「団長……起きてよー……団長!」
「……コルトピ?」
目を覚ましたクロロ・ルシルフルは一瞬、何故自分がロビーの柱に縛り付けられているのか理解に苦しんだ。
やああって、思い出す。
「そうか、マチとシズクとパクが……フッ、相変わらず無茶をするものだ」
「いや……それ、全部団長のせいだからね……?」
はあ、と髪の間でため息をつきながら、コルトピが縄を解く。
改めて見回すと、あたりはやけに静かだった。
ガラン、としたロビーに他の団員達の姿はなく、入り口からは眩しい日の光が差し込んでいる。
外は、なにやら騒がしい。
「ふむ……そういえば、この匂いは何だ? なんだか、猛烈に食欲をそそられる」
「ポーがね……朝ごはんを捕ってきて、作ってくれたんだ……今朝早く、ウボォー達と狩りに行く行かないで騒いでたでしょ……当然、団長は気づいてたよね……?」
「……」
「気づいてたけど、ボクらを信じて黙認してくれてたんだよね……? まさかとは思うけど、本気で寝こけてたんじゃないよね……」
「当然だ」
どこまで嘘か、本当か。
キッパリ言い切るクロロ・ルシルフルに、コルトピははいはい、と相づちを打つ。
「……じゃ、ポーを罰したりしないでよね。団長の分も、ごはん、出来てるから食べに来てってさ……」
言い残し、すたすたと歩いて行くコルトピ。
クロロもその後に続いて、ロビーから外へ出た。
そこに広がっていた光景に、僅かに目を開く。
「これは――」
***
「はーい! おかわりは沢山ありますよー!」
ほっかほかの炊きたてごはん!
そこに、醤油とみりんと砂糖、ウナギの焼き肝を煮込んだタレを何度もつけ込んで、バリッと焼いたウナギをオン!
お好みで山椒をかけたら……出来上がり!!
「うめえええええええええええええええええええええええええ――っっ!!」
「やべええええええええええええええええええええええええ――っっ!!」
「鰻重最高――っっ!!」
山盛りのごはんに焼きたてのウナギの蒲焼きを五枚重ねてかっこむ強化系三名。
「いやー、こっちの肝吸いも美味しいよ。初めて飲んだけど、全然生臭くないし」
「酒蒸しもいけるね。また一杯やりたくなるよ」
がっつくメンバーから少し離れた場所で、ゆっくりと食事を楽しむシャルナークさんとフェイタンさん。
その近くでは、蜘蛛の女性陣もはふはふと美味しそうにひつまぶしをほおばっている。
「えっと、おひつの中のご飯を4等分して、4分の1をよそって、これは普通に食べるんだっけ?」
「そう。そして、次の4分の1は自分の好きな薬味をのせて食べるのよ、シズク」
「で、次の4分の1は出汁をかけて食べるんだったね。ポー、最後に残ったのはどうするんだい?」
「最後は、3つのうちで一番気に入った食べ方で食べるんですよ」
「ふぅん……じゃあ、アタシは薬味かな」
ちなみに、お重やお箸、その他の食器は昨日のコンビニ弁当のを洗ってリサイクルしました!
「ポー! 鰻重15杯目、おかわりだ――!!」
「お。やりますね、フランクリンさん!」
「なんのっ! こっちも15杯目だ!!」
「俺もだ! おかわりくれ――!!」
「はいはーい! あの、沢山食べるのはいいですけど、ちゃんと良くかんで食べてくださいね?」
そういう私は、すでに20杯の大台に乗っているわけですがね……。
幻影旅団、大食い選手権第1位の座は頂いた!
鰻重をかき込む手は止めずに、テンタ君で手早く給仕を行っていたら、ホテルの入り口からふらりと現れた影を見つけた。
「クロロ団長さん……」
「おはよう」
「……」
じとっと睨んでいたら、ひつまぶしを囲んでいた蜘蛛の女性陣も、同じような視線で団長を睨んでくれた。
こちとら、簡単に許すわけにはいかない。
徹底抗戦の構えである。
しかし、そこは幻影旅団団長、無視をされてもうろたえることなく、平然と辺りを見回した。
「ふむ……この匂い。ジャポンの魚料理か」
「ウナギの蒲焼きだってさ……アレンジして、ポーが色々品数を増やしてくれてるんだけど……どれも超、美味しい……」
コルトピさんがちゃっかり手に持っているのは、ひつまぶしをアレンジしたおにぎりだ。
海苔は、コルトピさんが朝ごはんにと残していたたらこおにぎりの海苔を50枚くらいコピーしてもらった。
一定時間が経つときえてしまうらしいけど、食べるときにあればまあ、問題ない。
もぐもぐ、と美味しそうにおにぎりをほおばる毛玉さんを見つめるクロロ団長のお腹が、盛大に鳴った。
すたすた、と一直線に私に向かってくる。
「俺にも寄越せ」
「もう昨日の夜みたいな事はしませんか?」
「寄越せ、と言っている」
「もう昨日の夜みたいな事は、二度としませんか……?」
ズオ……ッ、と、私の背後から無数の触手が飛びだした。
今日の私は昨日のようにはいかない。
新鮮なウナギをお腹いっぱいほおばっている今、念のバクテリア数は好調時の120パーセントほどにも跳ね上がっているのだから!!
うにうに、蠢く触手をゆっくりと団長に近づけていく――すると、彼は真顔のまま、いいだろうと頷いた。
「善処しよう」
「嘘ついたらテンタ君千本飲ませますからね!」
まあ、こんな口約束は何にもならないんだろうけど……ほかほかの鰻重を受け取るクロロ団長の顔は、小さな子供のようで可愛くもある。
ふうふうと冷ましながら、一口。
「うまい!」
「よかった! 毒は、山椒やわさびや、その他薬味に混ぜてありますから、調節して食べて下さいね!」
いやあ、気に入ってもらえるかちょっと不安だったけど、よかったよかった。
さあ、21杯目も完食だ――! と、次のおかわりをよそおうとしたその時だ。
さっきまで威勢良くがっついていた団員達の箸が止まっていることに気がついた。
「毒……?」
「――って、まさか、この飯に毒を盛ったのか……?」
「ご飯には入ってませんよ? 薬味に入れたので、各自の毒耐性に合わせて――」
調節して下さい。
そう言ったとき、ようやく気がついた。
「あああ!! どうしよう! いつものクセでつい服毒しちゃった……!!」
「どんなクセだコラ――!!」
「油断したね……! ワタシとしたことが……」
「だって! イルミの実家では3食欠かさず毒を盛るのが当たり前なんですもん! 大丈夫ですよ、今回は持ち合わせがなかったので、盛ったのはウナギの血に含まれる有毒成分と、森に生えていたキノコ類から抽出した痺れ薬だけです。どちらも毒性は弱いので、皆さんだったらすぐに解毒できますよ!」
「そおいう問題じゃね――っ!!」
わあ、ウボォーさんが怒ってる……でも、もう15杯以上食べておいて、そんなに騒がなくってもいいのに。
「だから、大丈夫ですって。ウボォーさんはちゃんと解毒できてます。大ウナギと強化系のウボォーさんとの相性が良かったこともありますが、胃や、内臓がちゃんと強化されてますから、あと20杯食べたって平気なはずですよ? 変化系の人は肝臓に凝して解毒作用を高める! 具現化系は血液中の抗体を生成。操作系の人は毒素を操作して体外に排出。放出系は発汗して排出してくださいねー」
「おい待て。特質系はどうする?」
「団長さんは毒耐性、あるんじゃないんですか? 毒を扱う人は毒慣れしてるはずでしょう」
「ふむ、まあ、あるにはあるんだが」
「特質系は系統に拘るより、自分の最も得意とするオーラの使い方を工夫して解毒した方が効率が良いみたいです。毒耐性はちゃんとつけておいたほうが良いですよー。もし、敵に捕まって麻痺性の毒を打たれたとしても安心です!」
「はっ! 捕まるようなヘマするかよ!」
貴方がそれを言いますか……。
「いいじゃないですか、ウボォーさん。損するわけじゃないし、もし痺れて動けなくなったら、私の念のバクテリアでもれなく解毒できます。安心安全に毒に対する耐性をつける機会なんて、これを逃したらもうありませんよ?」
「う……!」
「一日三食、鍛錬です。自分の念の系統に合った新鮮な食材を摂取して生体オーラの基礎値を向上させつつ、毒耐性も上がって一石二鳥! 現に、今のウボォーさんならさっきウナギを仕留めるときに使った念能力と同じ量のオーラで、約1,5倍は威力が向上してるはずですよ!」
「はあ? 飯喰っただけでんなわきゃねーだろ」
「試してみますか? あそこのビルを、さっきと同じ『超破壊拳』35パーセントで思いっきりパンチしてみて下さい」
「……マジだな?」
嘘だったら覚えとけよ、と脅しつつ50メートルほど離れたビルへと向かうウボォーさん。
本当なら、専門の機器を用意して測定したいところだけど――今は凝で我慢するしかないか。
団員達とともに、その大きな背中を見守ること、数分。
ズガーン!! と、ビルの下部が爆発し、亀裂が入って、倒壊した。
「おお……流石……!」
そして――猛ダッシュでこちらへ走り返ってくる、ウボォーギン。
「スゲェ――――ッッ!! お前、俺に何した!?」
「いや、私はなんにもしてないんですけど、さっき食べた大ウナギの生体オーラと、ウボォーさんとの相性がよかったので、普通の食材よりも摂取した後のオーラ生成が短時間で行えたことにより、いつもより無駄なく念オーラが増幅できたんですよ」
「ほおーう! ……で?」
「……例えば、コンビニ弁当だと10食べたうちの3くらいしか力になりませんが、この鰻重なら10食べたうちの10がウボォーさんの力になるってことです。食べれば攻撃力がアップするってことです」
「ほおーう! じゃあ、おかわりだな!!」
「はいはい……毒に気をつけていっぱい食べて下さいね」
あれ? なんだかゴンと話してる気分になってきた……。
強化系は単純一途、か。
どこかの誰かさんの系統性格診断も、まんざら嘘じゃないらしいな。
「まあ、強くなるって言っても方法は様々だと思うんですけどね……ひとつ言わせてもらえるなら、ウボォーさんはもう少しオーラの使い方を節約した方がいいですよ。さっきの35パーセントだって、全然35パーセントって感じじゃなかったですし。関係ないところからもオーラが迸ってましたよ?」
「ケッ! 余計なお世話だっつーの。んなもんは勢いと感覚だ、感覚!」
うわあ、強化系らしいご意見だこと。
もったいないなあと嘆息していたら、話を聞いていたノブナガさんとフィンクスさんに笑い飛ばされた。
「無駄だ、無駄だ。強化系に理屈は通用しねぇよ、嬢ちゃん。こいつはシンプルな強さが好きなんだ。力を力でねじ伏せる、そういう強さがよ」
「ま、強化系なら誰でもそうだろうがな」
「そうですか……深海にいると、ときどきそういう感覚を忘れてしまうんですよね。あそこは、生命自体の数が少ないので、いかに少ないオーラを有効に使うかが強さの分かれ目になるんです。フィンクスさんは、さっきウナギを仕留めるときに使ったパンチの倍の威力を出そうと思ったら倍のオーラを使えばいいって考えるでしょう?」
「あ? まあ、単純に考えてそうだよな」
「深海では、発想が真逆なんです。今まで使っていたオーラを10とすれば、半分の5のオーラで、同じ威力のパンチを打つことができるようになればいい。そうすれば、10のオーラを使用したとき、2倍の威力を発揮できる。それが、強くなるということです」
「お……? おお! 確かに」
「同じ強化系の能力者ですが、実はノブナガさんがちょっとこっちに近いんです。あとは、フェイタンさんも系統は違いますが、この省エネ強化組に入ります」
「勝手にそんな物に入れるんじゃないね……」
ぱくっとウナギの白焼きにかぶりつきつつ、黒衣の暗殺者はちょっと目を細めて私を見た。
「しかし、それでか……さき、ウボォーを観察してた時のお前の凝、少し変わてたよ。片目しか使てなかたね」
「慣れれば、両目でするのと変わらないくらいに凝できるんですよ? 単純計算で2分の1の削減です。あと、眼球全体でなく、必要な視覚部位にのみオーラを凝縮させられるようになれば、もっと節約できます」
もっとも、これは職業病のようなものだけど……仕事柄、目には常に凝を行っていないと見逃しちゃうことが沢山あるから、特に鍛えられた部分でもあるんだよね。
ギリギリまでオーラを絞って片目で凝をしてみると、意外にもシャルナークさんが反応した。
「へえー! それ、俺は興味あるな。後でやりかた教えて欲しいくらいにね」
「んな貧乏臭ぇことやってられっか!! オーラは高めてなんぼだろ、コラア!!」
「はいはい、ウボォーの場合はそれでいいから。ごはんこぼすなよ、勿体ないだろ」
わいわいがやがや、大勢で食べるご飯はやっぱりおいしい。
ふとすれば、ここにいる全員がA級首の犯罪者だってことを忘れそうになるくらいだ。
力を高め、技を磨いて、同種である人間から金品や食料を奪って生きる盗賊団。
でも、こうして彼等の内に身を置いていると、なんだかそれは、群で生きる捕食者達のような……人間社会でこそ異端であるとはいえ、自然界ではごくごく当たり前の行為であり、生き方であるような、そんな気さえしてくる。
そんな私は、やっぱりどこかおかしいのだろうか。
生きるために殺すのは――当たり前のことだと、なんの疑いもなく思ってしまうのは。
「……人間離れ、してきてるのかな」
まだまだ食べ続けそうな団員達から離れて、テンタ君を使って、ウナギの残りを捌いていく。
予想以上に大きな獲物だったから、三分の一は残っている。
とりあえず、食べ切りそうな分だけ残して吸収してしまおうか……そんな風に思っていたとき、内蔵の一部に気になる突起を見つけた。
「これは――」
もしかして、いや、でも、そうだとしたらどうしてこんな所に。
でも、詳しく調べている時間は残念ながらなかった。取り出したそれを吸収している最中、クロロ団長が私を呼んだのだ。
「ポー、こっちに来い。今日のプランを伝える」
「あ、はい!」
朝の風に黒コートをひるがえす、クロロ・ルシルフル。
団長……格好つけるのはいいですけど、ほっぺたにご飯粒ついてますよ。
と、思っていたら、パクノダさんがさりげなくハンカチで拭き取った。
流石、手慣れてらっしゃる。
「ヨークシンオークションはいよいよ明日――本来ならば、今日までにオークションでのターゲットを絞る予定でいたのだが、ポーの捕獲に思いの外時間をとられてしまった為、実は、まだ何を盗むか決まっていないのが現状だ」
「えっ!?」
アングラオークションのお宝全部……じゃなかったの?
目を丸くしたのは私だけじゃなく、他の団員達も同じだったようだ。
ノブナガさんが、おいおい……と、苦い顔で天を仰いだ。
「マジかよ、団長……」
「ま、行き当たりばたりはいつもの事ね。まだ一日ある。見物がてら、ゆくり決めたら良いよ」
「そういう事だ。そこで、本日は少人数のチームに分かれ、各自でめぼしいお宝を探索しようと思う。もちろん、ポーの入団試験を兼ねて、な」
おっと、それは忘れられてなかったみたいだ。
「ポーは俺と来い。他は好きに組んで良い」
「へ?」
それって――
「させないよ、クロロ。てことで、俺も団長のチームに入るからね。諸々の監視役を兼ねて」
ぽん、と団長の肩に置いた手に、しっかりとアンテナを握りしめているシャルナーク。
「ワタシも行くね……その女、まだ信用できないよ」
おかしな真似したらブ殺すね……と、フェイタンさん。
滲む殺気は怖いけど、ちょっと安心している自分がいる。この二人が一緒なら、流石の団長もおいそれと昨日の夜のような真似はしてくるまい。
二人の発する無言の圧力に、クロロ団長は小さく嘆息した。
「いいだろう。では、各自探索を開始しろ。タイムリミットは正午。いつもの場所で落ち合おう」
頷き合う団員達。
幻影旅団入団試験、いよいよスタートだ……!