビりもしねーとこが気に入った! 空きがあるなら推薦したいくらいだ。なあ、ノブナガ!」
「くっくっ、まぁなぁ。少なくとも、あの嬢ちゃんよりは盗賊向きかもな。伸びしろはデカいと思うぜぇ」
「それは却下だ。俺はポーを推薦する。ガキ共を生かして帰すことには、異議はないよ。邪魔をしないならの話だけど」
「サンキュー、団長!」
ニカッと笑ったウボォーの後ろで、扉が開いた。
入ってきたのはフェイタンだ。無言でじっと、クロロを見つめている。
「ご苦労。それで、様子はどうだった?」
「覗きは趣味じゃないね。外から近づいただけよ。でも、物音一つしなかたね……不自然なほどに」
「ーー逃げたか?」
一瞬、クロロの双眸が底光りする。
しかし、黒衣の暗殺者は静かに首を振った。
「二人のオーラは部屋の中よ。逃げてはいないね。それに、たとえ逃げても、こちにはデカい人質がいる」
「それもそうか。だとすれば……ふむ。なるほどな」
ぶつぶつ、と何やら自問自答を繰り返した後、クロロは妙に意地悪そうな視線を上階にやった。
「ーーまったくもって、便利な能力だ」