32 体術!×特訓!×テンタ君!!

 

 

 

 

 

「――で、それがポーのもうひとつの能力なんだね?」



「うん!“見えざる助手たち(インビシブルテンタクル)”。通称テンタ君!」



「ふぅん。つまり、凝でも見えにくいオーラを触手に変化させたってわけだ。なるほど。船で俺を殴れたのも、あの嵐の中で海流に流されなかったのもこの触手のお蔭か」



「……テンタ君だってば」



川辺は人が集まるからと、イルミは私を見晴らしの良い島の高台に連れてきた。



背の低い草が生えそろう丘で、木立もほとんどない。



天気もいいし、これがハンター試験中でなかったら、お弁当を持ってハイキングでもしたいところだ。



吹き抜ける潮風が気持ちよかった。



ここなら、誰かが来てもすぐわかる。



逆にこちらも丸見えだろうけど、まあ、イルミもいるし大丈夫だろう。



試験終了日まであと6日。



せっかくの時間なんだから有効に使わなければ。



なんと言っても最終試験の内容は、受験者同士のトーナメントなのだ。



誰に当たっても、まいったとくらい言わせられるようになりたい。



イルミでも……ヒソカでも。



「というわけでイルミ先生、宜しくご指導おねがいします!」



「別にいいけど、つまりは接近戦の体術訓練ってことだろ?そういうのはヒソカのほうが得意だし、喜んで引き受けてくれると思――」



「パスで!ヒソカさんは闘うとき怖いから嫌。出来ることなら一生闘いたくないっ!!」



「俺も結構スパルタだよ?いいの?」



「イルミはこういうの教え慣れてそうだもん。私の悪いとこ指摘してくれるのも上手いし、イルミがいい!」



「あっそ。まあいいや。じゃあ、始めようか」



「うん!」



と、意気込んで臨んでみたものの……。



「だ……ダメだ……」



ゼイゼイハアハア。



い、息が続かない……。



息というかオーラ?



「誰が休んでいいって言った?」



「うっはあ!!?」



ものすごい早さで放たれたイルミの蹴りを、ものすごい早さで避けたものの……。



「ちょ、ちょっと待ってイルミ!これ、続けるの無理……!」



「当たり前だろ。泡と触手、二つの能力を同時になんて、欲張りすぎだとは思わないの?さっきから言ってるように、必要なのはオーラの攻防力の移動だ。無駄なオーラは削らなきゃ。ポーはさ、なまじ基礎オーラの生産量が多いからって、調子に乗ってるんだよ」



「み、水の中なら……」



いや。



そんなことはない。



だって、それは嵐の中で痛い目みてるし。



あのときも、泡でゴン達を守って触手を使って移動してたから、最後の最後でオーラが底をついてしまったのだ。
今もそう。



こうなると守りは甘くなるわ、攻撃はろくに出来ないわ、散々なことに。



ああ、でもこれが今の私の弱点なんだな……。



「うう……ヒソカさんに教わってたら今頃ボッコボコだったよぅ」



「え?俺もそのつもりだけど」



「ひぇえっ!!?」



後ろから、まともに当たったら首がはねとぶんじゃないかと思うくらいの手刀が飛んでくる。



それをなんとかヌルンと回避!!



しかし、イルミは空振りした勢いを殺さずに回転に変えて、回し蹴りを放ってきた。



「もう無理!!無理だって!!そんな蹴り、一発でも当たったら死ぬから!!」



「大丈夫、骨が折れるくらいにしておいてあげるよ。身体で覚えないと、いつまでも攻防力移動する気にならないないだろ?ポーはバカだから」



「キャ――!!!??」



間延びした口調とは裏腹に、イルミの攻撃は目になんか見えないほど素早い。



そして、確実に私の急所ばっかり狙ってくる……!!



くっそおおおおおおおおおお!!!



だ、だめだ……オーラがもう……。



「イ……ルミ……っ、お願いだから
……も……許してぇ……っ!!」



「ダメ」



「キス一回で五分待って!!」



「いいよ」



助かった!!!



イルミがキス魔で助かった……!!!



「はあ、はあ、はあ………っ!!!あ~~もう、疲れた!!」



「休んで体力回復させたってムダなのに。再開したらまた同じだよ。そしたら今度は俺、待たないからね」



「……違うの。ちょっと、データを分析してまとめる時間が欲しかったの」



「データ?」



「そ。実戦のデータ。テンタ君を使って闘うのはこれが初めてだし――っていうか、私が誰かと闘うこと自体が初めてだし、必要な力と、そうでないものを分けるには実験したものを分析してみないとね」



「初めて?闘うのが?」



「当たり前じゃない、私、ただの大学生なんだから。実習と研究が忙しくて部活もやってなかったし、兄弟もいないから喧嘩したこともないし、こんな風に殴りあったり蹴りあったりしたの、初めて!」



「ふぅん……じゃ、いいや」



「え?」



「五分じゃなくていいや。ポーの納得のいくまで、さっきまでの俺との闘いを振り返ってみれば?」



「ほんとに?ありがとう、イルミ!」



さてさて。



じゃあ、いるものといらないものを書き出してみよう。



バックパックからルーズリーフとペンを取り出す。



「まず、一番目にいらないと思ったのは、テンタ君を触手に見せるためのオーラ。見えないと、どこに触手があるか分からなくなるからって思ったんだけど、戦ってるうちになんとなく感覚がつかめてきたから、見えなくてもなんとかなりそう。テンタ君は、オーラを触手に変える変化系の能力が主。だから、触手として具現化する能力はいらない。あとは、くにくに動かしたり、ものに巻きついたり、吸い付いたりする操作系の能力?これも、触手を私から切り離さなきゃいいんだよね?そしたら、変化系一本にまとめられないかな?」



「うーん。ポーが変化系の念能力者なら、それがベストだけど。そう言えば、ポーは自分の念の系統がなにか知ってるの?」



「知らない」



「水見式は?」



「やってないたいたいたい!!!」



そっと頬を包んだイルミの両手が、思いっきりつねった。



「そーいうのはさ、自主的にやっとくもんじゃない?水と葉っぱとグラスのある場所、今までにも沢山あったと思うんだけど」



「ひいい……!!ごめんなさいごめんなさい……!!あ、そうだ」



イルミの両手をヌルンと滑らせ、バックパックからペットボトルを取り出す。



「さっき川でくんだ水があるよ。この下にルーズリーフをしいて、葉っぱを浮かべて……はい、できあがり!イルミ、これって練をすればいいんだっけ?」



「そうだよ。でも、こんな即席じゃ詳しくは分からなさそうだけど」



「そう?とりあえず、何の系統かがわかればいいよ」



両手をペットボトルにかざして練!



すると、ボトルの中の水面がぐっとせりあがり、口から溢れだしたではないか。



「え……!!まさかの強化系!!?」



「意外だね。……いや、ちょっと待って」



ゴボボ、と溢れだした水は、流れ落ちたりしなかった。



オーラをまとったまま球体となり、ふわふわとうかんだのである。



風船……?いや、クラゲのように。



「えーっと……」



水流が生じているのか、中で葉っぱがくるくる動いている。



味は……。



「しょっぱい!!海水だ、これ」



「色は、僅かに青みがかって見えるかな……南の海みたいな淡いブルーだ」



「えーっと、これをトータルして考えるといたい!」



「トータルもなにも、一つ以上の反応がか出た時点で、ポーは特質系。予想はしてたけど」



「特質系か~~う~~ん」



「なに悩んでるの。ポーの能力は相当レアだよ?特質だけは他の能力者が血みどろになったって修得出来ないんだから、もっと喜びなよ」



「でもさ、逆に言えば何を武器にして伸ばしていけばいいか、わかんないってことじゃないの」



「それは違う。形が特定されていないということは、何にたいしても柔軟に対処できるってこと。一つに固定されてしまうよりは、よっぽどポーに合う系統だと思うよ」



「柔軟に……そういえば、ネテロ会長が、私の能力は生き物だって言ってた……」



「生き物」



「そう。そうか……環境に対して柔軟に対応する、必要なものにオーラを集中。不必要なものは体内に収納させて……」



例えば、ぬめりのある柔軟な壁で身を守りながら触手で闘う、今のスタイルはイカにヒントを得た。



ならもう、とことんイカをお手本にしてみたらどうか。



俊敏さに優れる彼らは、触手の使い方もうまい。



獲物をとらえるため、つまり、攻撃のための食腕は泳ぐときには邪魔になる。



だから、普段は身体の中にかくしている。いらないものはしまう。使うときだけ出す。



そうか、オーラの攻防も同じだ。



必要なところに、必要なだけのオーラ移動させるって考えるからむずかしいんだ。



そうだ、そうだよ。



だったら、守りのための泡も……。










       ***











「ポー?」



呼びかけても返事がない。



すごい集中力だ。



完全に自分の世界に入り込んでる。



楽しそうな、子供みたいな無邪気な顔をして、紙の上に俺の知らない文字や記号を書き並べている。



ああ、こうしていると、ポーは学者なんだと思う。



ポーにとって、彼女の念能力は研究対象でもあるのだ。



生まれて、育っていく命を見つめる目で、能力を見ているんだ。



「生き物……か」



本当に、ポーは、悲しいくらい殺し屋
には向いてない。