「エンジン稼働!!エネルギー重点完了!!」
「主砲へ接続、津波の発生予定時刻まであと13分54秒!」
荒れる海。
走る電光。
うわあもうなにがなんだか。
夕刻とともに嵐が来た。
レオリオと一緒に弾薬を集めていた私は、途中でブリッジに呼び出され、海図をもとに津波爆撃プランの最終確認を行っていた。
嫌な知らせを受けたのはそのときだ。
「レオリオがまだ浮上してこないんだ!」
「なに……!」
とたん、クラピカが蒼白になる。
「今、ゴンが助けに海に入った!最終判断はお前に任せる……!」
「そんな……」
「大丈夫、クラピカ!海の中なら私がいく!二人は必ず助け出すから、信じて作戦を決行して!!」
「ポー!!」
返事を聞かず、走り出す。
廊下がゆれて、なんども壁にぶつかったり、転んだりした。
でも、大丈夫。
守りの泡があるからちっとも痛くない。
「絶対、助ける!!」
甲板に出る階段が見えた。そのときだ。
背後の闇から、真っ白な手が伸びてきた。
「ポー」
「……イル……ミ!?」
「俺、言ったよね。危ないことしないでって。あれから半日しか経ってないんだけど。なにしようとしてるの?」
イルミは変装を解いていた。
黒い髪がさらりと、肩をすべって落ちる。
「ん……っ!」
痛いほどに抱きしめてくる腕。
背中越しの体温……。
無線の内容なんて筒抜けのくせに、イルミはなおも訊ねてくる。
「なにしようとしてるの?」
「ゴンとレオリオを助けにいく」
「二人とも海の中なんだろ?」
この海の、と丸い窓の向こうを見る。
黒い波の先が泡だって白く、まるでノコギリのようだ。
「そうだよ。だから私が行くの。海の中なら、助けられる!!」
「無意味だよ。ポーだって本当は分かってるんだろ?二人ともとっくに死――」
パァンッ!
自分でも驚くほどの乾いた音が、暗い廊下に響いた。
痺れの残る手のひらをギュッと握りしめ、振り向いて、真っ直ぐにイルミを見上げる。
「助ける。必ず」
「……」
「大丈夫、戻ってくるよ。そしたら、イルミにキスしないとね」
「……ポー」
「うん」
ニカッと笑った私のおでこに、イルミはコツン、と、自分のおでこをくっつけた。
「……約束だよ……必ず帰ってきて」
***
「ポー!!」
甲板にいる皆が叫んでる。
ひきとめる声を振り切って、私は波を割って飛び込んだ。
滝のような水の流れが、縦から横から、襲いかかってくる。
でも、“驚愕の泡(アンビリーバブル)”は昨日と同じで壊れたりしなかった。
押し寄せる水に逆らうことなく、柔軟に受け流してくれる。
そして、私はこのとき、もうひとつの能力があったことを心から感謝した。
私には必要だった。
戦う腕。
誰かを救うための手のひらが。
感謝を込めて――名前をつけよう。
私の、もうひとつの能力に。
「“見えざる助手たち(インビシブルテンタクル)”!!!」
無数の触手が私の身体から放射された。
海底を掴み、探り、ゴンとレオリオを探しだす。
「………いた!!」
二人は難破船の影で、倒れた木材に動きを封じられていた。
触手をからませ、二人の身体を私の元へ引き寄せる。
よかった。
二人とも、まだ生きてる!!
レオリオは気絶してるけど、ゴンはハッと私を見て、弾けるような笑顔になった。
「ポー!!」
「ゴン……!!よかった、本当に……!」
ぎゅうっと抱きしめる。
「ありがとう、助けにきてくれたんだね……!!でも、すごいや!海の中なのに息が出来る!それに、この白っぽいの……触手?これなに?ポーがやってるの?」
は。
そうだった……ゴンはまだ念能力を知らないんだ。
どうしよう。
「ねえってば!これなに?イカなの?ポーってイカなの???」
「ゴン……」
ええい、好奇心旺盛なお子さまめ。
こうなったらいたしかたない!
「ねえ~~!!」
「ゴン!」
「!」
「……実はね、これが私の本当の姿なんだ。だけど、みんなに正体が知られてしまったら、私は海に帰らなきゃいけなくなる……だからお願い!!このことは二人だけの秘密にして欲しいの!!」
「うん!わかった!!」
ああ、ゴン。
かわいいなあ、もう。
なんてことやってる場合じゃないや!
「よし。このまま一気に海面まで浮上するよ、いい?」
「うんっ、大丈夫だよ!」
グンッ!!
戦艦に張り付けた触手を収縮させて、私たちはエレベーターに乗ったように海中から脱出した。
のはよかったのだけれど……。
「ダメだ……また……」
全身から力が抜けていく。
あの、クモワシの卵をとったときと同じだ。
二人の身体を抱えて、あともう少しで甲板に届くのに……!!
「波が……――!!」
頭上では砲門が次々と火を吹いている。
衝撃で船体が揺れ、思うように近づけない。
こうなったら二人だけでも先に。
気絶したレオリオと、私の意図を知り暴れるゴンを、触手を使って甲板に押し上げる!!
私はきっと大丈夫だ……“驚愕の泡(アンビリーバブル)”が守ってくれる。
なんとなく、今ならわかった。
私がお母さんのお腹の中にいたとき、この泡が……きっと、私たちを守ってくれたんだ。
目の前が――真っ暗になりかけたとき。
「“伸縮自在の愛(バンジーガム)”!」
思いもよらなかった声がした。
瞬間、私の身体は冷たい波の中から引き上げられた。
不思議と懐かしい、大きな腕に包まれる。
「……ソカさん」
「ほんとにもうゴンといいキミといい、ボクの青い果実たちはみんな無鉄砲なんだから……」
「ごめ……なさ……い」
「謝る相手はボクじゃないよ」
後でしっかり叱られるんだね。
奇術師の腕に抱かれたまま、私は、小さな赤ん坊にでも戻ったような心地で、ゆっくりと意識を手放した。