「うわ……!!」
高い……なんだここ。
塔の中はがらんどうなんじゃないかって思うくらいの、すっごい吹き抜けになってる。
路の脇は柵もないから、落っこちたら最期だ。
ていうか、昨日からこんな高い場所ばっかり……!!
もう、やめてほしいよう。
ぱっくり口をあけた暗闇の中に、路が二本伸びている。
1本は私とイルミが歩いている安全な路。
もう一本は、かなり離れた位置に、ヒソカが進む試練の路があった。
所々に松明が燃えているものの、見通しが悪い。
二本の路の間は、クモワシの巣のあった谷よりも深そうな、底のない暗闇だ。
「暗い……怖い!!」
「真っ直ぐ歩いていけば落ちないよ」
「それはそうだけど……あっ、ヒソカさんだ!おーい!ヒソカさーん!!」
試練の路の扉がガコンと開いて、すらり、と長身のピエロが進み出た。
ぶんぶん手を降ると、ヒソカもこっちに気づいて手を振り返す。
モニターの声が響いた。
『第一の試練の路、死の路では、50人の死刑囚たちを相手にしてもらう。路の幅は三メートル。限られた空間での戦闘となる。さらに、この路は無数のブロックが繋ぎあわされていて、1つのブロックに五分以上長くとどまると、連結が外れ、受験者もろとも落下する仕組みだ。充分注意するように』
なんという鬼畜仕様!!
でも、流石はヒソカ。
全く動じてない。それどころか、笑い声すら発している。
「クックックック……ッ!クックックックックック……ッ!!☆☆☆」
よかったね。
ぐりん、と振り向いて、イルミ。
「ヒソカにぴったりの試練だ。彼、下衆野郎を殺るの、大好きだから」
「こんな高いところで、あんなひとに襲いかからなきゃいけない死刑囚たちのほうが、気の毒に思えてきた……」
実際、なんか遠くのほうで悲鳴が上がってるし。
うん。
私、この世界では絶対悪いことしない!!
「クックックック……ッ!さあて、どこまで楽しめるかな★」
息を凝らして見つめる中、ヒソカはいつも通りの足取りで進んでいく。
数分間はなにもなかった。
つまらない、と言うように彼があくびをしたとき、背後の暗がりから二倍くらい身長のありそうな大男が躍りかかってきた。
「一番手はこの俺だ!死ね――!!」
「☆」
ヒソカがチラッと一瞥をくれた、そのときにはもう、勝負がついていた。
「速い!!」
まばたきすれば見逃してしまう、一瞬のこと!
真っ直ぐ伸ばした右手の先にトランプのカード。
放たれたトランプは回転しながらきれいな円を描いて飛び、ヒソカの指に戻る。
大男はその場に崩れ落ち、ぐらりと傾いて足元の闇深くに消えていった。
「まずは、一人目☆」
……か。
格好いい―――――!!!!!!
はっ!?
ダメだダメだダメダメ、ほだされちゃダメ!!!
「ポー、今ヒソカの投げたトランプのマークと数字、わかった?」
「ええっと……マークはスペード、数字は1」
「正解。いいね、瞬時にちゃんと凝が出来てる」
「あと、トランプを投げたときに、トランプとヒソカさんの指先を繋いでる糸みたいのが見えたよ。あれがヒソカさんの念能力……ヒソカさん、変化系ぽいもんね!」
「……へえ」
なーんて、ほんとは漫画読んで知ってるだけなんだけど、はったりをかましてみる。
すると、イルミは心底驚いた、と言うように黒目がちな目を見開いて、私の顔をじーっと見つめた。
「驚いた。おーい、ヒソカ!今使った念能力、ポーに見破られてたよー」
「……え、それ本当かい?スゴいなあ、ポーには驚かされることばっかりだよ☆」
なんて微笑みながら、ヒソカは前後左右、次々に現れる囚人たちをヒラリヒラリとかわしつつ、トランプによる攻撃を与えていく。
トランプにつけた念のガム、“伸縮自在の愛”を操りながら、素早く、冷静に、正確に。
一人の囚人を仕留めるのに、ものの五秒もかからない。
狭い足場さえも武器に変えて、逆に、勢い余った囚人を突き落としていく。
怖い。
怖いけどすごい。
なんて洗練された生き物なんだろう。
まるで、イカやコブシメの補食シーンを見てるみたいだ。
もし、ヒソカさんが海に棲んでたら、私ゾッコンになってた!!
「ポー、あんまり見入ってると」
グラリ。
「うはあ!!?」
「落ちるよ。ここ、柵がないんだから気をつけてね」
あ、危ない。
凝視しすぎて踏み外すとこだった……。
「全く。これじゃヒソカに代わってもらった意味がないじゃないか。ほら、行くよ。もうそろそろ、彼もクリアしそうだし」
「ああっ!!」
イルミが手を引いたとき、ヒソカに向かって飛び道具が飛んできた。
もちろんよけたけど、体勢が悪かったためか、右の肩を掠めた。
ブーメランみたいにカーブを描いて戻る……円刀?
違う、あれはナイフだ。
三日月みたいなナイフ!
「ヒソカさん……!!」
心配ないよ、と言うように、彼はこちらに向かってスッと手のひらを伸ばした。
横顔が一点を見つめる。
最後の獲物を。
「俺が50人目だ。久しぶりだな……ヒソカ!」
「キミ……誰?」
あ、ああああ――!!
知ってる!
あのひとは、漫画にもアニメにも出てきた!
四本のナイフをブーメランのように連続して飛ばし、攻撃してくる……たしか、ヒソカさんが半殺しにしたっていう、ハンター試験の試験官!!
でもヒソカは相手が名乗っても全く記憶にないらしく、興味を持ってすらいない!
どうして……?
あのひとだって強いはずじゃない。
少なくとも、私よりはずっと闘えるはずだ。
去年ヒソカさんに負けてから、一生懸命鍛練したんでしょ?
なのに、どうして興味を持たないんだろう……興奮しないんだろう。
「わかんないなあ……」
「無理」
「えっ!」
「今、ヒソカのこと考えてたろ。あの男はポーより強いのに、なんで興味を持たないのか」
「う、うん。当たってる」
「無理だよ。答えなんてない。ヒソカは気紛れだから、たまたま今の気分にそぐわないだけかもしれない」
「私のこともそうなんでしょうか?」
「さあね?」
シュッ!
イルミの手が動くと同時にサッと避ける。
エノキを。
続けて二発。
これも避けれた!!
「やった……うっはあ!!!??」
そしたら今度は一気に数十本のエノキが、全身をぶち抜く勢いで飛んできた。
後方の闇に飛び込んで、私は念を使ってあることをしたのだ。
ずっと試したかったこと。
防御のための、発。
無傷のドヤ顔で戻ってきた私を見て、イルミはくりっと小首を傾げた。