13 卵!×卵?×ダイビング!!

「お腹空いたあ―――!!!!!」



すいたーすいたーすいたー………。



谷の底へ、何度も反響しながら消えていく私の声。



ううう……高い。



怖い……。



全員失格になった二次試験、飛行船とともにあらわれたネテロ会長のとりもちで、原作通りにはじまった追加試験の卵採り……やっぱり、あのカツ丼で意地でも合格しとくんだった……!!



「……し、試験の内容を説明するわよ。いい?あそこに見えるのがクモワシの巣。中心にぶら下がっているのが卵よ。あれをとってきてもらうわ!」



言うなり、谷底目掛けてダイビングするメンチさん。



蜘蛛の巣みたいなクモワシの巣をパシッとつかんで、タイミングを見計らって鈴なりになった卵に飛びつく。



一度は落下したものの、風にのって急上昇。



私たちの前へストッと降り立った。



「はい、お手本終了!」



「うわ~!すごい!!」



「ふふん、ざっとこんなものよ」



目をキランキランさせるゴンとは正反対に、私の気分は落ち込む一方だ。



お腹も減ってるし。



怖いし。



高いし………。



ううう……ここまでかっ!



そろおり、と後退りしかけたとき。



「カタカタ……(ナニしてるの?)」



「ひい!」



「カタカタカタカタ……(ゴンたち、もう飛び込んじゃったよ)」



「そ……そうですね」



「カタカタカタカタ……(まさか、ここまできて逃げ出そうだなんて思ってないよね)」



「う……!」



「カタカタ……(いきなよ)」



「あうう……!」



「カタ……(いけ)」



ドンッ!!



問答無用、とばかりに谷底へ突き飛ばすギタラクル。



この鬼畜兄貴!!!



意地悪天然操作系!!!



あ~~れ~~っっ!!と、糸をひく叫びも虚しく、私の身体はどんどん落ちていく。



「ポー!!」



「……っ!!」



ゴンの声が聞こえたときだ。



指先に、なにか綱のようなものが触れた。



とっさに握りしめる。



重力にしたがって、身体は思いっきり下に引っ張られたものの、次の瞬間にはそれが反動となって、ぐんっと吊り上げられた。



………よ。



よかったああああ………!!!!



「つ……掴めた!!」



「ポー、やったじゃん!でも、本当に大変なのはここからだぜ?油断するなよ」



近くにぶら下がっていたキルアが、片手を突き出して親指を立てる。



無論無論、ここまできて油断なんかしないもんね。だって、次はいよいよ卵をとらなきゃいけない。



そのためには、谷底から吹き上がる風を待たないと。



私はゴンたちと一緒に、目を凝らして霧につつまれた谷底を見つめた。



こうしてみると、何だか海溝みたい。



そんな風に思ったときだ。



足の裏がふわっと持ち上がるように、空気の流れが生まれた。



「今だっっ!!」



いっせいに、卵に向かって飛びつく私たち。



繊維につつまれた大きな卵を、確かにつかんだ。



そのときだ。



あとから飛びついてきた誰かが、私の手から卵を奪い取った。



トンパだーー!!



「おさきにっ!!」



「あっ!!」



な……!!?



なんてことを――――っ!!



怒鳴るまもなく、卵を過ぎて落下していく。



起こったことが信じられない。



谷底に向かっておちながら、焦りと不安が波のように押し寄せる。



でも、心のどこかで冷静に囁く声があった。



大丈夫。



まだチャンスは残ってる。



風にのって、身体が谷の上まで吹き上がる瞬間。



そのとき、もう一度だけ卵の側を通るはず。



そこを、逃さず捕らえろ。



「……やるしかない」



絶対に合格するんだ……でないと、なにもかも中途半端なまま。



理由はなんであれ、せっかく来ることのできたこの世界でも、新しいスタートを切れるこの世界でも、私、なにも出来ずに終わっちゃう!



そんなのは嫌だ!!!



下降する身体。



霧のせいでなにも見えないけれど、下のほうで、ヒュッと空気がなる音がした。



きた!



上昇気流だ!!



身体が一気に浮き上がる。



クモワシの卵のまわりには、霧はなく、晴れていた。つまり、この霧が途切れたそのときが最後のチャンス。



やってやる……絶対に捕まえてみせる!!



「……見えた!!」



霧が晴れた。



でも、卵は。



―――遠い!!



手を伸ばしても、届く距離じゃない!!



どうする……!?



『トラエロ』



「……!!?」



『トラエロ、ノバセ』



頭の中から……いや、違う。



意識の、本能の、底から。



声がした。



『テ(触手)ヲノバセ……』



「触手……、!?そうか、発!!」



やったことなんてない。



やりかたなんて知らない。



だから、私は必死でイメージしただけだ。



海の捕食者たちのことを。



これまでずっと、一日として欠かさず観察してきた、彼等の柔軟な武器のことを……。



「いけええええっっ!!!!」



ブワッ!



身体の底から沸き上がったオーラが、卵に向かって一直線に伸びた。



その、水のように透明な触手に触れる感触を、空気の流れを、私は自分の腕や指であるかのように感じていた。



触手の先が卵に触れ、吸いついて、捕る!!






       ***






「おいトンパ!!てめぇって野郎は、どこまで腐ってやがるんだ!!」



「お前がポーにした行為は、私たち全員が見ていたぞ。卑劣極まりない愚行をな!!」



「おいおい、なにを怒ってる?これはハンター試験だ。油断した奴が悪いのさ。それに、卵が全員分あるとは限らないだろう?他人から奪ったって失格にはならないよな、試験官さん」



「勿論。人道に沿っているかいなかは別だけど」




「へへん、そうら見ろ。いちゃもんつけるお前さんたちの方が、間違ってるのさ」



「……こいつ」



悪びれもなく笑うトンパに、キルアの右手の爪がビキッと伸びる。



しかし、それを静かに制したのはゴンだった。



「間違ってるとか、間違ってないとか、そんなのはどうでもいいんだ」



「ゴン……」



「ただ、俺はお前のしたことを許さない……!!!」



 「ひっ!?」



ゴンが、小さな拳を思いきり握りしめたそのとき、すぐ後ろで、怖かったああああ、と、なんとも間の抜けた声がした。



「ポー!?」



「ポー!!無事だったんだね!!」





       ***






谷底から生還してみると、おや、何だか剣呑な雰囲気。



あ、そうか!



ゴンたち、私から卵を横取りしたトンパに怒ってくれてたんだ。



風によって運ばれた身体が、トンッ、と地面に降り立つ。



とたん、その場にへたりこんだ。



怖かったのと、緊張が一気に緩んだのと、なにより、ものすごく疲れた……。



「ポー!?」



「ポー!!無事だったんだね!よかったあ~!!」



駆け寄ってきたキルアとゴンに支えられて、私は息もたえだえ、なんとか立ち上がった。



「あら、卵を持ってるのね。いいわ、ちょっとタイムラグがあったけど、あなたも合格!」



「……えっ!?」



「ほんとだ……トンパに奪われたはずじゃなかったのかよ!?」



「おそらく、上昇するときに掴んだんだね☆あの一瞬のチャンスを逃さなかったとは……う~ん、見事だ☆」



「……カタカタ(ま、及第点だね)」



ははは。



いいですよ、もう。



ヒソカにいいこいいこしてもらうから、イルミにはしてもらわなくってもいいもんね、と思っていたら、ヒソカの手にブッスリとエノキが刺さった。



痛そうだなあ。



皆のざわめきが収まったところで、すっと前に出てきたのは……そうそう。



この追加試験を提案してくれたネテロ会長だ。長い髭をなでつつ、ゴホン、と咳払いした。



「では、これより第三次試験会場に向かう。合格者の諸君は、この飛行船に乗りたまえ。試験の行われる島までは、少し時間がかかるでの。各々、好きに休息をとるがよいぞ」



「やった~!!」



休めるぅ~……気を抜いた瞬間、私の意識が完全にフェードアウトしたことは言うまでもない。