5  幕間1 その頃、例のあの人達は……

 

 

 

 

イルミと会った、その翌日の朝のこと。

 

 

 

 

幻影旅団団長、クロロ・ルシルフルは、ジャポン国際エアポートに併設された露天風呂の中にいた。

 

 

 

 

タオルを頭に、温めのお湯に肩までつかって100まで数え切る寸前。裸に腰巻きタオル、手には風呂桶と耐水性タブレット、という一風変わった出で立ちで浴場へ現れたのは、団員の一人、シャルナークである。

 

 

 

 

 

エアポートと、その向こうに伸びる紺碧の水平線を臨める展望露天風呂。

 

 

 

 

 

早朝ということもあって、浴場には人気がない。総檜の浴槽を半ば独占する形で、悠々と大の字になっている蜘蛛の頭を、シャルナークはちょっと迷った末、名前で呼びかけることにした。

 

 

 

 

 

ジャポンでの仕事は中止に終わった。

 

 

 

 

 

なら、これは彼と自分とのプライベートであるはずだ。

 

 

 

 

 

「……クロロ。いくらなんでも、こんな所に呼び出さないでよ」

 

 

 

 

 

「まあ、そう言うな。朝風呂というのも、たまにはいい――それで、分かったのか」

 

 

 

 

 

「勿論」

 

 

 

 

 

悪びれのない返答に、まあ、予想通りだけど、と呆れつつ。シャルナークはタブレットを差し出す。

 

 

 

 

 

画面には海上地図と船の予測航路。

 

 

 

 

 

彼がクロロに寄越したのは、昨日、依頼していたターゲットの動向報告であった。

 

 

 

 

 

「ターゲットは本日早朝、ククルーマウンテンを出発。途中、近くの海上エアポートに寄港して、高速ジェットに乗り換えた。どうやら、彼等は東……どうやら、ヨークシンシティに向かっているらしい」

 

 

 

 

 

「ヨークシン?」

 

 

 

 

 

意外だと、クロロは目を瞬かせた。

 

 

 

 

 

偶然か、はたまた必然か。

 

 

 

 

 

まさか、自分たちの次なる仕事先に、イルミ自ら向かってくれるとは思わなかった。

 

 

 

 

 

「ヨークシンか……恐ろしいほどに好都合だな」

 

 

 

 

 

「それは彼が敵に回らなかったらの話だろ。イルミ・ゾルディックがヨークシンに向かったのは、三日後に開催されるオークションで、マフィアの用心棒に雇われた可能性が高い」

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

 

「クロロ」

 

 

 

 

 

タオルを綺麗に折りたたみ、クロロに習って、それを頭の上に乗せながら、シャルナークはクロロを見る。

 

 

 

 

 

背中を浴槽に預け、深く湯に浸かる彼の脇腹には、水面越しにも分るほどの爪痕があった。

 

 

 

 

 

「大問題発生だよ。ゾルディックには、団員を一人殺られてるんだから」

 

 

 

 

 

咎めるでも、責めるでもなく、シャルナークはただ事実を述べる。

 

 

 

 

 

クロロは、思想に耽るように目を閉じた。

 

 

 

 

 

そして、ややあって、一言。

 

 

 

 

 

「女はいたか?」

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 

 

 

 

「イルミの側に、女はいたかと聞いている」

 

 

 

 

 

「女? ……あ、そういえば。性別までは分からないけど、海上エアポートで高速ジェットに乗り換えたとき、見えた人影は二人だったような。ごめん、港に設置されてる防犯カメラをハッキングして得た映像だから、色々と調整がきかなくてさ」

 

 

 

 

 

「構わない。普段、単独での仕事を好むイルミが、同行を許した人間――おそらく、ビンゴだ」

 

 

 

 

 

「何がビンゴなの。そろそろ聞くけどさー、何でいきなり、ジャポンでの仕事をおしゃかにしちゃったの。ちゃんと説明しないと、マチもシズクもカンカンだよ?」

 

 

 

 

 

ほら、あっち、と、シャルナークが示す先。

 

 

 

 

 

女湯と男湯を隔てる檜板の向こうから、木製のタライが二つ、正確な放物線を描いて飛んできた。

 

 

 

 

 

スカン、スカーンッ!!

 

 

 

 

 

「痛てっ!?」

 

 

 

 

 

「おー、大当たり。自業自得だよ。ほら、観念して事情を話してくれないかな。俺も、コレをクロロに刺したくはないからさ」

 

 

 

 

 

にっこり笑うシャルナークの指先には、操作系念能力者である彼の念道具、アンテナが。

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

針先にまでたっぷり満たされたオーラの禍々しさに、これが最後の警告と察するクロロ・ルシルフルである。

 

 

 

 

 

蜘蛛では、団長の命令は絶対――しかしながら、怒ったシャルには正直弱い彼なのであった。

 

 

 

 

 

「先日、イルミが婚約した」

 

 

 

 

 

「え!?」

 

 

 

 

きょとん、としたシャルナークの表情は、しかし、すぐに冷静さを取り戻した。

 

 

 

 

 

 

「……それって、つまり、暗殺一家ゾルディック家に、新たな戦力が加わったってことだよね」

 

 

 

 

 

 

「そうだ。しかも、正式な婚約者の選定にあたっては、総勢100名の暗殺名家、その令嬢が集められ、離島の島で、壮絶な殺し合いを行ったらしい。今現在、イルミと行動を共にしている人物――その女は、戦いを勝ち抜いた超一級の暗殺者だ」

 

 

 

 

 

「なるほど。つまり、クロロはその女と、ジャポンの古神殿に伝わる最古の女神像とを天秤にかけたわけだ」

 

 

 

 

 

 

「そうなるな。――像よりも、生身の女のほうが魅力的だ。そうは思わないか、シャル」

 

 

 

 

 

 

「まあね。……あ」

 

 

 

 

 

 

サッと顔色を変えたシャルナークの視線を追って、空を見上げたクロロの目に写ったもの――それは、女湯から投げ込まれたであろう、数えきれないほどのタライの雨であった。

 

 

 

 

 

「ぎゃあああああああ――っ!!」