「あっ!いたいた!」
「おーい、ポー!!」
甲板に出ると、ゴンとキルアが手を降っていた。
その傍らに横たわっているのは!!!
「イカだ―――――!!!!」
しかもでっかい。
で――――――――――っかい。
ゴンとキルアを二人ならべても、まだ足りないくらいに巨大なイカだ。
「すごい!どうしたのこれ!!!」
目をキランキランさせて詰め寄ると、二人は得意満面で胸を張った。
「すげーだろ!俺が釣ったんだぜ?」
「キルアが?」
「……ていうより、海面をふよふよしてたのを釣り針でひっかけたんだ。ポー、珍しい海の生き物大好きでしょ?見せたら喜ぶと思って」
「ゴン………!!!」
トゲトゲあたまをきゅーっと抱き締める。
「ああもうかわいい!!ほんっと、ありがとう二人とも!!」
ダッシュでイカに駆け寄った私は、“驚愕の泡”で両手を包んで手袋に。
塔でちゃっかり頂いてきたサバイバルナイフを取りだし、早速、解剖を始めた。
おお。
おおおおお……!!!
あれ?
「このイカ……」
「うええ~~!気持ちワリイ……ポー、よくあんなのの内蔵とか平気で引きずり出すよな~」
「自分だって、もっと気持ち悪いもの引きずり出してたくせに……」
「二人とも!」
「うわっ!な、なんだよいきなり」
「どうしたの、ポー」
目を点にする二人に向かって、私は震える声をやっと絞り出した。
「……このイカ、どこで見つけた?」
ここだよ!
と、案内された防波堤の先で、私たちは三人そろって息を飲んだ。
「……こんな化け物みたいなイカが、こんなにいっぱい」
そこには、あの甲板に横たわっていたものと同じくらい巨大なイカが、隙間もないくらいに漂っていた。
不気味だった。
「ポー、俺、怖いよ。なんだか変な感じがする……」
「……うん」
ぎゅっと、小さな手を握りしめて。
私は、日の傾きかけた水平線を見つめ続けた。
***
「イルミ!ヒソカさん!!」
バァン!!
と部屋のドアをあけはなつ。
高く積まれたトランプタワーが崩れ落ちたのは見ないふり。
「二人とも、円ってできますよね!?」
「できるよ。それがなに?」
「フルパワーで何十キロいけますか!?」
「……」
「うんポー、円について詳しく教えてあげるから、ちょっとここに座りなさい」
ぽんぽん、と自分の膝を叩くヒソカ。
に、ものすごい数のエノキを投げつけるイルミ。
「ポー、おいで」
「う、うん」
ちょこん、とベッドに座ったイルミの隣に腰かける。
「円というのは纏と練の高等応用法だ。通常、身体の回りを数ミリから数センチ覆うオーラの膜を、数メートルまで広げる。ちなみに、二メートル以上広げた状態を、一分以上続けないと円とは認められない」
「こう?……なんか、あれだよ?“驚愕の泡(アンビリーバブル)”と似てない?」
「ポーの念防御の技だね」
「うん。がんばって纏をするっていう点は似ているかもね。でも、円にはバリアのような役目はないし、膜じゃない。自分のオーラで周囲を満たして、それに触れた別のオーラ、つまり、敵の気配を見つけるのが目的だ」
「自分のオーラに触れた別のオーラ……そっか、念能力者を探しだすんだよね。それ、例えばひとじゃなくても、すごいエネルギーを発するなにかっていうのも探れない?」
「自然の放つオーラってこと?出来なくはないと思うけど」
「その前にポー、さっきキミが言った、何十キロなんて距離は無理だよオーラを纏い、練で高める。ふたつの行を応用する円は、特に精神力を削るんだ」
「俺でも、調子のいいときで100メートルがやっとだよ。うちのじいちゃんでも、フルパワーで300メートルが限界かなー」
「そうかな……?出来ないかな?例えば波紋……そうだ、船のソナーや、イルカの超音波みたいに……一瞬だけ位置がわかればいい。一分も持続しなくていい……膜のように薄いオーラを広げられるだけ広げて、収縮させる……纏と練じゃなくて、放出系の発と纏の応用で、円っぽいこと出来ないかな……」
「……」
うーんうーんと唸りながら試行錯誤の海にとじこもってしまった私を、ぐりん、とイルミが引き戻した。
「ポー。つまるところ、なにを探りたいわけ」
***
「でね!このイカは目がないだけじゃなくて食腕の先端部に発光器が退化した痕跡があるの!深海に生息する生物が発光器をもつのは餌をおびき寄せるためともうひとつ、まわりの光と同化して身を隠すという目的があって――」
「うん。つまり、それすらなくしたこのイカは、光なんかあっても意味のない、さらに深い海に生息しているイカってことだね。すごくよくわかったから、そろそろイカの話はやめにしない?」
「いたい!なんでつっつくの!!」
「ポーはほんと、賢いのかそうじゃないのかわからないね」
私たちは三人そろって人気のない海辺へきた。
変な夕日だ……大気が歪んでいる。
こんな日はきっと酷く湿気る。
イルミと一緒に、腰の辺りまで海に入った。
「それじゃ、やってみようか。ポーの推測が正しければ、さっき考えた方法でうまくいくはずだ」
「うん!」
「遠方へ飛んだオーラを、俺が操作して引き戻す。変化系のヒソカがフォローするより、効率いいからねー」
「ちぇっ」
「さっき、部屋で試したときには200メートルがやっとだった。でも、水の中ならもっとうまくオーラが伝わってくれるかもしれない!!イルミ!私、がんばるからね!」
「わかったから、集中。あまり気を高ぶらせるな。オーラにムラが出る」
「はーい……」
冷たいなあと思っていたら、がんばれ、と言うかわりに、ぽんぽんと頭を撫でてくれた。
ああ、なんか、イルミのそういうとこが好きだな……ていうか、好き……!??
なに考えてんの自分!!
「集中」
「いたいいたい!!わ、わかったから……集中」
纏。
自分が水滴となって海に落ちる。
そんなイメージを浮かべた。
ザブン、と水の中へ。
私を中心に波紋が起こる。
水をつたわってどこまでも広がっていく……。
イルミと一緒にしか行えない、この能力にも名前をつけた。
“千里の水の目(ウォーターマーク)”
やがて、イルミが引き戻したオーラの波が、私にはるか海底で起こっているとんでもない出来事を伝えてくれた。
***
その夜、覚悟していたとおり、とんでもない嵐が島を襲った。
地震がおこる前兆だろう。大気が不安定になり、水上に竜巻まで現れた!
こっちの制止に耳も貸さず、ゼビル島目指して出航したハンター志望者たちは、なすすべもなく波に翻弄されるばかり……私は、ゴン、キルア、そして忍者のハンゾーさんとともに、ロープつきの小型のボートで沖に向かった。
「まだ間に合う!!」
舳先を乗り越え、海に飛び込もうとするゴンの腕を、寸前にキルアがつかむ。
「バカ言え!助けに行ったりしたらこっちまで溺れちまう!!」
「でも、見殺しにはできない!」
「ゴンに賛成!!でも、ゴンには行かせない。私が行くよ」
「ポーが!!?」
「バカ!余計に無茶だろ!!!」
「……大丈夫、私がなんとかしてみせる。泳ぎは得意なんだから。絶対、全員助けて戻ってくるよ」
「なんとかって……あのなぁ、ポーまでゴンみたいなこと言うなよ!!この嵐だぞ!泳ぎが得意とか、そういう問題じゃ―――」
「待て、キルア!」
ハンゾーさんが遮った。
よかった、気づいてくれたんだ。
言葉にできない私の気持ちに。
「……ポー。今まで黙っていたが、俺には試験会場にあんたが現れたとき、どんな状況だったのか、そのあとあんたが何をしたのかも大体は想像がついている。最初見たときのことを思えば、別人のような成長ぶりだ。正直言って、驚いてるぜ。だから……だから、あんたが今、言葉にしないことを知っている上で、聞くぜ?この嵐の中、泳いでいってあいつら全員を助ける――本当に、出来るのか?」
「出来ます!!」
「よし!なら行ってこい!」
「ええっ!?」
「無茶だろ……あっ、おい!!?」
ポー!!!
キルアとゴンの叫び声を、飛び込んだ波の向こう側から聞いた。
大丈夫。
大丈夫だ。
思ったとおり、荒れる海も、牙をむくような海流も、この守りの泡が受け流してくれる。
あとは、イカやタコの遊泳法をお手本にするんだ!!
泡に水を含ませ、それを一点から、ジェットのように噴射する!!
***
「……まだ、戻ってこない」
「ポーが潜ってから30分……」
ゆらり、と、キルアが立ち上がった。激しい嵐の中、信じられないバランス感覚でハンゾーに詰めより、胸ぐらをつかみ、ひきずり上げる。
「……ぐっ!?」
「殺してやる!!お前が、お前が行けなんて言うからポーは……!!」
「落ち着けよ……坊主!俺だって、ポーに死んで欲しくてあんなことを言ったわけじゃねえ……!!」
「じゃあ、どうして――」
「キルア!!」
「止めんなよ!ゴン!!」
「違うよ!いた!ポーがいたんだ!!波間に見えた!!」
「え……」
どさっ、と、叩きつけられるようにボートに倒れこんだハンゾーが、咳き込みながらも口元に笑みを浮かべた。
「お前らも、いずれわかるさ!ハンターになれればな……!!はた目には、奇跡が起きたとしか思えない……こういうことをやってのけちまう奴が、世の中にはいるんだよ!!」
***
「おーい!!」
ゴン、キルア、ハンゾーさん!!
気づいて!!
「ポー!!」
「無事か!!?」
ゴンとキルアの泣きそうな声が近づいてくる。
よかったあ~~!!
転覆したりなんだかんだで海に投げ出されたメンバーをなんとか全員見つけ出して、泡の中に引きずり込んだはいいものの、このままだと嵐の間中、海上を漂ってなきゃいけないところだった。
うーん、ゴンの目の良さに感謝!!
ゴンが釣りざおを使ってロープを渡してくれたので、私と遭難者たちはぶじにボートに救い上げられた。
波風は相変わらずひどいけど、竜巻はいつの間にやら消えているし、これで一安心だ。
「ポー、大丈夫?怪我してない??」
「な、なんで、ポーもこいつらも水のんでないんだ……?こいつらなんて、溺れて気を失ってるのに……」
驚くあまり、真っ青になっているキルアの濡れた猫っ毛をくしゃっと撫でて、私はにっこり笑ってやった。
「ハンターになれば、わかるよ!」
***
「今夜はさっきよりも大きな嵐がくる!それから、地震が起ころうとしてる!!震源は島から東に約20キロメートル。推定される津波の高さは10メートルを優に越えます。この島のどこへ逃げても無理。沖にこぎだすのはさっき見た通り、自殺行為です。一番安全なのは、このホテル……つまり、戦艦の内部にいること!」
「ただし、この戦艦は海底に固定されている。津波を乗りきるには、船として海に浮かせるしか方法はない。浸水し、津波に向かって砲撃をおこなうことでバランスを保つ……なるほどな。倉庫にあったダイナマイトや、レオリオが海底で見た弾薬はこのためか」
嵐の中の大救出劇、翌日の朝。
イルミとヒソカをのぞくみんなは戦艦のブリッジに集まった。
皆のリーダーとなったハンゾーさんが、私の肩をぽんっと叩いてニヤリと笑う。
「ポー、お手柄だ。震源が明確になれば、波の向きも分かって対処がしやすい」
「私の力だけじゃないですよ。これにはギタラクルさんとヒソカさんが手を貸してくれました」
「そうか、あの二人がなあ……」
そしてこっそり、耳に囁く。
「一瞬だったがな。昨夜の嵐が来る前に、ばかでかい円の気配を感じたぜ。お前ら、一体なにやったんだ……?」
「それは、私たちだけの秘密です」
***
それから、私たちは戦艦を動かすためにそれぞれ役割を担った。
私の役目はもちろん、水中での作業だ。
ウェットスーツをとりに部屋にもどったのだけれど、ドアを開けると真っ暗だった。
「あれ……?」
イルミ、もしかしてまだ寝てるとか?
あんな嵐があったっていうのに。
「あの……イルミさ」
ドス!!
「あう!」
「さんはいらないって、何度言ったらわかるの?ポーは本当に出来が悪いねー。それともわざと?さっきだってあんなしょうもない奴等のために、嵐の海に飛び込んだりしてさ。俺を怒らせるのがそんなに楽しいの?」
「めめめめめめっそうもないです!!!……あ」
「……」
暗闇の中、ベッドに突き飛ばされた私の上に、イルミが覆い被さってくるのが分かった。
「イ……」
サラサラと長い髪が、仰向けになった私のほほに落ちる。
そのまま、唇を塞がれた。
「キスするから」
「は……?」
ししししてから言うな――!!
「お仕置き。今度から、敬称つけたり敬語使ったり、俺に黙って危険な真似したらキスするからね?ああ、でもそれじゃあ、ポーはただじっとしてるだけか……よし。俺がするんじゃなくて、ポーにさせることにしよう」
なんですと――!!!??
「ちょ、ちょ……!!ちょっとま、待ってイルミ!!!」
「分かってると思うけど、唇に一分以上続けないとキスとは認めないからね」
「そんな定義つけるな――!!」
「クックック……ッ!二人とも、なんだか楽しそうな話をしてるじゃないか」
パッと部屋の明かりがつく。
目をやると、腕を組んだヒソカがドアにもたれる格好でニヤニヤ笑っていた。
「お取り込み中のところ悪いけど、ポーにお呼びがかかってるよあのハンゾーってニンジャと、猫目のお兄さん」
「あ、そうだ!私、海底に沈んでる弾薬を集めるかかりなんです!イルミ、いいかげんにどいて!ウェットスーツとらせて!!」
「いいなあ、忙しそうで……ボクらは完全無視って感じなんだよね最初から戦力として考えられてないみたい」
「自業自得です」
「はっきり言うなよでも、このままなにもせずぼんやりしてたら、ボクらだけ失格になっちゃうかもよ、イルミ?」
「あー、困るなーそれ。俺、今度の仕事の関係でどうしても資格がいるんだよね」
「私もここまできてそれは……なんか嫌だなぁ。うーん……かといって、どこかの班に加わっても、回りが萎縮しちゃうだけだろうし。もったいないなー、これだけオールマイティーに立ち回れるひとが二人も余ってるなんて――そうだ!」
「おやなにか手があるのかい?」
「はい!ヒソカさん、イルミ。今日の夜は、昨日とは比べ物にならない、とんでもない嵐とつなみがきます。なにが起こるか、どんなトラブルがあるかわからないから、二人は全体の動きを把握することに集中してください。誰かになにかあったら、素早く援助に入る!」
「つまり、ピンチヒッターってこと?なにもなかったらどうするの?」
「それはないと思うななにかしら、想定外のことは起こるはずだボクはポーの案に乗るよ。集団行動って、苦手なんだよね」
「ふーん。ま、いっか。俺もそうしよっと。ところで、ポー」
ガシイッ!
「ひいっ!?ななななんでし……なに!?」
「……………危ないことしないでね」
イルミさん、目が、思いっきり反対のこと言ってます……!!